STAGE 3-10;遊び人、S級魔物を一掃する!(前編)
「久しぶりの魔物退治だ。腕が鳴るな」
小さな拳を開閉し、言葉通りぱきぱきと関節を鳴らしながらそう言ったアストは。
飛蜥蜴の弾丸を造作もない様子でかいくぐりながら、女王が見渡せる崖の上に立った。
「ほう。あれが親玉か。それにしても――まわりの小蠅は羽音がうるさいな」
その皮肉は相手に通じるはずはないが。
まるで反応するように、女王の周囲で飛蜥蜴兵たちが不機嫌な唸り声をあげ始めた。
『グガ……?』『グガアアア!』『グガッ!』
この瞬間も弾丸兵たちは数を増やしている。
女王を中心としたその群れは、灰色の雲と白い霧に上下を挟まれた〝黒い夜空〟のようだ。
その黒点のひとつひとつが、こちらに明確な殺意を向けていることを思うとぞっとしない。
「ふむ。たしかに、あれを一匹ずつは骨が折れそうだ」
まるで時間さえかければどうにかなるような口ぶりで、アストは言う。
「どうにかまとめられるといいが」
「まとめるもなにも……」クリスケッタが苦悩交じりに言葉を紡ぐ。「樹渓谷の白霧に紛れ、湯水のごとく奴らは湧き出てくるのだぞ! 全体像すら未だ掴めぬ大群を、一体どうまとめるというのだ……!」
彼女と対照的に、アストは飄々と答えた。
「そうだな――あぶり出してみるか」
「あぶり出す、だと……?」
意味が理解できず、クリスケッタは怪訝な表情を浮かべた。
しかしこの直後。
アストの言った言葉の意味を――彼女はまさに、身をもって知ることとなる。
「なにしてるのー? 危ないよー!」
たて続けに飛蜥蜴を打ち返していたリルハムが心配そうな声を出した。
それもそうだ。
アストという少女は、肉の弾丸が嵐のごとく降り注ぐ爆心地の中心で。
ぴたりと、目を閉じている。
「ご主人ちゃんー……?」
アストは手をだらんと下げ脱力し、息をゆっくりと、大きく。
まるで一日の始まりに行う、ささやかなルーティンのように。
吸って。
吐いた。
「貴殿は、なにをしているのだ……!? ふざけている場合ではないぞ!」
アストの周囲だけが、まるで音が切り取られたかのように静かだった。
そして、下草の霧露が葉先から地面に落ちる、ほんの僅かな間のあとに。
彼女が目を開いた刹那――
魔力は爆発する。
「「 ―――― ッ ! ? 」」
アストを中心に、まさに波紋のように弾けた魔力は。
眼下に広がる樹渓谷に立ち込めた濃密な白雲を、地面ごと揺り動かす。
(くああああっ!? 一体なにが、起きている――!?)
クリスケッタが目を見開き絶句する。
瞬時、なにが起きたのか彼女には理解ができなかった。
今まで生きてきて見たことがない量の。触れたことがない量の。
想像すらできない規模の。
ただただ暴力的な――魔力。
(ありえぬッ……! なんだ、この途方もない魔力は……!?)
びりびりと大気が震え、身体に伝播し、その場に立っていることすらも。
――否。
その場に存在することすら拒むような、果てのない魔力の激流。
それが目の前の、人形のように小さな真人族の少女から放たれているという事実が。
夢の中ですら信じられないその事象が。
ただただ現実として、クリスケッタの前に突き付けられた。
(くっ!!!! 震えが、止まらぬ……! 一体この少女は、何者なのだ……!?)
解答を求めるように、彼女の従者である獣人――リルハムの方を振り向くが。
彼女も、アストの放つ無限の圧を受け、全身の毛を逆立てながら、ただただ震えているばかりだった。
それで確信する。これは〝ふつうのこと〟ではない。
「くああああああっ!」
少女が放った、あまりにも異常なその圧に対して。
異常を察したのは、クリスケッタだけではなかった。
『グッ!』『ガ!?』『アアアア……!?』
それまで命を顧みずに突撃を続けてきた〝使い捨て〟であるはずの飛蜥蜴の兵士ですらも。
無慈悲に突き付けられた少女の圧力に――捨てたはずの恐怖を覚えた。
――死すらも上回る、恐怖。
そんな不変原理すら覆す感情を呼び起こされた飛蜥蜴たちは。
雲霧に覆われ、どこまでも白く、全貌が分からない樹渓谷の底から――
一斉に、飛び上がった。否、飛び立たせられた。
「うあーっ……!? まだこんなに隠れてたのー!?」
追い立て漁、というものがある。
主に河川で、水面や船縁を叩く音で魚を驚かし、網を仕掛けてある方向に誘導する漁法を指す。
その名前を出したのは、アストの行為を『あえて例えるなら』という意味合いだ。
実際に彼女がしたことは〝追い立て漁〟とは次元の異なる、ただただ途方もない魔力を用いただけの、力任せの〝恫喝〟であった。
『――キ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛!』
気味の悪い、喉から振り絞るような悲鳴を上げたのは。
無数の飛蜥蜴の中心に居る女王だった。
どこか高貴さすらも漂っていた、先ほどまでの気品ある叫び声ではもはやない。
意識の根底を揺るがす、根源的な恐怖にあてられ萎縮した身体から、どうにか絞り出したそれは。
本来であれば、兵士を率いる立場である女王が発してはいけない――
ひどく情けのない、ひどく品位に欠けた慟哭であった。
『グア!?』『グガッッ』『グガアアア!』
或いはそれは、最大級の危機を察知した女王が発した、救済を求める叫びでもあった。
〝恐怖〟以外のすべての感情を失っていた死兵飛蜥蜴たちが、課せられた使命をどうにか思い出し自らを奮い立たせるように嘶いたあと、一斉に女王のもとに集まっていく。
はたから見れば〝なにも起きていない〟のにも関わらず。
国家をも転覆させうる【S級魔物】が、まるで海獣に追われる小魚のように慌てふためくという――
元来考えられない異常な光景を前にしてもなお。
そのすべての元凶であるアストは。
「ふむ。飛蜥蜴の魔力に波長を合わせてみたが――思ったよりいい感じに集まったな」
まるで特売チラシを見た主婦が、開店前のスーパーにがやがやと並ぶのを眺めるかのように。
飄々と、言う。
「じゃ。やっつけるか」
まさしくそれが〝やっつけ仕事〟であるかのように。
アストという少女は。
「――≪ 展開 ≫」
淡々と、精密に。
エルフすら見慣れぬ古代ルーンによる魔法陣を空に展開させた。
「……なっ!? なんなのだ、その術式は!?」
クリスケッタが開き切った目をさらに見開く。
「む? 気になるか」
アストは〝よくぞ聞いてくれました〟といわんばかりに頭上の毛をぴこりと揺らしてから。
「この術式は、俺が編み出した【古代魔法】のひとつ。その名も――」
自信ありげに、もったいぶるようにして、
「――≪ 聖なる闇の反逆者を滅する黄泉の閃光 ≫だ」
無駄に長い、聖だか闇だか初っ端から矛盾を孕んだ――
ひどく厨二的な魔法の名を、云った。
本日このあとワイバーン戦後編、連続更新です!
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