STAGE 3-30;遊び人、とんでもないやつと対峙する!
アストが思い切り蹴り上げて。
天井に突き刺さった魔法生物は自重に耐え切れず、やがて地面へと落ちてきた。
「うわわ~! あぶないっす!」
ずどおおおん、とまさしく岩塊が叩きつけられたような音がして礫が周囲に飛散した。
ゴーレムは最初びくびくと震えるように身体を動かしていたが……やがて完全に稼働停止したようだった。
胸元にはまっていた水晶が赤色から、生気のない灰色へと変わった。
「やっぱりアストさんはすごいっす……! 〝とんでもないやつ〟をワンパンで倒しちゃったっす……!」
「む? 何を言っている」アストは眉根を上げて言った。「話していた〝とんでもないやつ〟はコイツのことじゃないぞ」
「へ?」チェスカカは目をぱちくりさせた。
「この神が暮らしたという【神殿】に巣食う何者か――とんでもない気配を持ったそれは、おそらくこの先にいる」
アストが視線を向けた先には、ゴーレムが守っていた巨大な扉があった。
その番人の機能が停止したことによって、低い地響きの後に扉の中の歯車が回転するような音ががちがちと鳴った。
どうやら鍵は解除されたようだった。
「開けるぞ」
「は、はいっす~~~~……!」チェスカカはゴーレムの残骸にちらりと視線をやって、「アレを越える化け物なんて想像したくないっすけど、ここまできたら全部見届けるっす……!」
アストが扉に手をかざすと、それは自然に開かれていった。巨大なものとものが擦れるような重低音が胸を震わせる。
扉の向こうからはやがて光が溢れてきた。腕で覆いをつくって、じんわりと光に目を慣れさせる。
ごごごごご。がごん。扉は開き切った。
その先に在ったのは。
「なななななな~~~~~! なんすか、これは~~~~~~……!」
まさしく【世界樹の奥地に眠る神殿】という言葉がふさわしい美しき場所だった。
天井の高い空間。白美の大理石のような素材でできた柱・階段・数多の石像。それらの細部に至るまで様々な芸術的な意匠が施されている。
構造物のところどころには樹々やツタ性の植物が縦横無尽に生え茂っていて、あくまで左右対称に配置された神殿との対比が見る者の心に神秘めいたものをかきたてた。
天窓から差し込む光はまるで硝子の破片にように鋭くきらきらとした光を空間に振りまいている。
さっきから耳に届いているのは水音だ。さらさらと心地よいそれは、神殿内を走る水路のような清流によるものだった。
『ぴぷ~』
神鳥がどこか懐かしそうな声で鳴き、茂った広葉樹の枝にとまった。
近くに実っていた紅い実を、それがまるで何年振りかの食事かのように幸せそうについばんだ。
「そうか。ここがお前の故郷か」アストが安堵したように呟いた。
隣ではチェスカカがふるふると首を振りながら涙を流していた。
「し、信じられないっす……! 大樹林の地下に、こんな場所があったなんて……なにもかもが未知で、なにもかもが美しいっす……!」
その満足そうな様子をみてアストは口角を上げかけたが――
「! 悪いがチェスカカ。感動はあとに取っておいた方がよさそうだ」
「……へ?」
「早速おでましのようだ――あるいは、俺たちが来ることが分かって〝出迎え〟でもしてくれたか」
アストの視線の先をチェスカカは追う。
それは中央部に浮かんだ【祭壇】のような場所だった。
〝空中庭園〟という言葉がふさわしいだろうか。
神秘的な空間の中でも、その場所に差し込む光は一段と明るい。
他のすべての完美な構造物が背景かと思えるほどに主役めいた場所。
その中央部で――人影が動く気配があった。
「っ! 人がいるっすか~!?」
「いや、人というよりも、あれは――」
アストが言い淀んだ理由は、その場所に近付いてみて分かった。
人影の正体は空中庭園のまんなかにあった【鏡】であった。
巨大な円形の鏡で、縁は精巧な飴細工のように幾何学的な文様で細工されている。
鏡は祭壇の中央に据えられて、まさしく神具のように祀られていた。
「おっきい鏡っす~~~~! さっきの人影はこれだったっすね! ……それに、」
チェスカカはそこで小さめの魔法陣を展開させ、自らの目にオーラを集めた。
じいと鏡を見つめていた瞳がよりいっそうきらめいていく。
「やっぱりっす! この鏡、魔道具っすよ! しかも【神遺物】っす~~~~~! でも……不思議っすね、自分の≪ 鑑定眼 》は上級魔法っすけど、それでも正体を見切れない部分が多いっす……もう少し手に取って――」
「それ以上近寄るな」
アストが頭上の遊び髪を一角獣のように立てて言った。
「さっき言った異質の存在は――おそらくこの鏡だ」
「へっ?」
ぽかんとするチェスカカに対して。
アストは『ふう』と短く息を吐き、腕組みを解いて鏡のある祭壇へと歩を進めた。
当然【鏡】であるから、近づいていく彼女の姿が鏡面に映った。
上空から差し込む光を反射して、アストの金色の髪は野原一面の稲穂のように輝いている。
そんな彼女が、古めかしい鏡を挟んでもうひとり立っている。
周囲を創り上げる神話的な世界観も相まって、チェスカカの目にはそれらの一連の光景がひどく幻想的に映った。
そして。
チェスカカが感嘆の息を漏らしていた先で、アストは笑った。
「……あれ? なんか、おかしい、っす……!?」
その瞬間、違和感があった。
鏡面を挟んだふたりのアストのうち――笑ったのは、片方だけ。
鏡の中に映ったアストの頬だけが、厭らしく歪んでいた。
「わ~~~~~~っ!? やっぱりその鏡、変っす~~~!」
にいいいい、とふだんのアストなら決して浮かべることのない黒い微笑みを鏡は映して。
――その鏡像のアストが、現実世界のアストを襲うように飛びかかってきた。




