STAGE 3-11;遊び人、S級魔物を一掃する!(後編)
「この術式は――≪ 聖なる闇の反逆者を滅する黄泉の閃光 ≫――俺が名付けた『古代魔法』のひとつだ」
アストは頭上で、空を覆い尽くす規模の魔法陣を展開しながら。
堂々と。胸を張って。自信満々に。
――ひどく厨二的な魔法の名前を言った。
「なっ……!」クリスケッタは目を見開いて、「……古代魔法、だと――!?」
〝聖なる闇の反逆者〟という、もはや敵なのか味方なのかさっぱり分からない存在については完全に無視して、彼女は驚愕の声を出す。
(古代魔法――遥か昔、人類随一の使い手であった森人族ですら、今やまともに扱えない術式であるぞ……! それを真人族の、かくのごとき幼い少女が何故……?)
当の本人といえば、自ら名付けた魔法の名を言えたことで満足げな表情を浮かべ、空に浮かぶ魔法陣へ引き続き魔力を注ぎ込んでいる。
(職業は『遊び人』と言っていたが……そうか! まともな【職業魔法】を扱えない『最底辺職』だからこそ【古代魔法】を会得したというのか――! そんなもの、いずれにせよ、)
「――納得できるわけがなかろう!!!!」
頬を引きつらせ叫ぶクリスケッタの前で。
有象無象の飛蜥蜴兵は、女王を護るべく空へと集まっていく。
無数の羽音と啼き声がひどくけたたましい。
命を顧みず突撃する個体は、もはやひとつとしていなかかった。
攻撃が止んでいる。或いは、攻撃しても無駄だと彼らはその選択肢を切り捨てた。
たったひとりの、少女の存在により――
(一体この小さな体躯に、どこまで超凡たる力を秘めているのだ……? もはや、この少女は――)
「人類としての〝個〟を、超越している……!」
魔力練度に秀でた森人族の第一王女をしてそう言わしめた少女は。
「――できた」
などと。
微かに呟いて。
天に向けた、どこまでも小さな白い掌の先に生じた〝魔力の塊〟を。
世界をも放逐してしまいそうなほどに過激で。
甚大で。並外れた規模のその魔力弾を。
『『ギエッ!?????』』
空の中央で悲痛に喚き散らす、突然変異した飛蜥蜴の女王と。
まわりで無数に黒く蠢く弾丸兵士――
それら、国家戦力に匹敵しうるS級の魔物群に向けて。
ぶち放った。
『『――――――ッッッッ!!!!?』』
圧倒的な威力と速度をもったアストの魔法は。
もはやいち個体が放つ『魔法』としてはあまりにも規格外なそれは。
周囲の大地を。空気を。雲を。霧を。
巻き込み抉り取りながら、飛蜥蜴の待つ空へと迫って刹那。
空に存在した飛蜥蜴たちを。
『グ、』
『ガ、』
『ア、』『ア、』『ア、』『ア』『……!!!!!?』
まるでブラックホールのように。無慈悲に、不可避に。
吸い寄せ、引き伸ばし、圧し潰し。
『『キ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛、エ゛、エ゛、エ゛――――――』』
大樹林中に響き渡る断末魔の叫びとともに。
そのすべてを一掃した。
「――――くっ!!!!!」
永遠にも思える時間が流れたのちに。
震える空気がようやく止んだ。
「はあ、はあっ……終わった、のか……?」
クリスケッタが乱れた呼吸を落ち着かせながら、どうにか声を出した。
そして――目の前に広がった光景に、吃驚する。
「んなっ!? こ、これは――」
アストが放った超絶弩級の魔力弾は。
空にいた飛蜥蜴の群れを吸い込み殺し。それだけに留まらず――
樹渓谷を覆っていた濃密な白い霧を削ぎ取り。
天を覆っていた灰色の雲を無に帰し。
大樹林にまとわりついていたすべての濁った空気を消し飛ばしたことで。
――世界が、晴れた。
「ほう。これがエルフの国か」
露わになった世界は――
ただただ、美しかった。
「やはり、百聞は一見に如かずだな――想像よりもずっと綺麗だ」
見渡す限りの緑と青の世界。
天に向かって伸びる背の高い木々は、まるで下草のように大地を覆い尽くしている。
その隙間を縫うように走る青色の澄んだ河川は、点在する崖から重力のままに落ち行きて。
滝つぼから飛沫が儚い夢のごとく立ち上り、世界に数多の虹をかけていた。
斜め奥には、世界喰イが眠ると言っていた【 宝珠湖 】だろうか――名前のとおり、翠緑の宝石のように輝く巨大な湖が見える。
そして。
そのすべての中心には。
「あれが――世界樹か」
アストが息を呑むほどに荘厳な。
まさしく〝世界〟の名にふさわしい大樹が存在した。
根のひとつひとつが峡谷のようにうねり、大地が隆起している。
まるで山脈にそのまま根をはっているかのようだ。
根部の間隙からは小川がそのまま流れ落ち、女神の樽から溢れる聖水を思わせた。
