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STAGE 3-24;お姫様、回想する!


『ご誕生だ!』『森人族(エルフ)が王家に』『2人の御子がお生まれになったぞ!』


 その日、エルフの王族に女児の()()が生まれた。

 長女はクリスケッタ、次女はエリエッタと名付けられた。

 

 王家や民に見守られ大切に育てられたふたりは仲も良く、何をするにも一緒だった。

 長女の方が気が強く、次女の方がおしとやかであったが……それは互いの長所短所を補っているようで、ふたりはまさしく一心同体であった。


 時折喧嘩もしたが〝泣き虫〟な気質は似ていたのか、最期は互いに泣きじゃくり収集がつかないまま母のもとへ行くのだった。

 母王は病弱でふたりを産み落として以来、外を出歩くことなく病床の上で寝たきりの日々を送っていたが――


 それでも〝涙を零しながら〟ふたりの娘がやってくると、母はベッドの上で彼女たちを抱きしめてくれた。

 

 そうするとふたりは泣き止んで、また元通りの〝仲睦まじい関係〟に戻るのだった。

 

 たまにふたりは、母に抱きとめてもらいたいが故にわざと喧嘩をすることもあったが……それは決してどちらも口にすることはなかった。

 そんな〝無邪気さ故の狡猾さ〟も含めて、ふたりはやっぱり似た者同士だった。

 

「エリー、(わらわ)たちはずっと一緒だ」


「クリス――うんっ。そうだったら、嬉しいな」


 未来の話をすると、次女であるエリエッタはどこか寂しそうに笑った。

 まだ幼きクリスケッタは、彼女の笑みに浮かぶ陰影に当時は気づかないままだった。

 

 

 ――ほどなくして、彼女たちの母は持病が悪化し死んだ。


 

「お母さま、クリスと一緒にお花を摘んでまいりましたっ」

「母様が以前に話されていた、珍しい薄紅色の花にございます。早速窓辺に飾らせて……」


 いつもならふたりの娘の声が聞こえると、無理にでも上半身を起こし、無理にでも笑ってくれて優しく話を聞いていたのだが。


 この時はふたりからの問いかけに、答えることはなかった。


 優しげな表情のままでふだんと変わらず、ただただ幸せそうに眠っているかのような最期だった。

 

「どうしたのですっ?」

「お母、さま……?」

 

 ふたりは激しく慟哭(どうこく)した。

 いくら泣き叫んでも、ふたりを優しく、小さな力で抱き留めてくれる母はもう目覚めることはない。


 母王の死をきっかけに、森人族(エルフ)の国は得体の知れない重くどんよりとした空気が漂い始めて。

 

 それまで正常に動いていた歯車が、少しずつかみ合わないようになっていった。


     ♡ ♡ ♡

 

 父王――アルフレッデの様子がおかしくなり始めたのも母王の死がきっかけだった。

 

 やせ細り覇気を失くしたような見目だけではない。

 今までには無かったような怒号をするようになったり、今まで避けていた人種や思想に関わり合うようになったり。


 ――そして今まで以上に、ふたりの娘を愛さなくなってしまった。


 とある遠征の際、父王は数か月の間大樹林を離れた。

 友好種族である真人族(ヒューマン)の国家を訪れることを目的としたそれは、数多の兵士や付き人を連れ添った大規模なものだった。


 帰還して数年が経った後、ふたりのエルフが樹上城を尋ねてきた。

 遠征の際に行方をくらましていた王の身の回りの世話を務める使用人の女だった。

 彼女はひとりのエルフの少女を連れていた。


 それはアルフレッデと彼女との間に出来たという腹違いの妹――第三王女となるルウルキフだった。


 最初は皆戸惑いがあったが……。

 母王の死以来、淀んだ空気に覆われ希望が欠如していた森人族(エルフ)の国にとって、新たな王族は温かく迎え入れられた。

 

 異母とはいえ〝妹〟という存在に、暗い表情が多かったクリスケッタとエリエッタも彼女とのふれあいを通じて少しずつ笑顔が増えていった。


 不幸といえばまたひとつ――ルウルキフの母にあたる使用人が、ある日森の奥で姿をくらました。

 いわゆる【神隠(カミガク)レ】に逢ったのだ。しかしエルフにとって神隠レは〝神に選ばれ、神の国に連れていかれた〟とされる(ほま)れ高き出来事。

 決まりに(のっと)ったいくつかの祭事が行われ、上の姉妹に続いてルウルキフも母を失くした。

 

 そんな鬱々しい空気が一変したのは、双子姉妹が15を迎える〝職業授与〟の儀がキッカケだった。


 姉であるクリスケッタは武道職系の『大弓導士(ハイリードアーチャー)』。

 そして妹のエリエッタは――誰もが望んだ文化職系『剣舞家(ソード・ダンサー)』であった。


 王家の血筋に無事『文化職』が誕生したことで、エルフの国の陰鬱な空気は一転し晴れたようだった。


 大樹林を護り、世界樹を護り――そして言葉通り〝世界〟を護るエルフの一族。

 彼らには【神典】に記され神より与えられた使命があった。


『千の節目を迎える満月の夜』

『エルフが王族の血を引く〝文化職〟の魂を世界樹に捧げ』

『実った世界樹の蕾を、翠玉色の湖に沈めよ』

『さすれば【終末の獣】はおさまり、天に平和がもたらされるであろう』

 

