STAGE 3-28;遊び人、神鳥を目覚めさせる!
滅びた世界に、神様がやってきて言いました。『汝は何を願う』
ただひとり。生き残った少女は答えました。『神々への報復を』
――■■■■■の手記 二十章八節より
♡ ♡ ♡
「着いたっす~! この付近に【神殿】があると言われているっす!」
大樹林の先頭を歩いていたチェスカカが足を止めた。
付近は変わらず見渡す限りの森だった。こうしてみると一概に〝緑〟と言っても様々な種類の緑があることが実感できる。
それほどまでに周囲には見たこともない種類の樹々や草、苔などの植物が無数に生い茂っていた。
――大樹林のどこかに在るという前人未踏の【神殿】。
そこで神様の手がかりを見つけ出し、どうにか第二王女の非業の運命を救いたい――という趣旨での神殿探しだったが。
神様どころか、その【神殿】の手がかりすらここまで見つかっていない。
「しかし、どうして分かったんだ?」
アストが言った。
その指先では見慣れない植物の花を物珍しそうに撫でている。
「ええっ?」
「〝このあたりに神殿があるらしい〟ということだ。火のない所に煙は立たないだろう」
「! さっすがアストさんっすね! その理由はつまり……あそこにある石柱っす!」
びしい、とチェスカカはすこし離れたところにある細長い構造物を指さした。
「む……」
目の上に掌をかざし陽光を遮りながらそれを眺める。
まさしく石の柱であるようだった。雨風に晒され表面はぼろぼろになっているが、芯はきっちりすわっており天に向かって屹立している。
「【入口の柱】――そう名付けられてはいるっすけど、どこにも〝入口〟は見当たらないっす。近辺にはこの柱以外にそれっぽいものは見当たらないっすし、大地を掘ればすぐに硬い岩盤に当たって探索中止、周囲をくまなく探索しても不思議とまた同じ場所に戻ってきてしまうっす……」
色々試してもお手上げっす、と言葉通り掌を空にあげながらチェスカカが言った。
しかしアストはその時、視界の先でまた〝別のモノ〟が気になっていた。
「ふむ。それは分かったんだが……さっきからなんなんだ、あいつは」
あいつ。とアストは言った。
それは石柱の一番上。そこに【一匹の鳥】が止まっていたのだ。
ぼてっとした身体の鳥で目はしっかりと閉じられている。
色も石柱と同じ灰色系統で、身動きひとつしないため、アストも一瞬〝石像〟かと錯覚したほどだった。
「あ! あれは【神鳥】っす!」
「神鳥?」
「〝神を導く鳥〟――って言われてるっすけど、相当に長寿の鳥っすね。噂じゃ霞でも食べて生きてるだとか、そもそも精巧にできた彫刻だとか剥製だとか……いろいろ言われてるっすけど、詳しい生態は分かってないっす。動物学は専門じゃないっすけど、特に気にしなくていいっすよ! なにしろ、大樹林を根城にする森人族のだれひとりとして、神鳥があそこから動いたところは見たことないっすから!」
そんな動かないはずの鳥が。
ゆっくり、そのまん丸の目を開いた。
続く動作でアストの方向にきょろりと顔を向けて。
じいっと彼女のことを確かめるように、その黒い硝子のごとき瞳に映したあと。
――ぶわっさ。ぶわっさ。
柱の上から飛び立った。
「…………」
その様子を見て。
「うわーーーーーーー!!! アストさん見て神鳥が飛んだっすーーーーーーーーー!!!!!!」
チェスカカが目と口を開いて全力で叫んだ。
「こここここれは大事件かつ大スクープかつ大異常事態っすよ! ほらアストさん、何してるっすか! はやく追いかけるっすよ!!!」
「む? あいつは気にしなくていいんじゃなかったのか?」
「それとこれとは話は別っす! なにせこれまで謎に包まれていた神鳥が〝飛び去った〟っすよ!? きっと何かがあるに違いないっす~!」
神鳥は大きなふてぶてしい身体にふさわしいのっそりとした飛び方だった。
それは〝だれかをどこかに導くような〟所作であるようにも感じた。