それらの中心で、らせん状に天まで伸び行く巨大な幹。
ずっと見上げれば、盃上に広がった樹冠部がある。
青々とした巨大な葉が生い茂り、分かれ行く枝のひとつひとつが、本来巨木と呼ばれる大樹の幹ほどの太さがある。
すべてにおいて規格外の大きさと、崇高さと――美しさを持つ樹木。
それが世界樹であった。
「しばらくは晴れないと聞いていたが――」
吹き抜ける風に金色の髪を揺らしながら。
いつもより開いた目の奥を、きらきらと輝かせながら。アストは。
「すぐに晴れてよかった」
楽しみにしていた遠足の日の朝のように。
それが自ら放った規格外の魔法が原因であることは露にも気に留めないように。
目の前に広がる、美しい世界から受けた感動を素直に受け止めて――
彼女は、口角を仄かにあげた。
「きれーだねー」と。リルハムも横で尻尾をふりふりと動かしている。
「妾からはもう、なにも言うことはない」クリスケッタがどこか穏やかな表情で言った。
国を滅ぼしうる脅威であった飛蜥蜴の群れをなんなく根絶やしにし。
〝神に祈るほかない〟と口にしていた天候を、物理的に変えてみせ。
そんな奇跡の連続を巻き起こした少女に、クリスケッタはあらためて向き直る。
「……そういえば、未だ妹の仔細を伝えていなかったな」
「む?」
「妹の名は【エリエッタ】という。妾など比ではない……エルフの王女という存在にふさわしいと、一目で分かる亜麻色の髪の麗人だ。アスト殿――あらためて、貴殿に託したい」
クリスケッタは頬を高揚させながら。
つり上がった瞳に、涙を滲ませながら。
アストに伝える。
「彼女の行方を、探ってくれないだろうか。森人族のために。いや――世界のために」
アストはこくりと頷いて、
「ああ。もとからそのつもりだ」
それまで停滞していた世界が動き出したようだった。
風が空気を揺らし、緑と土の匂いが届き、鳥や虫の声が響いてくる。
それらの自然のすべてが、曝け出された陽の光によって活き活きと輝いていた。
「ご主人ちゃんの凄さが認められるのは、やっぱり嬉しいものだねー」
従者ミョーリに尽きるよー、とリルハムがたれ気味の耳をひくつかせながら、のほほんと呟いた。
「……う、あー、」
そして、大樹林を覆っていた白が晴れたことによって。
世界樹が撒き散らす魔力の濃度が高まったのか。
リルハムの鼻が、ひくひくと動き始める。
「ご、ご主人ちゃんー……どうしよー、また、むずむずがー……」
アストの脳裏に嫌な予感が過ぎった。
――この位置関係は、まずい。
アストが立つのは、ちょうどリルハムがいる真隣だ。
危機を悟ったアストが、瞬時にハンカチを取り出し横を向く。
一刻も早く、ハンカチを彼女の鼻に――
しかし。
時はすでに遅かった。
リルハムは『ふあーーーーー』と大きく口を開けて、大量の息を吸い込んで、そのまま。
特大のくしゃみを――ぶちかます。
「へーーーーーーーーくちょ!!!!!!」
アストの全身に、リルハムの鼻水が降り注いだ。
♡ ♡ ♡
「ゲルデ様、ゲルデ様ーーーッ!」
世界樹を擁する大樹林と隣接した〝帝国〟の辺境。
その一体を統治する貴族の部屋に、小太りの家臣が勢いよく飛び込んできた。
「あ? なんだ、騒々しいな」
「朗報にございますッ。長らく御所望でした――【森人族】の姫殿下が手に入りましたッ!」
「なんだと……?」
ゲルデと呼ばれたその部屋の主――【辺境伯】は厭らしく片頬をあげた。
「ヒハッ! あれほど渋られていたが、よくおれ様の手元に送る気になったな!」
「いやはや、どういった風の吹き回しでしょうか……」
「〝あのお方〟に散々口添えしてきた甲斐が実ったか。いくら兄弟がエルフの件で功績を立てようが、あのお方の命には逆らえまい」
くつくつと顔を歪めながら、辺境伯が豪華絢爛な椅子から立ち上がる。
その勢いで、周囲にまとわりついていた奴隷の少女が弾き飛ばされ床に転がり、『きゃ!』と甲高い悲鳴が上がった。
「……あ? なんだ、いたのか」
その少女には何も価値が無いような視線を向けて、彼は続ける。
「森人族の王女――最も〝神〟に近い人類――そいつをおれ様の手で穢せるなんざ、これ以上の娯楽はねえな」
外に稲光が落ちた。
窓に反射する男の横顔が、怪しく照らされる。
「――ヒハハハハハハハハハ!!!!!」
雷鳴に紛れ。
耳につく嗤い声が、黒い空にどこまでも響き渡った。
大樹林の異常を、その身一つで解決したアスト!
その裏で、何やら忍び寄る(懐かしい笑い方の)影が……?
ここまでお読みいただきありがとうございます!
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