STAGE 3-35;遊び人、聖塔に侵入する!
「アストの姉御――あそこがエルフの姫さんが幽閉されてるっつう噂の【聖塔】ですかい?」
喋る神遺物である【真涅鏡】が言った。
場所は樹下街から少し離れた森の深部にある塔――夜空に向かって真っすぐに伸びるその【聖塔】と言われる場所を遠巻きに眺めている。
「ああ、どうやらそのようだ」
隣に立っていたアストが腕を組みながら、いつもの淡々とした、それでいてどこかあどけなさの残る口調で言った。
――チェスカカが調べている間にひとつ用事を思いついてな。お前がいればとても助かりそうなんだ。
「そう言われてあっしが来たはいいですが……目的は中にいるエルフの姫さんってことであってますかい?」
「ああ、まさしく」アストはこっくりと頷いた。「ずっと気になっていたことがあってな。あいつは以前、隙を見計らってこの塔から抜け出したことがあると言っていた」
その時に〝何者か〟によって外にいたところを連れ去られ、気がつけば例の帝国貴族の屋敷にいたという。
「エリエッタはあの通りとても信心深いやつだ。自らが背負ったミサダメを果たさそうと敬虔に日々を過ごすやつが、理由もなしに言いつけを破って塔の外に逃げ出すとは俺には思えなくてな」
「何か理由があってのこと……ですかい?」
「俺はそう踏んでいる。言いつけを破ってでも〝行きたかった場所〟がエリエッタにはあった――そこに連れていってやろうと思ってな」
「ハッ! それで合点がいきやした! つまりはあっしは、アストさんとエルフの姫さんが出かけてる間、姫さんの恰好をして〝留守番〟をしてりゃいいってことですね?」
「その通りだ。正直に話しても、きっとまともに取り合ってもらえないだろう」
アストは小さく溜息を吐きながら言った。
「姉御! あっしにうってつけの任務でさあ! 喜んで協力しやすぜ! ……といきてえとこなんだが」
続いてミラは、ごくりと唾を飲み込んで。
アストの姿のまま頭上の2本の髪を力なく項垂れさせた。
「あれだけの量の見張り……一体どうするつもりですかい……?」
見張り。
まさしく捧蕾祭の本祭が近いことと、過去にエリエッタが一度は抜け出したこともあってか、塔の警備は厳戒態勢にあるようだ。
出入口である門やその周囲には、エルフの兵士が複数人体制で警備を行っている。
ぴりりと空気が緊張し、まさしくネズミ一匹として通さないような意気込みが感じられた。
とてもじゃないが塔の上層階にいるであろう第二王女のもとまでたどり着くことは至難の業に思えた。
「む? 見張りをどうするつもりか、と言ったか?」
しかしそのアストという、逸脱種の常識ですらも通じない少女は。
「そんなもの決まっているだろう――バレないように忍び込むんだ」
などと。
どこまでも当然のことのように言い切ったのだった。
「……姉御に聞いたあっしが悪かったでさあ」
ミラは片頬を引きつらせながら。
この先何があっても、黙ってアストの後をついていこうと心に決めた。
♡ ♡ ♡
聖塔の最上階。
その窓から〝歌〟が聞こえてくる。
幻想的で、どこか優しい旋律の歌だった。
その歌い手こそエルフが第二王女――エリエッタであった。
彼女は室内の椅子に腰かけていた。
窓から差し込む月明りに青く照らされた彼女は、触れてしまえば溶けて消えてしまいそうな儚げな空気をまとっていた。
「(♪ル、ラ、ル、ララ――)」
彼女が歌っているのは、幼少の頃に亡くなった母から教わった曲だった。
「ふむ。綺麗な歌だな」
ぴくり。その声にエリエッタは歌うのを止めて、窓辺に視線を向けた。
その先には――
「……アストさんっ」
まあるい月が浮かぶ夜空を背景にして。
窓枠に堂々と腕組みをしながら立つアストその人がいた。
「どうして、こちらにっ……?」
エリエッタは目を見開いて驚いている。
椅子から立ち上がっていくつか瞬きをし、そのあと手を自らの頬に当てた。
本当にこれが現実であるかどうかを確かめるかのように。
混乱するエリエッタのことは特に気に留めず。
アストはひょいと窓枠から室内に飛び降りて言った。
「じゃあ――行くか」
「え?」
「どこか行きたい場所があったんだろう?」
エリエッタは見開いた目の奥を、微かにきらめかせた。
窓から温かな風が吹いて、亜麻色の長髪をゆっくりと揺らす。
どれだけか時間が経った後に。
彼女はこくりと小さく頷いて言った。
「はいっ……行きたい場所がありましたっ」
続いて心配そうな表情を浮かべる。
「ですが……ここには夜通しの見張り番もいて……」
「それなら問題はない。こいつが残ってくれる」
「えっ?」
ひょい、とアストの背後から『エリエッタの姿を真似た』ミラが姿を現した。
「あ、あたしが……もうひとり!?」
エリエッタは大声を上げそうになった自分の口を、慌てて両手でふさいだ。
「他ならぬ姉御の頼みだ。こっちはうまくやっておきやす。存分に〝外の世界〟を満喫してきてくだせえ!」
「もうひとりのあたしが……みょうちくりんな口調を……!?」
みょうちくりんで悪かったな! とミラはエリエッタの姿形のまま頬を膨らませた。
「い、いえっ……! どこからどう見てもあたしにしか見えなくて……アストさんの御仲間は相変わらず、常識外な方が多いのだなと。感心していましたっ」
「なんでい! そういうことなら――やぶさかでもねえな」
ミラはまんざらでないように鼻の下に指を当てた。
続いてアストはふう、と安堵したようにひとつ息を吐いて言う。
「それじゃあ、早速出かけるぞ。場所は――」
旅先を尋ねたアストに向かって。
エリエッタは胸の前に手を当てて、意を決したように言った。
「はいっ――【光だまりの花園】まで。あたしを、連れていってくださいますかっ……?」




