STAGE 3-13;遊び人、美少女に攫われる!
アストがなした〝S級魔物の討伐〟という偉業を。
市井では【神の奇跡】によるものとすり替えられているのにも関わらず――
当の本人は、街のエルフたちからお菓子を施され、その味を呑気に愉しんでいた。
「むう……こっちもなかなか、いけるな。甲乙つけがたい」
『どこから来たの?』『可愛らしい子ねえ』『あたしの娘にしたいくらいだわ!』
などと。
わあわあ囲まれているアストへ、クリスケッタが困惑気味に声を掛けた。
「ア、アスト殿……?」
「どうした。お前も食べるか」
「た、確かに小腹は空いているが……今はそのような事態ではない! アスト殿の〝武勇〟が、あらぬ方向に捻じ曲げられているのだぞ!」
「む? そうなのか?」
クリスケッタはがっくりと顎を開けて、「無論だ! 飛蜥蜴の群れを滅し、永久に続くかに思われた霧雲を晴らしたのは、他ならぬアスト殿の手技によるものであろう!」
アストはもらった菓子を咀嚼しながら、「ひゃしかに、……む。たしかに。飛蜥蜴を倒したのは俺の古代魔法、聖なる闇の反逆者を――」
「その名はもうよい!」
「……そ、そうか」途中で遮られたショックを引きずりながらも、アストは続ける。「だが、雲が消えたのはどうだろうな。俺はそこまでするつもりはなかった」
「何を言う。結果的に、世界は晴れたではないか」
「俺の魔法は地上から空に向けて放ったんだ。皆が言う〝天からの稲妻〟のように、空から下には落としていない」
「あまりに強烈な光に、皆からはそう見えただけの話であろう……!」
「じゃあ、それでいいだろう」次の食べ物に手を出しながら、アストは呑気に続ける。「仮にあれが俺の魔法によるものだったとしても、特に主張するつもりはない。もしかすると、俺が観測できなかっただけで〝同じタイミングで神が稲妻を落とした可能性〟もあるしな」
「くっ、……しかし、」クリスケッタが納得のいかない様子で目線を動かす。
「それにだな」アストはそれを宥めるように、「あれが本当に〝神の仕業〟というのなら――俺にとっても好都合だ」
「好都合……?」
「ああ」アストはぺろりと唇に残った菓子の残滓を舐めあげて、何にも臆さない口ぶりで言った。「俺は神様に文句をつけにいくために、この旅路を続けている」
「……は?」
それは心の底からの『は?』だった。
敬虔な種族である森人族にとって、アストの言葉の意味は例え人生を何周しようとも決して脳裏に浮かぶことのない概念だった。神様に文句をつけにいく?
「そのために、俺は【サイハテ】を目指しているんだが。少しでも神の手がかりになることなら、集めておきたくてな。〝神の稲妻〟なんてものがあるなら、この身で受けてみたいくらいだ」
アストは冗談か本気か分からないようなことをさらりと言ったが。
クリスケッタは、前半に発せられた単語が気になったようだ。
「サイ、ハテ……? なにやら聞かぬ場所だな」
その反応に、アストは微かな違和感を覚えて。
次の菓子を取る手をふと止めた。
「む? 信心深い森人族なら知っていると思ったんだが。なにやら、神が棲む場所だと――」
しかし。
彼女の言葉はそこで遮られた。
――どおん。と。
近くで、何やら巨大な石が落下したかのような重低音が鳴り響く。
「うあー!?」
耳や尻尾をエルフの子供たちに触られ、もみくちゃになっていたリルハムが大声をあげた。
音がした方向を見ると、そこには――少女が、ひとり。
「あれ? 真人族の、女の子ー?」
彼女は何をそんなに驚いているのだろうか。見開いた目を――アストに向けて。
酸素の足りない魚類のように、口をぱくぱくと震えさせている。
「……っ! ……っ!」
小柄な少女だが、自らの体躯の何倍もある巨大なリュックサックを背負っていて――先ほどの音は、それが地面に落ちた時のものであるようだった。
「む。あまり見慣れない服装だな」アストが彼女の全身を見て言った。
巨大な羽毛付きの帽子によって押さえこまれた、癖のある赤色の長髪。
衣服には収納用のポケットがたくさんついていて、分厚い革製の靴はなんでも踏み抜いてしまいそうな威圧感がある。
それらを身に着けるのが彼女のような――まさにお菓子作りの方が似合う〝愛くるしい可憐な女の子〟でさえなければ、〝熟練の冒険家〟という表現が相応しいごてごてとした恰好をしていた。
「なんだ、チェスカカじゃないか」
クリスケッタが言った。どうやら彼女とは知り合いであるらしい。
「ふむ。樹下街に俺以外の真人族が来ていたのだな」
「彼女は大樹林に常駐する〝帝国軍〟の関係者だ――ああ、そのことも話していなかったか」
帝国、という言葉にアストが眉根を跳ねさせる。
「それは――意外、だな」
真人族の国家は大きくふたつに分類される。
ひとつ。アストの出身である、臣民を大切にする南の【王国】。
