STAGE 3-43;狼少女、帝国軍大佐と戦う!【後編】
「そういえば、リルハム」
時は遡り、不帰のダンジョン――【北の大穴】からの〝帰り道〟にて。
アストは契約をした悪魔に声を掛けていた。
「圧気を〝許容範囲〟におさめろと言われ、そうしたのはいいが――お前はいいのか?」
「へー? どうゆうことー?」
リルハムが耳をぴくつかせながら首を傾げた。
「俺の圧気が隠すべきレベルにあるなら――お前も相当なものだと思ってな」
「へっ? ……そっかー、ご主人ちゃんのお陰で気力も回復してきたからー」
以前にも増して強大な圧気をまとったリルハムは、自分の身体を確かめるように触りながら言う。
「でも、どうしよー……リル、おさえるの苦手なんだよねー……」
「ふむ、そうか。――それなら」
アストは少し考えたあと、斜めにかけた鞄を探ってなにやら〝首輪〟のようなものを取り出した。
「俺の家の地下室にあった魔道具なんだが、装着者のチカラをおさえる効果がある。俺も一時使っていた――これをお前にやろう」
「えー、いいのー⁉」リルハムは目をきらめかせながら言う。「お古ってことは、ご主人ちゃんの汗とか匂いとかがいっぱい染み込んでるってことだよねー!」
アストは眉をしかめて、「……やっぱり渡すのはナシだ」
「わー! ごめんごめん、冗談だよー」
リルハムは手を振りながら、慌ててアストのもとに駆け寄った。
「む?」
「ご主人ちゃん、つけてー」
「――ああ」
アストはどこかぎこちない手つきで、リルハムの首にそれを巻いた。
「えへへー、嬉しいなー。ご主人ちゃんからのハジメテの贈り物だー」
「……そんなにロマンティックなものじゃないがな」
ふう、とアストは溜息を吐いて片方の口角を上げる。
兎にも角にも。
こうして〝ただ居るだけで周囲を震え上がらせてしまう〟存在だった2人は。
互いに人間存在として違和感のないレベルにまで圧気をおさえこみ、道中を進むことになったのだった。
♡ ♡ ♡
「ふふ、はは――〝首輪〟を外したところで何になるのです!」
事情を知らない帝国特別軍大佐・シンテリオが掌を上に向けて言った。
「どうあがこうが、私に勝つことはできません。何せ私は序列68位の悪魔に魅入られ契約をしているのですよ……! 地上世界のちゃちな獣人風情とはまさしく〝格〟が異なるのです!」
唇を歪めて演説するシンテリオの前で。
ゆったりとした仕草で首輪を外したリルハムは。
息を吸って。
吐いて。
その刹那の後。
――圧気を、爆発させた。
「……ッ!!!!!??????」
そこではじめて。
どこまでも冷静沈着だったシンテリオの表情が――崩れた。
目は見開かれ、溜まった汗が顎下から落ちる。
シンテリオが驚愕したのは、リルハムの圧気量に対してだけではない。
彼女が放つ圧気は、これまでに触れたことのない異質な種類のナニカに満ちていた。
「な、なんですか……そのあり得ないオーラは……⁉」
シンテリオが喉の底からどうにか声を絞り出す。
「ふ、ふざけたことを……! ただの獣人風情に、何故この私が恐怖を覚えなければならないのですか! ――≪ 黒炎球 ≫!」
それは先ほどリルハムに危機的な傷を負わせた一撃であったが。
「――なっ⁉」
シンテリオが造成した、これまでで最大級の火球は――
犬耳の少女の前で、無残にも一瞬のうちに消失する。
「くっ! まだです……! 私の力は、こんなものではありません――≪ 黒炎嵐 ≫!」
シンテリオの魔法は止まらない。
彼は背後の黒い炎をこれまで以上に増幅させながら。
数多の魔法陣を展開し。
数多の黒炎を周囲に撒き散らしていく。
「これで終わりといたしましょう――特級攻撃魔法≪ 黒炎焔地獄 ≫!」
シンテリオはこれまでにない感情が込められた叫びとともに。
地面と平行に描いた最大規模の魔法陣から。
まるで地の底より這い出でるかのように――
究極たる灼熱をもった炎を舞い上がらせた。
オオオオオオオオ、と不気味な唸り声のような音をたてながら。
烈々たる黒い炎は――世界に広がり、飲み込み、すべてを焼き尽くしていった。
「いやはや――私にここまでさせるとは」
息を荒げたまま、シンテリオは続ける。
「想定外でしたが、結果に変わりはありません。我が炎は灰すらも焼き尽くします。燃焼の果てには塵ひとつとして残っていないでしょう……うん? 残っ、て――」
シンテリオの目が次第に丸く広がっていく。
黒くけたたましい音を立てる炎の渦の中で。
獣耳の少女が、ひとり。
どこまでも無表情のまま――立っていた。
