STAGE 3-45;遊び人、お姫様の想いを聞きだす!
遥か天に向かって幽玄にそびえ立つ世界樹。
――その洞の内部にある〝祭壇〟にて。
エルフが第二王女・エリエッタは最後の清めの儀を終えた。
最後。言葉通りに。
彼女はこれから世界樹に命を捧げようとしていた。
「エリエッタ姫殿下――どうぞ、前へ」
祭事を司っていた初老のエルフが言った。
エリエッタは立ち上がり、祭壇の奥部へと足をすすめる。
祭壇はひと際高い場所にたてられ、その前には世界樹の内側かららせん状に伸びた枝があった。
枝の先端には人の頭ほどもありそうな新緑の〝芽〟があり、どうやらそれがやがて〝蕾〟になるらしい。
――ちりん、ちりりん。
断続的に鈴の音が鳴り響いている。
祭壇の周囲に配置された森人族の巫女たちが、神妙な面持ちでそれを鳴らしていた。
「……ふう」
奥にたどり着いたエリエッタが小さく息を吐く。
目の前には三方の台上に懐剣が置かれている。その刃渡りは銀色にあやしく光っている。
初老のエルフが何やら目くばせをして、エリエッタを促した。
「これよりミサダメに則り、魂の献上の儀を執り行う――!」
それが終わりの合図だった。
エリエッタは少しの間だけ目を閉じて、開けた。
何度も練習したであろう手つきで、目の前の小刀に手を伸ばす。
きゅ、とその白い指で剣の柄を握り、自らに向けて刃を返したところで――
『と、止まらぬか! これより先に進んではならぬ!』
何やら入口の方が騒がしくなった。
続いて番をしていたエルフたちの悲鳴と衝撃音が聞こえる。
「なにごとか! 神聖なる儀式の最中であるぞ!」
祭壇での儀式を見守っていたエルフの上層部たちが狼狽え始めた。
彼らの視線の先には――少女がひとり。
「……アストさんっ!」
壇上のエリエッタが驚きの声をあげた。
他のエルフたちは困惑とともに、怒りの感情も露わにしていく。
「お前は……真人族の!」
「何をしに参られた⁉」
「例え姫様を救った恩人とて、邪魔は許されぬぞ!」
「ああ。儀式とやらの途中で悪いんだが」
突如その場に現れた黄金色の髪の少女――アストは堂々と言う。
「そのお姫様にひとつ、聞きたいことがあってな」
「……あたしに、ですか?」とエリエッタが目を瞬かせた。
アストはこっくりと頷いて、「エリエッタ――俺はお前の命を、救いたいと思う」
「っ⁉」
周囲のざわめきがいっそう大きくなった。
「何を戯言を!」とエルフの老中たちが叫ぶ。
「エリエッタ様は、神に選ばれた『文化職』の持ち主」
「我らエルフが神より賜りし使命――ミサダメの遂行のために」
「姫殿下は生贄に捧げられなければならない!」
「さもなければ――」
「「世界が滅ぶことになるのだぞ!!!!」」
しかし。アストは。
「む――それがどうした」
と。
彼らの焦燥をばっさりと切って捨てた。
「なっ⁉ 気は確かか……?」初老のエルフが目を広げる。「それに先ほど〝命を救われる〟と申したが――此度の儀は、他ならぬ姫殿下にとっても名誉なことなのですぞ⁉ ひとつの高貴なる魂の犠牲と引き換えに、世界の総てが無事となる――そうなれば、エリエッタ様の尊き命はまさしく〝救われた〟ことになるのです! そうでしょう、エリエッタ様!」
エリエッタはびくんと身を反らしたあと、唇をきゅっと結んで。
言った。
「……はいっ。私の魂は、森人族の――世界のためにありますっ」
周囲のエルフたちが安堵の息を漏らす。彼らは満足そうに頷いている。
「これで分かられたか、真人族の少女よ! 世界のために命を捧げる。姫殿下自らも、それを誉れだと納得している。これは紛れもなく双方合意の約束なのです!」
その通りだ、と他のエルフたちが追従する。
彼らの中心には、ひと際大きな椅子に腰かけるエルフの王の姿があった。
「………………」
王は何も言わず堂々と杖を地面に突き立てて、その迫力ある視線だけをアストに向けている。
なんとも居心地の悪い空気が立ち込める中で。
アストはふうと溜息をひとつついて――
「エリエッタ、お前はどうなんだ?」
顔を祭壇上の第一王女に向けて、問うた。
ちっ、と老中は舌を打ってたしなめる。「物分かりが悪いお人だ! 申し上げたはずです、他ならぬエリエッタ様自身がご納得を――」
アストは小さくあげた掌で彼の言葉を制して、「俺が聞いているんだ、エリエッタ」
エリエッタはアストの真剣な眼差しに目を見開いた。
「俺は確かに部外者だ」とアストが続ける。「種族も違えば生きる世界も事情も異なる。それは分かっている。お前が置かれた立場のことも、詳しくは知らん。運命がどうだと言われても――やはり俺にはうまく実感が湧かない」
「「しかれば口を挟まれるな!」」
「だからこそ、だ」
何度エルフの老中たちにたしなめられようとも。
アストは空虚な宝石のような瞳で、まっすぐにエリエッタのことを見抜きながら言う。
「そういう建前だとか形式だとか役職だとか、よく分からない面倒なものをぜんぶ取り払ったときに――残ったお前は。ひとりの人間としてのエリエッタは――自分の運命を、どう思っているんだ?」
「……っ!」
エリエッタが瞳を震わせた。
「俺は――お前がいなくなるのは、嫌だ」
アストはそこで目を伏せ、顔を微かに赤らめながら続ける。
「せっかく一度は救ったお前のことを……な、仲良くなれたと思ったお前のことを失いたくない。しかしこれは、どこまでも一方的な俺の気持ちだ。だからこそ――聞かせてほしい、エリエッタ。ありのままのお前自身の。心からの、声を」
どくん。
アストの問いかけに、エリエッタの心臓が高鳴った。
汲みだされる血液が熱をもつ。拍動とともに血流が全身へと広がっていく。
その温かさが頬へと届いた時に――
自然と、彼女の両の目から涙が零れた。
「えへへ……ずるい、ですよ。アストさんっ」
エリエッタは鼻をすすり、声を上ずらせて。
「ずっと、ずっと考えないようにしていたのにっ……」
はっきりと――
彼女は、言い切った。
「生きて、いたいですっ……!」




