STAGE 3-39;第一王女、辱められる!
「くっ……! 妾に何をする気だ、シンテリオ……!」
手足を拘束されたクリスケッタが表情を歪ませた。
「申し上げましたでしょう。貴女には私の〝作品〟の一部になっていただきます」
シンテリオの背後には、これまで神隠に逢ったはずのエルフの少女たちが樹木化し、鑑賞物となって並んでいた。
彼は口元に笑みを浮かべたまま、壁際に近寄った。
そこに置かれた鍵付きの箱から、布に巻かれた一本の厳かな〝杖〟を取り出す。
「さてさて。これは大樹林で発掘された神遺物なのですが……その中でも特殊な能力を持つ【逸脱種】と呼ばれるもののひとつでしてね。この子の逸脱は『魂の存在原理の変質』――このように、人間を樹木へと変えることができるのです」
「訳の分からぬことを……! 目的はなんだ⁉」
「目的? ふふ、はは! これは面白いことを仰る! 目的なんてありませんよ……これは私の〝趣味〟です。ヒト――特に麗しい女性が恐怖に怯えながら、自らの身体が人外へと変わっていく様子を見ると堪らなくなるのですよ……!」
「くっ⁉ この外道が……!」
クリスケッタはどうにか火の縄から脱出しようと四肢に力を込めるが、徒労に終わるだけだった。相当に強固な力で結束されているようだ。
「いやはや。無駄ですよ。貴女程度の実力では、私の魔法を振りほどくことはできません。ああ、目的でしたね――こちらは私の趣味ですが、無論〝我々〟の目的は他にあります」
「我々……?」
「ええ、ええ。〝あのお方〟の側につく我々――【次なる人類】のことですよ!」シンテリオは大げさな身振り手振りで言った。「あのお方の目的は〝世界の再生〟です。そのためには、神代の魔物である【世界喰イ】を復活させ……一度この世界を滅ぼす必要があるのです」
「っ⁉ 貴様らは、帝国に仕える身ではないのか……?」
「帝国も一枚岩ではないのですよ。今回の大樹林常駐の件で私が大佐として組成し引き連れてきた兵士は、基本的に〝あのお方〟に魂を捧げた【次なる人類】の一員です」
クリスケッタは目を見開き、信じられないように首を振った。「ばか、な……」
シンテリオがふと上を見あげる。天窓からは橙色の陽光が差し込んでいた。
「おやおや。まもなく日没のようですね。そして今宵こそがまさしくセカイグライの復活の日! そのためには復活を妨げる可能性のある〝世界樹の蕾〟が邪魔なのです――そのためにも、我々の手でこの大樹林に火を点けなければなりません」
「火、だと……?」
「世界樹はこの大樹林全体の大地に根を張っています。その大樹林が焼け野原になれば世界樹は枯れ、蕾がつくことはない」シンテリオは鼻から息を抜いて首を振る。「既に我が軍の準備は整っています。あとは私の合図とともに実行に移すのみ……エルフの王族どもが世界樹の中に籠り、虚のミサダメを信じた茶番劇を繰り広げている最中に、です」
「~~~~~~っ……!」
もはやクリスケッタは声にならない叫びをあげた。
ぎりりと噛み締めた唇からは、紅い血が滲んでいる。
「いやはや。長話をしてしまいました。計画の時間までに、私の趣味の方も終わらせなければなりません」
語りながらもシンテリオは手を前方に伸ばし、火炎縄を操作した。
縄は蠢くように移動を始め、捕えたクリスケッタごと例の樹木化エルフたちが並んだ空間の中央部分へと連れて行く。
「くっ⁉ 離せっ!」
「さあさあ。せいぜい良い声で啼いてください、森人族が第一王女殿下――【侵樹化杖】!」
シンテリオは手にした杖を何の躊躇いもなく掲げた。
先端から不気味な黒緑色の光が溢れ、クリスケッタの全身を包み込んでいく。
「く、くああああああっ! なんだ、これは⁉ 妾の身体が、動かなく――」
その光はまさしく――彼女の身体を樹木へと変質させていった。
皮膚は焦げ茶色の樹皮となり、ところどころから枝が伸び緑色の葉をつけていく。
足先は伸びるようにして〝根〟へと変わり、地面の中に分け入るように根付いていった。
「な、なんなのだ、この感覚は……⁉ 地面に、身体が吸い込まれて……」
「はてさて。いかがですか、身体を植物に変えられるご気分は?」
「くっ、やめろ……! 妾の身体を、妙なものに変えるな……!」
クリスケッタが顔を悲痛に歪ませて叫ぶ。
「ふふ、ふふ。良い表情です。どれどれ。もうほとんど身体の感覚はないのではないですか?」
