STAGE 3-23;お姫様、運命を打ち明ける!
「アストさんっ!」
素晴らしい演舞によって夜の樹下街が温かな余韻に包み込まれている中。
まさしくその最高のパフォーマンスを披露したひとりの少女が、アストに向かって駆け寄ってきた。
「む? エリエッタか」
場所は舞台の手前、ちょうど特別鑑賞席があったあたりに櫓のようなものが組まれ燃えている。
そんな巨大な焚火の周囲にエルフたちは集まり、再開した屋台も含めて未だ終わらぬ今宵の祭りの続きを楽しんでいた。
「いいのか? 出歩いても」
「はい、束の間だけですがっ……監視もちゃあんとついていますし」
視線をずらすと少し離れた場所にクリスケッタの姿が目に入った。
いつの間にか着替えたようで見慣れた兵士服姿で立っている。
どうやら周囲にはクリスケッタ以外にも多数の〝見張り番〟がいるようだった。
しかし見張られている当の本人――第二王女は逃げ出すつもりは、少なくとも今は微塵もないようだった。
「すぐに戻ります。本祭の準備もありますからっ」
彼女は空を見上げながら言った。そこには蒼白い月がぷっくりと浮かんでいる。
半月を僅かに超えた弧型で、満月の日――〝世界樹の蕾を捧げる〟本祭当日までにはあと一週間ほどだろうか。
「そうか――すごかったぞ」アストは真っすぐに言った。
「ふぇっ?」エリエッタは驚いたように目を見開いた。
「言葉でうまく表せられないが、少なくとも舞ひとつであそこまでどきどきしたのは生まれて初めてだ。見惚れるほどに可憐で、それでいて目には見えない力を持った途方もない演舞だった。一生忘れることはないだろうな」
「……えへへ。アストさんにそこまで言っていただけて光栄ですっ」
エリエッタはやはり稚い少女のように恥ずかしそうに微笑んだ。
「たくさんお稽古をした甲斐がありましたっ」
アストは口角を微かに上げて頷く。「これで無事に、世界樹は蕾をつけることができるんだったな」
エリエッタはいくつか瞬きをした後、胸の前に手を置いて答えた。「はいっ。世界は、救われます」
ぱちぱちと薪の弾ける音が聞こえる。
時折夜の風があたりを優雅に吹き抜けて、焚火によって暖められた肌を心地よく冷やした。
「それでは――アストさんっ」
エリエッタがアストに向き直る。
相変わらずのとろんとした目つきでアストを見つめる。その瞳には炎の影が穏やかに揺らめいている。
「今までありがとうございました。最期にアストさんのような素敵な方にお会いできて――エルフの王女としてでなく、あたし個人としても。とっても幸せに思います」
真っすぐにこちらを向いて微笑む彼女の様子に、アストはどこか照れくさそうに頬を掻く。
しかしその言葉の中には気になる文脈があったので、ふと尋ねてみた。
「今、最期と言ったか? 確かに俺はひとまずこの国は去るつもりだが……いつかの道中でまた寄ることもあるだろう」
ぱちくり。エリエッタは目を瞬かせて。
ぽかんと広がった口を絞ってから、不思議そうに首を振った。
「ええと――いえ。きっともう、お会いすることはないかと」
「む? どうして言い切れる? 人生は何があるか分からないぞ」
人生は何があるか分からない。
その言葉がまるで冗談であるかのようにエリエッタは言った。「えへへ、分かりますよっ」
アストは首を傾げる。
彼女は確かに森人族の王女だ。立場上、この場所を離れることは難しいであろうが……。
それでもアストは〝また会いたい〟と思えるくらいには彼女のことを――森人族の国のことを好意的に思っていた。
なのに再会を拒否するようなエリエッタの言葉は、今後アストがこの場所を訪れることを暗に断られたかのようで心寂しい気持ちがした。
しかし。
彼女は続ける。
「分かりますよ。だって、あたしは、」
別に言いにくそうでもなく。
いつも通りの声の調子で。
「7日後の満月の夜――世界樹が蕾をつけるその聖なる夜に、」
彼女は。
続ける。
「文化職を与えられた王族の神使命として――この命を世界樹に捧げるんですから――」
「――っ」
アストが目を見開いた。
それまでざわざわとしていた周囲の人々の営みが途切れたように無音が訪れる。
「世界樹に蕾をつけてもらうために――この命を、捧げるんですから」
凛と張り詰めた空気の中でもう一度。
今度は夜の空に得意げに聞かせるようにして、エリエッタは繰り返した。
「どういう、ことだ――?」アストがたまらず尋ねる。
その場に突として強い風が吹き抜けた。
焚火の炎が一瞬乱れて小さくなり、やがてまた煌々と燃え上がる。
「えへへ、言葉通りの意味ですよ? これでようやくあたしは〝生まれついた意義〟を果たすことができます。だからアストさんとお会いできるのは紛れもなく――これで最期ですっ」
生まれついた意義、と彼女は言った。
まさしくそれが自らの勤めであり、真に光栄なことであると心から信じているように。
どこまでも純粋な瞳を王女は浮かべている。
「………………」
アストは何も言わない。否、言えないでいた。まるで時の狭間に取り残されてしまったかのように呆然としている。
そんな彼女を包み込むような声でエリエッタは続けた。
「だからあらためて、お礼を伝えさせてください」
ぱちぱちと夜の空に届くように燃える焚火の光に照らされて。
全身を温かな橙色に染めて。
「あたしを。世界のために天に捧げる定めのこの命を――アストさんっ。助けてくださりありがとうございましたっ」
そう言って彼女は。
幸せそうに――微笑んだ。
無情な運命を告白されたアスト。
物語はいよいよ様々な思惑が渦巻く捧蕾祭本祭へ突入します――!
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(今後の執筆の励みにさせていただきます――)




