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STAGE 3-18;遊び人、お祭りを楽しむ!


 捧蕾祭(ほうらいさい)――それは千年に一度つけるという世界樹の(つぼみ)を、〝宝珠湖(エメラルド・レイク)〟に捧げる一連の祭儀期間のことを指す。

 宝珠湖の奥底には神代の魔物【世界喰イ(セカイグライ)】が眠るとされ、蕾の献上が無ければ目覚めた魔物が暴虐の限りを尽くし世界を滅ぼすという。


 本年はまさしく、その千年の節目にあたる。

 世界樹が蕾をつけるためには、神より『文化職』のギフトを与えられた森人族(エルフ)の王族の力が必要とされていて。


 つまりはエリエッタ――『剣舞家(ソードダンサー)』を職業として持つ第二王女こそ、此度の捧蕾祭の主役でもあった。


「そのエリエッタの〝剣舞〟が見られるのか」アストが頭上の髪をぴこぴこと揺らしながら言った。「この熱気を見れば、皆の期待も伝わってくるようだな」


 場所は樹下街の端にある大広場。

 中央に(しつら)えられた舞台(ステージ)で、本祭に先駆けた今宵、彼女の舞が国民に披露されるらしい。

 それまでの時間を賑やかすように、広場を囲んで様々な屋台が出ている。それらを愉しむエルフの民の表情は、とても温かみに満ちたものだった。

 

「まさしく縁日のようだな……む?」


「ご主人ちゃんー! あっちにも美味しそうなのがあったよー!」


 リルハムが少し離れた屋台の前から呼びかけてきた。

 彼女を見ると両手に収まりきらないほどの串やら小皿やらコップやらを持っており、その頬はぷっくりと膨らんでいる。

 どうやら〝お祭りの屋台漁り〟に精を出していたらしい。


「まったく、しょうがない従者だ」


 やれやれといった様子で呟く()()ではあったが。

 他ならぬアスト自身の両手にも、様々な〝屋台の戦利品〟が握られていた。


「品切れの前に味見をしないといけないな――ふむ、やはりどれも旨い」


 アストは残っていた串をたいらげて、唇をぺろりと嘗めあげて。

 リルハムの後ろをついていこうとしたところで、聞き覚えのある元気いっぱいの声をかけられた。


「あ~~~! アストさ~~~~~ん!」


「む?」


 手をぶんぶんと振りながら近寄ってきたのは、帝国軍の調査役の少女・チェスカカであった。


「また会えたっすね! 嬉しいっす!!」


「チェスカカ、お前も来てたんだな」


「当然っすよ! エルフの『剣舞家』のパフォーマンスなんて、滅多に見れるものじゃないっすからね!」


 目をらんらんと輝かせながら彼女は言った。

 『探索家(ディグラー)』という職業柄なのだろうか、やはり未知のものに対する好奇心の強い少女であるようだった。


「それにしても聞いたっすよ! 数少ない証言(ヒント)から、第二王女さまを連れ戻したのは、アストさんなんすよね……!」


 すこし声を抑えるように彼女は言った。

 王女救出(そのこと)は要人以外には伏せられた事実であったため、彼女は帝国軍の中でも主要な地位にあるのかもしれない。


「さすがは自分が見込んだアストさんっす! アストさんなら、どんなに異次元なことをしたって不思議に思わないっすよ~!」


 なぜか自分のことのようにチェスカカが胸を張っていると、リルハムが戻ってきた。


「あー! ご主人ちゃんを攫った誘拐犯ー!」


 彼女はびしっと指をさして言った。


「はて? 自分は誘拐なんかしたつもりは……はっ!」チェスカカはリルハムに気づいて目を丸くする。「一体なんなんすか、貴女は!?」


「へー?」リルハムは首を傾げる。


「今までにお会いしたことないタイプの獣人さんっす……! 尻尾、失礼するっすよ!」


「うあー、急になにするのさー!?」


 本人の許諾を得るまでもなく、チェスカカはリルハムの豊満な尻尾をふさふさと撫で始めた。


「やめ……うあんっ」


「肌ざわりも抜群っす! 失礼して――くんくん――匂いも他とは違う感じがするっす! 貴女、本当に【獣人族(ワービースト)】っすか……?」


「ぎくっ」とリルハムは声に出した。「そ、そうだよー? 何言ってるのさー。リルは狼の獣人だよー」


 まさか『本当は悪魔だよー』と言うわけにもいかず、リルハムはぎこちない笑顔で誤魔化した。

 それにしても……このチェスカカという少女はなかなか勘が鋭いようだった。

 否定されてもなお、リルハムの尻尾やら耳やら全身やらをくまなく検分する手をやめない。


 遂には「リルハムさん! このあと時間空いてるっすか!?」とアストに引き続きどこかに連行されそうになったので。


「空いてないよー! そういうのはご主人ちゃんの許可を取ってからにしてよねー」とアストの後ろに怯えながら隠れた。


「アストさんのお連れだったんすね! どうりでただ者でない気配がしたと思ったっす……!」


「そうだよー。リルはアストの、信頼がおけまくっちゃう従者なんだよー」とリルハムは胸を張った。


「そうなんすね! アストさんの関係者なら、多少の〝常識外〟があったとしても納得できたっす!」


 とふたたびチェスカカは自分のことのように胸を張った。


「そうだよー、ご主人ちゃんはすごいんだからねー」


 対抗するようにリルハムも得意げに言った。

 そんな彼女たちの様子をみて、アストは眉間に皺を寄せて呟く。


「むう……さっきから、その納得の仕方はどうかと思うが……」


 あたりは変わらず祭りの気配に満ちていた。数多の人の往来と熱気。期待を孕んだ話し声に、どこかから聞こえる陽気な音楽。


 そんな人混みの中を、まるですり抜けるようにしてひとりの男がやってきた。


「おやおや。仲睦(なかむつ)まじいようで」


 痩身で色白のその男は、アストたちを見て言った。


「む、お前は」


 大樹林駐在の帝国特別軍大佐――シンテリオだった。


()()()チェスカカと知り合いだったのですね」

 

「はっ! シンテリオさま……!」


 チェスカカがアストたちから距離を取って畏まる。


「いやはや。どうして報告をしてくれなかったのです?」


 やけに優しげな口調のシンテリオに対して、チェスカカはどこか怯えるように答えた。

 そこには上司と部下という関係性以上のものが垣間見える。


「アストさんのことっすか? あ、いや……隠したつもりは、なかったっす。ごめんなさいっす……」


 確かに互いに帝国軍の所属であれば面識があるのは当然だろうが……。

 それでも彼らが同じ団体に属していること自体が――それどころか、こうして〝会話をしていること〟すらも何故だか違和感があった。


 天真爛漫で情熱に溢れたチェスカカと、怪しげで掴みどころのないシンテリオ。

 〝太陽と月〟という表現がアストはすぐに思い浮かんだが――同時にひどく胡散臭くもあるその男のことを〝月〟と例えるのもなんだか腑に落ちなかった。


「ご主人ちゃん、気を付けてー」


 すると()()であるリルハムが、声に深刻さを滲ませて。


 アストの耳元で囁くように言った。




「こいつ、ただの人間じゃないよー……!」




お姫様の舞を前にして、一波乱の予感……?

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