シンテリオは植物化が進行するクリスケッタに近付き、その変化した肌を指先で厭らしく撫で上げる。
そのあと指で弾くと、以前の彼女の柔肌からは想像できない固く乾いた音がした。
「せっかくですのでひとつ良いことを教えて差し上げましょう。植物となれば、必要となるのは光と水分です。最早今の貴女には、人間としての食事は必要ありません」
「どういう、ことだ……?」
クリスケッタの声は震えている。
何か反撃をしようにも、最早身体は動かない。
「そうですね。少し試してみましょうか……」
シンテリオはそこで自らの親指の表面を歯先で嚙み切った。
指先から滴る血をぽたり、ぽたりと――根と化したクリスケッタの脚部が這う地面へと落とす。
「なにを、する気だ……んあっ⁉」
刹那。クリスケッタの表情がどこか淫靡に歪んだ。
自らを異形の姿へと変えただけでなく、大樹林に火をつけセカイグライを復活させようとしている〝恨むべき対象〟である目の前のシンテリオ。
彼の忌々しい血を自らの身に受けて――クリスケッタの脳は快感を感じた。
「くっ⁉ や、あっ……! やめて、くれ……!」
クリスケッタは身をよじりながらも叫ぶ。
頬は紅く、その声には怒りと羞恥で混乱めいた色が含まれていた。
「く、うっ……⁉」
もはや森人族の第一王女としての誇りはすべて打ち砕かれた。
唇は噛み締められ、その大きく開いた瞳から――涙が零れた。
「頼む、これ以上は……んっ……! このような屈辱、妾には耐え切れぬ……」
クリスケッタが震える声で懇願する。
「これならば最早――死んだ方が、ましだ」
その言葉を聞いて、シンテリオは。
――厭らしく頬を上げ、嗤った。
「ふふ、はは! やはり堪りませんね、ゾクゾクしますよ……!」彼は自らの身を両手で抱き、歓喜に震えながら続ける。「しかし残念です。貴女は死ぬことはできません。自由に動くことすら叶わないその無様な姿で、延々と生き続けるのです……!」
空間に生暖かい風が吹き抜けた。クリスケッタの枝葉と化した長髪がなびく。
残っている人間部分は、首から上くらいだ。
「はてさて。ひとつ面白いことを思いつきました。もう間もなく世界樹内の祭壇で行われる無意味な第二王女殿下の処刑劇――それが終われば、生贄として亡くなった彼女の〝血〟を、貴女に存分吸わせて差し上げましょう」
「……なっ⁉」
クリスケッタは涙が滲んだ目を大きく見開いた。
「愛しの双子の妹君の血を、その異形と化した身で文字通り吸収し。いくら心では嫌だと否定しようとも、植物としての本能は栄養素を得られたとして喜びに打ち震える――ああ、ああ。想像しただけでゾクゾクしてしまいます……!」
「きっ、貴様ああああああ……!」
「素晴らしい表情です……! その御顔のまま、どうか永遠に固まっていただきたい――【侵樹化杖】!」
シンテリオがかざした杖から、最後の光が照射された。
怒りと苦痛、哀しみ――そして僅かな快楽で複雑に歪んだクリスケッタの表情がそのまま固まり、彼女は完全に植物の姿と変化した。
「さてさて。これで私の〝作品〟は完成です。ふふ、はは。やはり美しい……!」
他の失踪したエルフたちが飾られていた空間の中央部は、植物化したクリスケッタによって埋められた。
シンテリオはその全貌を眺めながら、愉悦な笑みを浮かべている。
『『シンテリオ様!』』
そこに帝国軍の兵士たちが駆け込んできた。
彼らは列になって順々に膝を地面につけ、頭を垂れていく。
その先頭の男が言った。
『森人族の王族連中は無事に世界樹内へと籠りました! 作戦の準備も万全に整っております。あとは――いつでも』
言い終わるか否かのところで、大きな地響きがあった。
何か巨大な獣が唸るかのような轟音とともに、大地が細かく揺れる。
「いやはや。世界喰イも復活を待ち望んでいるようですね……さあさあ。それでは〝終わり〟を始めましょう!」
シンテリオは両手を大きく広げながら言った。
「ああ、そうでした。あとは私の方で――邪魔な真人族の追放令嬢を一匹、始末しておかねばなりませんね」
地響きは未だ、鳴りやまない。
シンテリオの魔の手がアストにも……!
そして迫るセカイグライの復活の時――
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