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STAGE 1-4;神童、座学でも見せつける!


「というわけで、イトがアスト様に教えることはなーーーんにもなくなったぜ!」


 模擬戦で放たれた≪攻撃魔法(スキル)≫を、凡庸以下の剣ひとつで捌き切ったアストを絶賛したあと。


 その相手だったメイドのイトが「えっへん!」となぜか胸を張って言った。


「≪職業魔法(スキル・マジック)≫を剣一本で、ね」エレフィーがため息交じりに言う。「まったく、これだけの目撃者がいなかったら絶対に信じられない話ね」


「それが事実なんだよなー。やっぱりアスト様は天才だぜ!」


「それにしても」エレフィーが溜息をひとつ吐いたあと、目に力を込めた。「アストちゃんに向かって≪魔法≫を使った件については――あとで()()()()が必要ね」


「に゛ゃっ!? ご、ごめんな、さい……」


 絶対に()()()()()()()()()()()から〝処罰〟をするのよ、とエレフィーが普段通りの穏やかな口調の中に圧力を滲ませた。


 イトは歯をがちがちと鳴らして怯えている。


「で、報告はこれで終わりじゃなかったのよね」


「……はい。次はウタの番です」


 そう切り出したのは、三つ子メイドの〝三女〟で学問教育担当のイト。職業は生産系B級職の『薬師(ドラッグメイカー)』。


 小柄で吊り目の彼女は、首上で切りそろえられたショートヘアをはらりと揺らして語り始める。


「アスト様は天才です。なんと言いましても――」



     ♡ ♡ ♡



「全問、正解です……!」


 書庫の中央に設けられた広い机で、筆記具をかたりと置いてウタが言った。


「……悔しいです。次は満点を取られないよう、うんと難しくしたつもりだったのですが」


 ウタが悔しそうに片方の頬をぷくうと膨らませる。

 学問教育を任されている彼女はアストに講義を行い、定期的に履修度を確かめる〝試験〟を行っていた――のだが。


 アストは毎回〝完璧な解答〟を示してくるため、負けず嫌いのウタはいつの間にか〝アストに満点を取らせない試験〟を作ることに躍起になっていた。


「む? ちゃんと難しかったぞ?」対面に座っていたアストが淡々と答える。「ただ難しいだけじゃない。毎回学んだ知識を〝どう活かすか〟を問いかける良問――俺はウタの作る問題は大好きだ」


〝大好き〟という言葉に、ウタの膨らんでいた頬が赤く染まった。


「うう……褒めても結果は変わりません。次の試験じゃ()()()()()からね」


「ああ、次も楽しみにしている」


 ぷしゅう、とウタは膨らませた頬から息を吐いて椅子に座りなおした。


「それでは今日の講義に移りましょう。ちなみにですが予習は――」


「ああ、済ませてきた」


「そうでしょうね。これまでアスト様が予習を欠かしたことはありません。それはとても素晴らしいことです」


 頷きながらウタは教本を取り出した。


「前回の続き――六十(ページ)の〝薬草学〟から……うん?」


 そこでふと、ページをめくっていたウタの手が止まる。


「失礼、ウタが講義の内容を()()()()()()()いました……うんんん?」


「む、どうしたんだ」


「アスト様……これは一体、どういうことでしょうか? 先ほど試験を行った〝薬草学〟は、まだ履修していなかったようなのですが」


「む? そうだな、講義自体は受けていない。今からやるんだろう?」


「そういうことじゃないです!」ウタが溜まらず机を叩く。「今採点を終えたテストは、ウタが既に〝講義が終わった〟と勘違いしていた〝薬草学〟に関してのものなのですよ……?」


 ウタが信じられないような表情で言葉を続ける。


「ウタが出題範囲を間違えていたのに、なぜ未履修のその試験に――全問正解どころか〝完璧以上の解答〟を記入することができたんですか……?」


 しかしアストは、ウタの驚きがぴんと来ていない様子で言う。  


「む? だからさっき答えただろう――〝予習〟をしたからだ」


「よ、しゅう……?」


 それが自分の知っている〝予習〟と同じ言葉なのかを確かめるように、ウタは繰り返した。


「ということは、なんでしょう……アスト様は()()()()()()()で、絶対に満点を取らせないようにと『薬師』であるウタが意地になった専門分野の試験で……全問を完璧に解答したと……?」


「ああ、かなり手こずったがな。さすがウタが作った問題だ。なにかいけなかったか?」


「いけなくはありません! が……()()()()()()()()……アスト様のそれはもはや〝予習〟の域を超えています……!」


 そういわれてもな、とアストは頭を掻きながら答える。


「事前に教本を読んで頭に入れただけだが」


「読んで、頭に入れただけ……? ちなみにですが」ウタは聞くのが怖い、と思いながらもふと過ぎった疑問を口にする。「アスト様は一体、この先どこまでその馬鹿げた深度の〝予習〟をされているのですか?」


「む? 全部だ」


「ぜ……ぜんぶ……? まさか、お渡しした教本をすべて読まれたということですか?」


「いや、そうじゃない」


 ふるふると首を振るアストに、ウタは少しだけ安心した束の間――


「全部というのは――()()()()()()()()()()


 などと。

 アストは淡々と言い切った。


「……へ?」


 ウタはゆっくりと周囲を見渡す。

 ここはティラルフィア家が抱える最も巨大な書庫。

 所狭しと並ぶ棚に、みっしりと詰められた本をすべて――


「読まれたというのですか……?」


「ああ」アストは当然のように頷いた。「頭にはひととおり入れている」


 とうとう耐え切れなくなったように。

 ウタの顎ががくんと外れた。


「……に、俄かには信じられませんが、」


 ウタはどうにか外れた顎を戻し、思考をまとめながら。

 手元の完璧な解答が記入された答案用紙に再び目をやった。


「それが事実だとするなら――ウタは決めました」


「む? なにをだ?」


 アストは講義を受けるため教本の頁をめくっていた手を止めて首をかしげた。


「アスト様は――()()です」


「……む?」


 せっかくウタの難解な講義が受けられると思ったのに、とどこか不服そうなアストのもとへ。

 ウタを筆頭にメイドたちが()()()()と集まってきて胴上げを始めた。



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