「ふふ、はは……。莫迦な……私の炎を受けて、無傷とは……!」
シンテリオが後ずさりながら、自らに言い聞かせるように呟く。
「数字持ちの悪魔に魅入られた私の炎が……なぜ……⁉」
「うーん。あんまり〝悪魔の序列〟って、気にしない方が良いと思うよー」
そこで。
黒く焼ける世界に屹立していたリルハムが、口を開いた。
「っ⁉ なぜ、貴女にそのようなことが分かるのです!」
自らの威信であった〝契約悪魔の序列〟を小馬鹿にされ、苛立った口調でシンテリオが怒鳴った。
しかし。
燃え盛る黒い炎の中で。
「分かるよー。だって――リルがその悪魔なんだもん」
「……え?」
「あの数字は、邪神様が〝自分たちへの危険度〟を総合的に判断してつけた結果なんだよー」
リルハムは。堂々と。
「それに、もし強さだけが全部だったとしたらー。序列が〝3位〟のリルは――悪魔の中で3番目に強いってことになっちゃうしねー」
そう、言い切った。
「……な? 序列、3位、だと……⁉」
シンテリオが声を震わすのも無理はない。
彼は事前に契約を交わした悪魔から聞いていた。
数字持ちは確かに悪魔として一目置かれる存在だが、同時に数多ひしめく有象無象でもある。
しかし、その中でも。
――〝1桁〟の数字を持つ悪魔だけは、別格だと。
万一目にかかる機会があったとしても――彼らには決して〝関わるな〟と。
シンテリオは強く忠告をされていた。
リルハムの言う通り。
いくら強さだけを極めても、決して1桁台には到達できない。
極まった強さはあって当然として。
それを越えた次元で評価された存在。
まさしく常識を逸した――
邪神直々が危険視し、選び抜いた9匹の悪魔。
「どこまでも別格なシングルが秘めたる実力は、かの邪神様自身にすら匹敵するといいます……!」
シンテリオは震える身体のまま、ぐうと奥歯を噛み締めて。
決死の覚悟をもって、特大の魔法を放った。
「く、うううっ! ――≪ 漆 黒 火 炎 焦 熱 ≫!」
しかし。
その炎のひと欠片すら。
目の前の序列3位の悪魔――リルハムには届かない。
「うーん――温度が足りてないんじゃない?」
彼女は唇に指先をあてて。
ふくよかな尻尾を左右にゆっくりと、艶やかに振りながら言う。
「せっかくご主人ちゃんがくれた機会だし――冥界の先にある炎を見せてあげるねー」
呟くと同時。
極々たる大きさをもって。
極々たる密度を誇る魔法陣が――リルハムを中心に展開された。
(――なんですか、この莫迦らしい規模の魔法はっ⁉)
やがて。
輝かしいまでの光の爆発がおさまった後に。
リルハムが身体から立ち上らせた炎は。
総てを塗り替えてしまいそうに濃密な〝白銀色〟だった。
「――≪ 白 炎 ≫」
ぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎり。と。
激烈な音を立てて彼女を包み込む炎は。
一瞬のうちに、周囲に満ちていた黒い炎を蒸発させた。
「ば、莫迦な! この私の炎がああああああああ⁉」
絶叫するシンテリオに向かって。
リルハムはその超凡たる炎の塊を――叩きつける。
「――≪ 火 雪 崩 ≫」
無常に押し寄せる白い炎の奔流は。
帝国軍最強格を誇るシンテリオの全力を。
――完膚なきまでに無に帰した。
「ぐあああああああああああああああ!!!!!」
白に焼ける断末魔の中で、シンテリオは叫び続ける。
「負ける? この私が? ぐ、う……私にはまだやるべきことがあるのです! 愚民共の絶叫を! 世界の終焉を! その再生を――〝あのお方〟の夢見た次なる世界を! 私は見届けなくてはなりません……!」
彼は目の前で白い炎を滾らせるリルハムを、きっと睨んで、
「なぜです⁉ なぜ貴女のような〝異次元の強さ〟をもった悪魔が、あのような真人族の小娘に、従者として付き添っているのです……!」
「えー? ご主人ちゃんのことー?」
「まさしく! ここまでの実力をもってすれば、自分おひとりでもこの人間世界を制圧することなど造作もないでしょう……⁉」
今や、シンテリオが紡いでいた黒い炎は完全に消失していた。
すべてが幻想的な白銀に照らされる中で。
「うーん、なにか勘違いしてるみたいだけど、」
リルハムはいとも容易くその劫火を扱い、その身に這わせながら。
云った。
「――ご主人ちゃんは、リルより強いよー?」
圧倒的力量――!
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