 これら一連の神託は〝神使命(ミサダメ)〟とされ、十五の(よわい)に『文化職』を与えられたエリエッタは【生贄】としての運命が決まった。

 

 以来、彼女は【聖塔】と呼ばれる樹下街の外れの森深くにある石造りの塔に閉じこもっての生活を送ることが決まった。

 ケガレを持ち込まないため、という名目ではあったが……単に〝生贄〟を逃さないことを目的にしているような塔での生活を、アストは〝幽閉〟だと例えた。


 しかし古くより【神典】に基づいて決められたそれらの行為を、エルフの誰もが不思議に思うことはなく。

 【神隠レ】と同様に、神より選ばれた〝光栄で誉高(ほまれたか)きこと〟であると誰もが信じぬいていた。


 

 ――それが例え、生贄として王女の命を絶つことになろうとも。


 

     ♡ ♡ ♡



「なぜ言ってくれなかったんだ?」


 樹上城の門前。

 エリエッタを()()()の【聖塔】に送り届けた帰りのクリスケッタに対して、アストが言った。


「うん? 何の話だ」


「エリエッタの……生贄の話だ」


(にえ)? ああ、〝神使命(ミサダメ)〟のことか」クリスケッタはあくまで言葉を訂正する。「言わないもなにも当然のことだろう。それこそが世界樹を――果ては世界を護る我が種族の使命だ」

 

「それが自らの妹が命を投げ打つことになろうとも、か?」

 

「何が言いたい、アスト殿。ミサダメをまっとうすることは、結果世界を救うことに繋がるのだ」クリスケッタはそこで明確に不機嫌さを表情に出した。「第二王女(いもうと)は神に選ばれ、その大義を仰せつかった。それを否定することは、例えアスト殿であろうと許されぬぞ!」


「………………」


 アストは沈黙する。

 言い返せなくなったのではない。


 語気を強めるクリスケッタの表情が。想いが。


 あの剣舞を披露した夜の、自らの非業の運命を告白したエリエッタのそれと同じ種類のものだったからだ。


 例え自らの命を絶つ運命であろうとも、それを心からの名誉として幸せそうに微笑むエリエッタのことがありありと思い浮かぶ。


「〝神〟に選ばれた、か――」アストが小さく呟いた。


「うん? どこへ行く、アスト殿」


「いや、すこし()()をな。そうだ、俺はエリエッタの剣舞が終われば出立しようと思っていたが――気が変わった。もう少しだけここに滞在していても良いだろうか?」


 クリスケッタが短く鼻から息を吐いて頷く。「無論。アスト殿はエリエッタを――〝エルフが運命〟を救ってくれた大恩人だ。気の済むまでいてくれて構わない。捧蕾祭の準備で多く構うことができぬが……終わればまた、盛大にもてなしをさせてくれ」

 

 アストはいくつかの(まばた)きで答えて、何か考え込むようにしたあと、クリスケッタの元を去っていった。


 それらの会話を背後で見守っていた狼従者――リルハムがひとり残ってクリスケッタに言う。


「……えっと、あのねー。ご主人ちゃんはねー」


「うん? アスト殿がどうした」


 リルハムは大きな尻尾をゆっくりと振りながら続ける。


「きっとね――また生贄にしちゃうために、エリエッタの命を救ったわけじゃないと思うよー?」


 ぴくり。

 クリスケッタの眉根が跳ねた。


「………………」


 今度は彼女が沈黙した。瞳はじいっと虚空を見つめている。


「でも……大丈夫だよー」


「?」


 訝しげに首を傾げるクリスケッタに、リルハムはあっけらかんとした口調で言った。


「ご主人ちゃんの目、諦めてなかったもんー」


 アストの去っていった方角を見て、彼女はやっぱり自分のことのように得意げに胸を張った。

 

「きっと、()()()()()()()()()()()()――いつもみたいな〝規格外なこと(とんでもないこと)〟でも思いついたんじゃないかなー」

 

 捧蕾祭は本祭――エリエッタの命が献上されるまで、もう7日を切ろうとしていた。

 

 小さな歩幅で去っていくアストの後ろを、リルハムは跳ねるような足取りで追いかけた。



 

ここまでお読みいただきありがとうございます!

面白そうでしたらページ下部よりブックマークや星★での評価などもぜひ。

(今後の執筆の励みにさせていただきます――)

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― 新着の感想 ―
[一言] まぁ本来ならば、生贄の本人を含む全人類が滅びないために、一人だけの犠牲で終わらせる儀式だからね。 世界の理も否定できる存在以外は解決できないのが常識ですね。
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