「それにしても……さっきあいつが俺のことを見てきた際に違和感があった。まるでその瞳を通して、あの鳥ではない〝遠くの存在〟が俺のことを覗いているような――」
先ほど神鳥の黒い無機質な瞳に見抜かれた折にアストはそんなことを悟っていた。
いわゆる勘であり直感であったのだが……その予想はこの後、当たることになる。
「ふむ。いずれにせよなにかの分岐を立てたには違いがなさそうだ。ここは大人しくついていくとするか」
アストはひとつ鼻から息を抜いて、のっそりと飛ぶ神鳥とぱたぱたと忙しない足取りのチェスカカのあとを追った。
♡ ♡ ♡
「信じられないっす……!」
チェスカカが目を見開きながら震える声を出した。
「【神殿】の入口、見つかったっすーーーーーーーーーーーーー!」
そのあと両手をあげて彼女はぐるぐるとその場を駆けまわる。
表情は感極まっており、瞳には涙が滲んでいた。
「むう。そんなに感動することなのか?」
アストがいつもの淡々とした、それでいてどこかあどけない口調で言った。
「あ! た! り! ま! え! っすよ!」チェスカカが顔を至近距離に近付けてきて叫んだ。「これまで幾人もの名だたる調査員が捜して見つからなかった前人未踏の領域っすよ! それを――アストさんをキッカケにこうも簡単に見つけることができるなんて! やっぱりアストさんはただものじゃないっす~!」
キッカケ、というのは例の【神鳥】のことだった。
アストを目にした神鳥は森人族の誰ひとりとして動いたところを見たことがなかったという石柱の上を離れ、その後はこの神殿の入口に導くように飛翔してきたのだった。今は近くの広葉樹の中腹の枝にとまってふたたび石像のようにぴたりと身体を休めている。
神殿の入口。
それは地下へと続く階段のような場所だった。
周囲を多くのツタ性の植物や下草が覆っており、確かに見つけにくそうではあったが。
それでも〝これまで数多の実力者が挑んでも見つからなかった〟というのは言い過ぎではないかと感じるほどに、入口は明らかにそこに存在していた。
「きっと神様の≪魔法≫の一種っす! 神鳥に導かれてでないと、この場所にはたどり着けないようになってたっすね~……! そんな神鳥に〝一目見ただけで〟認められるなんて、本当にアストさんはすごいっす! あっ!」
チェスカカが目をきらめかせていると、ふたたび神鳥が枝から飛び去った。
そのままのっそりとした飛び方で露出した階段の下へと入っていく。
その途中でアストたちの方に僅かに首を向けた。
どうやら『ついてこい』と言っているようだった。
「神代に神様の拠点となった前人未踏の【神殿】――わくわくするっすね~! ……あれ? どうしたっすか、アストさん。追いかけないっすか?」
「いや、これは俺の勘だが、」アストはそこでじいと階段の向こう側に意識を澄ました。「この先に――なにかとんでもないのがいるな」
「へっ!?」チェスカカの帽子の上で大きな羽根が飛び上がった。「もももももしかして【神様】っすかね……? いや、でもそんなことはあり得ないっす! 神様はサイハテからこちら側には出てこれないハズっすから……」
ブツブツと言っているチェスカカに、アストは堂々と言った。
「ここにいるのが神かどうか……俺は実際に会ったことがないから分からん。だが、いずれにせよ俺たちに引き返す選択肢はない。そうだな?」
チェスカカは一瞬ぽかんと口を広げたあとに大きく頷いて同調する。
「〝未知なるもの〟に挑戦するアストさんの好奇心、自分の好きなところのひとつっすよ!」
ほかにもアストさんの好きなところはいっぱいあるっすけどね、と付け足してチェスカカは胸を張った。
その拍子に背負っていた巨大なリュックが揺れて中身ががちゃんと音を立てる。
「それじゃあ、意見は一致したってことでいいっすね!?」
アストはこくりと頷いた。
「楽しみっす~! 早速地下神殿の探索に出発っすよ~!」
浮足立った様子で神殿に踏み込むチェスカカの後ろで。
アストもこの先に待ち受ける〝ナニカ〟に対して仄かに口角を上げた。




