STAGE 3-26;遊び人、舐められる!(物理)
「自分にアストさんの――〝腋〟を舐めさせてほしいっす――!」
「……は?」
顔だけは〝お菓子作りが似合いそうな〟赤髪の可憐な探索家少女・チェスカカからの唐突な『腋舐め希望』発言によって。
無言。
があたりを支配した。
「「………………」」
アストは微かに混乱していた。
彼女の言葉を何度も頭の中で繰り返すが、正確な理解にまで及ぶことができない。
俺の腋を舐める? それは一体なにを意味するのだろうか。
やがてアストは頭上の毛をうなだれさせながら、冷や汗とともに言った。
「む、う……お前、どれだけ歪んだ性癖をしているんだ……」
そこでチェスカカはびょこん! とその場で飛び上がって訂正してきた。
「性癖!? なああああ!? なに言ってるっすか、アストさん! ちがうっすよ! 変な意味じゃないっす!」
「報酬として人の腋を舐めることが〝変な意味〟以外になにがある……」
チェスカカからじりじりと距離を取りながらアストが言った。
「違うっす、違うっす、信じてほしいっす~~~~!」彼女はぶんぶんと涙ながらに首を振っている。「アストさんの魔力が濃厚すぎるのがいけないんす!」
「む? 俺の魔力が……?」
こっくり。
それまでの焦りを挽回するかのようにチェスカカは大きく頷いた。
「そうっす! この前の〝聞き取り調査〟の際に色々とアストさんの異常さは分かったっすけど……それでもなお〝理解できない〟ことが残ってるっす! それがアストさんがその小さな身体に秘める〝果てのない異質な魔力〟っす!」
「……!」
自分が魔力を〝隠している〟ことに加え、その質の違いをチェスカカに見抜かれたことに、アストはすこし驚いて目を開けた。
見たところ彼女自身の魔力の容量はそこまで高くなさそうだが……『探索家』のスキルかなにかを使ったのかもしれない。
「あまりに常軌を逸したその魔力が一体どこからきているのか、どういう性質のものなのか――自分は以前の調査の折にアストさんの身体をまさぐって様々なスキルを使って調べたっすけど、検討すらつかなかったっす! こんなのハジメテだったっす……!」
そういえばアストは以前チェスカカに腕がもげそうになりながら攫われた時、質問の他にスキルを交えてじっとりと見られたり、くんくんと匂いを嗅がれたり、さわさわと触られたり、澄ますように体中の音を聴かれたりした。(まるで入念すぎる歪んだ健康診断のようだった)
「そうっす! お気づきのようにあとひとつ――〝味覚〟はまだ試してないっす~!」
チェスカカはぺろりと紅いフルーツのような舌を出してそれを白い指先で示しながら言った。
「探索家たるもの探求の精神を枯らしてはならないっす! 〝無知の知〟を知ることこそ肝要っす! そして探求は人間たるもの――〝五感〟のすべてを用いて行われるべきっす!」
言っていることはなんとなく分かるような気がして、アストは頷いた。
「なのでアストさんっ! 今回の相談料として、アストさんの中でもっとも濃密な部分のひとつを――自分に舐めさせてほしいっす!」
そっちはやはりまったく分からなかったので(むしろ分かりたくなかった)、アストは目を細めて後ずさった。
「自分からのお願いっす! アストさんにしかできないことっす……!」
しかし。
そう言って彼女が顔の前で手を擦り合わせ真っすぐに向けてくる瞳は。
やはり純粋無垢な少女のそれであったので、アストは小さく唾をこくりと飲み込んでからその条件を呑むことにした。
「ふう。気は進まんが仕方ない――ギブアンドテイクだ」
【神典】を書き換えるという〝神をも恐れぬ行為〟の相談事か。
年頃の愛くるしい冒険服の少女から〝腋を舐められる〟のか。
そのふたつがきちんと吊り合った報酬のバランスになっているのかアストには分からなかったが、
「やったっす~! これでアストさんのことをよりよく知ることができるっす~!」
などと。
まるでパンケーキがうまく焼けた時のようにぴょんぴょんと無邪気に跳ねまわるチェスカカの様子を見ていると、これ以上深く考えても仕方がなさそうだった。
「むう。しかし〝相談事を受ける代わりに〟ということは理解したが、」アストは腕組みをしたまま確かめる。「……俺の方がお前にくれてやる報酬は〝後払い〟でいいのか?」
飛び跳ね喜んでいたチェスカカがふと動きを止めた。
そしてアストの全身をくまなく確かめるように眺め、舌をぺろりと出して、
「――〝先払い〟でお願いしたいっす!」と瞳をきらめかした。
アストはふたたび深い溜息を吐く。
「……むう。嫌な予感しかしないが気のせいだろうか」
気のせいではなかった。
♡ ♡ ♡
「アストさんの、最高に濃密だったっす~……!」
チェスカカが夢見心地で呟いた。
足元は覚束なく、目線は明後日の方向を彷徨いふらふらであったが――その表情にはこの上ない恍惚さが浮かんでいた。
「む、うううう……! 舐めるとは言ったが、まさかここまでだとは……聞いていない、ぞ……むぅ……っ」
そして舐められた側であるアストは大樹林の下草の上に衣服をはだけさせた状態で倒れ込んでいた。
生え変わったばかりの白馬の毛並みのように透明感のある全身の肌が、成熟した果実のようにすっかり深紅に染まっている。
瞳はぐるぐると渦を巻き、呼吸する息も荒く乱れている。
完全に〝事後〟だった。
「むう……なにか大切なものを、失った、気分だ……」
息も切れ切れにアストが言った。
未だ完全には慣れない女の身体の大切な一部(※注……腋のこと)を舐められた。
チェスカカ自身の好奇心からくるものか、もしくは『味覚強化』に紐づいた魔法によるものなのかは分からないが。
彼女の舌遣いは想定以上に凄まじく、執拗に責められたアストは時折『んっ♥』という嬌声めいた声をあげ、完全に全身の力が抜けていた。
「……それで、だ」
ふらふらになったアストはどうにか立ち上がり、乱れた服装を戻しながら尋ねる。
「ここまでしてくれたんだ。俺の魔力について、なにか分かったのか?」
チェスカカは最高に晴れやかな笑顔で『えっへん』と胸を張って言った。
「〝底〟が深すぎて、全然なんにも分かんなかったっす!」
アストは無表情のまま固まった。




