STAGE 3-29;遊び人、ゴーレムを蹴り飛ばす!
「前方から3匹! 壁伝いにもう1匹いるっす!」
踏み入れた【神殿】の内部で、チェスカカが声を荒げた。
階段を進んだ先には開けた廊下のような空間が延々と続いていた。
どういう仕組みか、我々がその場所を通過するたびに壁にかかった松明が順々に灯っていった。
そんな薄暗い空間に。
――〝敵〟は居た。
「わ~! 後ろにもいるっす! 1、3、5……か、数え切れないっす~……!」
それは虫型の魔物だった。
大きめの球くらいの大きさで、空を飛んだり、丸まって突撃をしてきたりと明確な敵意を侵入者に対して向けてきている。
「チェスカカ。お前、戦闘の経験は――」
「からっきしっす!」チェスカカは胸を張った。
アストはそれを聞いてひとつも落胆することなく、いつもの淡々としたあどけない声で言った。
「わかった。なら、離れていろ――【展開】」
アストは周囲に小さめの魔法陣を展開させた。
金色の文様に古代ルーン――≪古代魔法≫だ。
「んななななんあなんなああああ~~~~~っ!?」
チェスカカが顔中の器官の穴を広げながら驚愕の声を出した。
「ここここっ、古代魔法~~~~~~!?」
アストが描いた魔法陣の数は蟲の数に合わせて幾十個。
完璧なる精度と完璧なる密度をもって、なんなく空に展開されていた。
『『ギィィィィ――!』』
放たれる攻撃の予感を察知したのか。
羽蟲たちが声を合わせそれまで以上の速度と勢いをもって突撃をしてきた。
しかし。
「ふむ。遅いな。神殿に巣食う魔物と聞いて期待したが……単なる不法占拠か? その程度では止まって見えるぞ」
アストが展開した魔法陣から放たれた――短めの槍のような≪魔法弾≫の掃射によって。
『『ギイイイイイィィィィ!????』』
周囲にいたすべての蟲どもは、瞬時のうちに貫き殺された。
ぼたり。ぼたり。命が果てた蟲たちが順次地面に落ちて生々しい音を立てる。
「……はっ!?」
呆然としていたチェスカカが外れた顎を元に戻しながら言った。
「すすすす、すごいっす……! 古代魔法なんてハジメテ見たっす~~~! まさか、まだ真人族の中に使い手が残っていたなんて……! 驚きしかないっすよ~~~~……!」
世紀の大発見っす~とチェスカカは目をきらめかせている。
「今のはなんという古代魔法っすか!? 短い〝光の槍〟がしゅばばば~って飛んでったっす~!」
ぴくり。
チェスカカの質問にアストは『よくぞ聞いてくれました』といわんばかりに小鼻をひくつかせて。
どこか得意げにその魔法の名前を言った。
「ああ。今のは俺が創った古代魔法――≪ 言われなき真実を貫く魔力弧槍 ≫だ」
「………………」チェスカカが目を二三度ぱちくりさせた。
アストの名付けは相変わらず厨二的であったし。
そもそも〝真実〟を槍で貫いてもいいものか? 〝ダイヤモンド〟どこからきた? などとツッコミどころは満載だったが。
チェスカカはその魔法の名に対して。
「……か、か、か、……かっこいいっすううううう~~~~~~~~!」
目のきらめきと声色を一段階上げた。
「! ふむ――そうか。気にいってくれたか」
はじめて自分の名づけに賛同してくれる人を見つけたアストは『むふう』と得意げに頭上の髪の毛をゆらめかした。
口角は微かに上がり『やはり俺の名づけはセンスがある。否定してきた奴らは分かっていない。時代に追い付いていない』などと言わんばかりの表情を浮かべていた。
『ぴぷーーーー』
「……む?」
「か、神鳥の声っす! 鳴くのもハジメテ聞いたっす~、なんか思ったより可愛らしい声っすね~」
道を先導していた神鳥はふたたび短く『ぴぷっ』と鳴くと、廊下の奥に向かって飛んでいった。
「どうやらまだまだ先があるらしいな」
アストたちはあとをついていく中で様々な困難を乗り越えていった。
湧いてくる蟲を蹴散らし。
数多仕掛けられた罠をくぐり抜け。
住み着いた魔物を退けた。
神殿に入り込めた生物、という時点で相当の実力をもった魔物たちであったが……。
アストはそれらをなんなく倒していった。(チェスカカはそのたびに驚愕の奇声を発していた)
「か、かなり奥深くまで潜ったはずっす……!」
チェスカカの息は切れている。
通路の行き止まりはこれまでの廊下より大きく開けた〝四角い空間〟だった。
否、正確には行き止まりではない。その向こう側に〝大きな扉〟が見えたからだ。
しかしその扉の前に――門番らしき魔法生物が鎮座していた。
ゴーレムはこれまでに倒してきた魔物をひとかたまりにまとめたほどの大きさがある。
「と、とてつもない圧気を感じるっす……! これまでの奴らとは格が違う感じがするっす! も、もしかして――このゴーレムがアストさんの言ってた〝とんでもないやつ〟っすか……!?」
――キイイイイイイイイイイン。
ふたりが部屋の中央部付近に近寄った瞬間。
その巨大ゴーレムは甲高い稼働音とともに目を醒ました。
『――、――――、――』
なにやら聞き取れない不思議な音を発しながら。
ゴーレムはひどくゆっくりとした動作で身を起こし始めた。
