STAGE 1-1;神童、たくさんのメイドさんに囲まれる!
ひとりのゲーム好きの男が死んだ。
物語はそこで終わりのはずだった。
なのに。
――まだ、意識はあるのか。
その死んだはずのゲーム好きの男は、ぼやけた思考を働かせる。
趣味だけではなく、仕事もゲームのバグ取り屋として、常に画面の中に広がる異世界に没頭していた。
昔から興味のあることに対する記憶力と集中力は〝異常〟だと称されることが多く、そしてやると決めたらすべてを捨ててでも追求する性格が幸いしたのか、界隈では『伝説のバグ取り屋』と持て囃され、世界中から四六時中あらゆる仕事が舞い込んできた。
――最後に寝たのはいつだったか。そう思うと随分身体には負担を強いていたな。心臓がおかしくなるのも仕方のない話だ。
それにしても、と男は考える。
――過労死だか心臓発作だか知らないが、最後くらい幸せな想い出に浸りながら〝あの世〟に行きたかったものだ。……む? 幸せな想い出?
そんなものが、自分にあっただろうか。
人生を振り返ってみるが思いつかない。
――ああそうだ。現実の世界の俺には、何もなかった。
だからこそ。
自分は空想の世界に生きたのだ。
彼は思う。もしも。
次の人生なんてものを。
それこそ、ゲームみたいにやり直せるのなら。
――〝現実の世界〟で何かを手に入れる。そんな風に生きてみるのも良いかもしれないな。……まあ。そんなことを死んでから言っても遅いのだが。
意識もやがて薄れてくるだろう、と覚悟を決めて息を吐く。しかし。
――む? 薄れ……ないな。
むしろ感覚がはっきりとしてきたことに違和感を覚えた。
思えば先程から耳元で何かがうるさい。人の声だろうか?
おそるおそる目を開けてみる。
ぼやけた視界にたくさんの人影が映った。
『――ト様! アスト様!』
きんきんと響く声が耳につく。女の人だ。
ふりふりの服に、ふりふりの頭飾り。
――む? メイド、さん?
の、服を来た女の人が。
――まわりに、いっぱい?
「……な、なんだ、お前らは」
喉元に妙な違和感があったが、男はどうにか言葉を発することができた。
『――っ! よかった、意識が戻られたのですね……! 皆さん! アスト様が目を覚まされました!』
目の前のメイドさんが大きな声で言う。周囲からは安堵の声があがった。
様子を見守っていた他のメイドたちが抱きついてくる。
「……む、う……!」
抵抗むなしく、男はふりふりの服を着た少女たちにもみくちゃにされた。
「やめて、くれ。女は昔から、苦手なんだ」
そう言うと。
メイドたちは、なぜか不思議そうに目をぱちくりさせて、
『――ふふふっ』
と笑ったのだった。
「な、なぜ笑う」
『す、すみません。つい……。頭を強く打たれたせいで混乱されているのでしょうか、すぐに休みましょう』
「混乱……?」
『ええ』『心配です』『おかしなことを仰るんですもの』
目の前のメイドたちが口々に言う。
『女の人が』『苦手だなんて』『どうしたのでしょう』
そのうちのひとりが近づいくると。
未だ違和感の残る身体をひょいと抱えて。
「むう……なにをする」
大きな姿見の前に連れていき。
鏡越しに、まさしく子供をあやすような視線を向けて。
『だって、アスト様は――立派な〝女の子〟なんですもの』
などと言って。
愛おしそうに微笑んだのだった。
「む? おんなの、こ……?」
『はいっ』大きな頷きと共に、メイドは付け足す。『それはもう、とびっきり可愛らしいお見た目の』
目をこすりながら、姿見に視線を向けた。
確かに。
そこには彼女が言うように――
ゲームの世界から飛び出してきたかのような〝美少女〟が映っていた。
「む? む?」
自らが右手をあげると、鏡の中の少女も右手をあげる。
自らが首をかしげると、やはり少女も首をひねった。
頭上でぴょこんと跳ねた金色に輝く髪の毛が、混乱を象徴するようにふらふらと揺れている。
『あら、いけません』
メイドのひとりが気づいたように言った。
『まだ右膝にも傷が残っておりましたね――≪ 治癒魔法 ≫』
「……むむむ?」
そのメイドは指先で空に〝魔法陣〟のようなものを描くと。
そこから放たれた光が、傷口へと集まってきた。
「……むむむむむむ??????」
暖かい感触と共に、傷がふさがっていく。
『これで外傷はすべて塞がりました。とはいえ、本棚をご観覧中に梯子から落下、気を失われていたのです。このあとも大事をとって、ゆっくりと休まれてください』
そのメイドは、こほんと軽く咳払いをして続ける。
『とにかく――アスト様がご無事で、本当に良かったです!』
その言葉に、まわりのメイドたちもわあと沸いた。
――ふむ。どうにも納得できる状況ではないし。なにより俺の精神状態はまったく無事ではないのだが。
目の前で繰り広げられる事実をもとに整理をすると。
どうやら自分は、まさしくゲームのように【魔法】がはびこる世界で。
美少女として〝新しい人生〟を歩むことになったらしい。