ふたつ。何かにつけ〝戦〟で解決しようとする武力主義の北の【帝国】。
だからこそ森人族のような神を敬虔に信じる国家と、傍若無人な振る舞いの帝国に繋がりがある事実が、アストにとってあまり結びつかなかった。
「捧蕾祭に向けての数年間、我々は大樹林の外に人を出さずほとんど鎖国状態に入る。その間も外部とのやり取りを仲介するのに、友好種族である真人族の中でも【帝国】に――今の国王が依頼を出した」
やはり、自らの父であるはずの〝国王〟の名を言う際、彼女は少し躊躇ような素振りを見せた。
もしかすると、あまりその関係性は良好でないのかもしれない。
「帝国は特別軍を組成し、この近隣に活動拠点を敷いて常駐している。我々は彼らから外部の産物や情報を得る代わりに、エルフの国由来の品などは独占的に渡すし、チェスカカのような『探索家』による大樹林の調査も特別に認めている」
彼女は小声になって続ける。
「他の種族を頼るのに〝前例がある〟と伝えたが――失踪した妹の調査を最初に依頼したのも、国王から彼ら帝国軍にだ」
「ふむ」リルハムが持っていた菓子にまで手を伸ばそうとしながら、アストは続ける。「つまり彼女は、大樹林の調査を帝国から託された『探索家』か」
こくり。クリスケッタが頷く。
「あー! これはリルの分のお菓子だよー!」と、伸ばした手をリルハムにたしなめられている最中も。
その【チェスカカ】と呼ばれた帝国軍の少女は――〝強烈に驚いた顔〟をアストに向けて固まっていた。
「……っ! ……っ!! ……っ!!!」
驚愕。
それに加えて、〝恐怖〟の感情もいささか混じっているようだ。
「おい、チェスカカ……? 顔色が悪い……というか全てが尋常でない様子だが、気は確かか?」
「――はっ!!?」
クリスケッタに頬をぺちぺち叩かれて。
彼女はようやく意識を取り戻したようだった。
「ひっ!」続く視線でアストを見抜くと、「ふうううう~~~……!?!?!?」
やはり普通ではないリアクションでその場にへたり込んだ。
「って、しゃがみ込んでる場合じゃないっす……!」
チェスカカは『ふん!』と文字通り自らを奮い立たせると(ひどく感情が忙しい少女だ)、ずっかずっかとこちらに近寄って――そのままアストの腕を『むん!』と掴み、彼女を引っ張り出すようにその場から駆け出した。
「む、う……なにをする……腕が、もげる――」
「クリスちゃん! ちょっとこの子、借りるっすよおおおおおおおおおおおおお――――」
「あ、おい! チェスカカ! ――行って、しまった」
びゅうん、と物凄い勢いで。
彼女はアストの手を引いたまま、森の奥へと消えていった。
「うあー! ご主人ちゃんが! 攫われちゃったー……」
「すまない。彼女は一度ああなると止まらないんだ。〝暴走する馬車〟のような性格でな」どこか気まずそうにクリスケッタが言う。「しかし、性根は優しい少女だ。職業柄〝未知の物〟に目がない故か……いずれにせよ、アスト殿のことを悪くは扱わないだろう」
腕がもげそうになっていたことには触れずに、クリスケッタは小さくため息を吐いた。
「それはリルも心配してないけど……」うあー、とリルハムが尻尾を立てながら言った。「可愛い女の子とふたりで森の中に消えるなんて、ちょっとイケナイ感じがするよー!」
二人が去った森の方向を、指を咥え見つめながら。
リルハムは疑問を続けて口にする。
「いきなり目の前からいなくなっちゃったわけだけどさー。この場合も、【神隠】っていうのー?」
クリスケッタは嘲笑にも似た溜息をついてから、
「そんなわけがないだろう。アスト殿を連れ去ったチェスカカは――神ではない。人間だ」
そんな当たり前のことを言った。
♡ ♡ ♡
「ここまで来たら大丈夫っすね!!!!!」
チェスカカという少女は、アストの腕がもげかねないほどに引っ張りながら。
うっそうとした人気のない森の中へやってきた。
「そんなにきょろきょろしてどうした? 俺が知る限り、小石の下に人間はいないと思うぞ」
見ている側が疑心暗鬼になるほどに。
彼女は〝周囲に人がいないか〟を、これでもかというくらい確認している。
たっぷりと時間をかけて、それらを行ったあとに。
「ふううううう~~~~……」
彼女は大きく深呼吸をした。
そしてアストのことを、くりくりとした瞳で睨むように見やって。
まるで〝この世の終わり〟が来たかのような表情を浮かべながら――言った。
「単刀直入に聞くっす! 自分と同じ真人族の貴女は、どこで【サイハテ】のことを聞いたっすか?」
聞いた矢先に『違う、それより大事な確認事項があるっす』とぶんぶん首を横に振って。
「どうして、【サイハテ】の4文字を――口にすることができるっすか!?」
などと。
意味深な疑問をアストに投げかけた。
神の教えを重視するエルフが住まう大樹林で、最終目的の謎に迫る――!?