関節というのが正しいのか分からないが、長きに渡り動かしてこなかった接合部からがりがりという錆びた歯車が回転するかのような音が鳴った。
『――、――、――――、――』
やがてゴーレムは稼働テストのような挙動をしたあとに。
自らの身体の前面をぱっくりと開いて。
「――え?」
複雑な機構が仕組まれたその中から。
とてつもない魔法砲撃を放ってきた。
「「………………っ!」」
まるで光の柱のように圧縮されたその砲撃はふたりの間を掠めて、これまで通ってきた廊下にあった様々なものを滅しながらどこまでも直進的に突っ切っていった。
ずどおおおおん、という何かしらの破壊音がかなり遅れてアストたちの耳に届く。
光よりも音の方が遅いということが、この至近距離ですらも実感できた超速の攻撃であった。
「うわ~~~~~~~~~! こいつヤバすぎるっす~~~~~~……!」
チェスカカが大きく飛び上がって震え始めた。
しかしアストは至って冷静で、腕組みをしたまま魔法砲撃の跡を眺めていた。
「ほう。相当な魔力を圧縮したようだが――【神殿】そのものはあまりダメージを負ってないようだな。これは神殿の防御力を褒めるべきか、お前の火力不足を貶すべきか。判断に困るぞ」
ガタタン。まるでアストの皮肉が通じたかのようにゴーレムは身体を震わせた。
頭部にある巨大な水晶玉が、蒼色からじわじわと深紅に変わっていく。
『ぴぷっ! ぴぷっ!』
そんなゴーレムに対して、物おじせずに例の神鳥が向かっていった。
何やら〝抗議〟めいた鳴き声を発しているが――ゴーレムは聞く耳を持たないようだった。
『――、――! ――――!』
ふたたび開胸。
ゴーレムの身体の中にぶあつい光が集約されていく。
「またくるっすよ~~~~! あんなの喰らったら、さすがのアストさんでもひとたまりもないっす! この先に進めないのは残念っすけど、ここはいったん引き返すっす! 命あってのモノダネっすよ~~~~~!」
チェスカカがあともどりを提案した最中で。
「ふむ。ひとたまりもないかどうか――試してみるまでもなさそうだ」
アストはそんなことを呟いて。
準備運動のようにその場で軽く数回飛び跳ねた。
「おい、鳥」
『ぴぷ!?』鳥と雑に呼ばれた神鳥が目を広げた。
「あいつはお前の仲間じゃないのか?」
『ぴ、ぴぷ~!』
ぶんぶん、と神鳥が首を振った。
「そうか。じゃあ、問題はないな」
彼女はぽつりとそう言うと、安心したように鼻から息を抜いて。
自らの右足をくわえ込むような≪魔法陣≫を展開させると――
そのままチェスカカの視界から消えた。
「……へ? アスト、さん……?」
否。消えたのではない。
消えたようにみえるほどの速度で。
アストは地面をただ蹴ったのだった。
「『――!?』」
チェスカカも。神鳥も。魔法生物も。
その場のだれひとりとしてアストの挙動を見切れなかった。
気が付けば彼女は巨大ゴーレムの背後に立っていた。
「ふむ。やはり近くでみると思いのほかでかいな。どこまで飛ばせるか楽しみだ」
『――!????』
ゴーレムが振り返ろうとした刹那。
アストは言葉通りに。
思い切りゴーレムの巨体を――古代魔法により強化した脚で蹴り上げた。
『ッ!!!!!!!』
果てしない衝撃が周囲の空気を包んだ。
ズガウウウウウン、という巨大な岩が弾けるかのような音とともに。
ゴーレムの巨体がすべての重力を無視して真上にまっすぐ吹き飛び、神殿の天井へと突き刺さった。
「わ~~~~~! 飛んでぶつかって刺さったっす~~~~~~~!?」
見上げるチェスカカの目が思い切り広がった。
アストが蹴り上げたゴーレムは、その巨大な頭部を含む上半身が天井へと完全にめり込んでいる。
おそらく【神殿】を構成する他の部分と同じ素材でできているであろうその天井は粉砕され、ぱらぱらと塵礫が周囲に降ってきた。
「こ、こんなことありうるっすか……?」
彼女は視線を、もともとアストが立っていた場所に移す。
ゴーレムによるあれほどの衝撃でもびくともしていなかった床が、アストが助走のために踏み込んだだけで網目状にひびが入りひしゃげている。
「さっきの〝とんでもないビーム〟でも傷ひとつつかなかった【神殿】の構成物っすよ……!?」
とうのアストは少し先の地面で、180度に上げた足をどこかそそくさと恥ずかしそうに降ろして、『ふう』とひとつ息を吐いてから言った。
「やはりわざわざ試してみなくても分かった。この程度の強度の建物も壊せないようじゃ――たぶん俺のほうが強い」
『ぴ……ぴぷっ……!』
おそらく神と会ったことがあるであろう神鳥ですらも、アストの異常さを察してごくりと息を呑んでいた。
チェスカカはもはや身体を震わしたまま言葉を失い、唇をぱくぱくと開閉させていた。
ようやく口をついた言葉は、当然アストに向けての最大級の賛辞であった。
「じ、実際にアストさんの実力を目の当たりにして分かったっす……アストさんは、もう、人類という種族の常識を遥かに越えてるっす……!」
ゴーレム、なんなく撃破! 大扉の先には一体なにが――?




