STAGE 3-9;狼少女、ワイバーンを弾き返す!
『キアアアアアアアアアアアアアア!!!!』
国家を揺るがす脅威とされる『S級魔物』の変異飛蜥蜴の大群。
無数の弾丸兵を率いる女王個体の慟哭と共に、一方的な戦闘は始まった。
「くるぞ! ――≪貫通抉矢≫!」
機関銃から掃射される弾丸のような飛蜥蜴兵に対して。
クリスケッタは魔法によって強化した矢を飛ばしていく。
『『グアッ!!』』
命中。
問題は、そこからだった。
意味が無い。
「くっ! なんなのだ、此奴らは……!」
身体が抉られようが、翼に穴が開こうが、眼球を貫かれようが――
飛蜥蜴は短い悲鳴を上げて、体勢をやや崩して、ただそれだけ。
あとはそのまま、彼女たちのいる崖上に向かって〝捨て身の突撃〟を繰り返す。
「こんなもの、あまりに容赦のない生命の〝使い捨て〟ではないか! 無慈悲で、それでいて――理不尽が、過ぎる……!」
攻撃自体は単純だった。
ある程度の方角を定めて、ただただまっすぐに突っ込んでくる。
避けること自体はさほど難しくはない。
しかし……あまりにその数が多すぎる。
「均衡が崩れるのは時間の問題か……いや、すでに手遅れかもしれぬ」
クリスケッタが悔しそうに唇を噛みしめる。
「皆、無事でいるか! ――撤退だ! 生き残った奴であればだれでも構わぬ! すぐにこの非常事態を国王に報せろ!」
しかし。
その声は、数多の飛蜥蜴が激突する轟音にかき消された。
巻き上がる土埃と白霧により、視界は悪くなる一方である。
体力は削られ、心身ともに追い詰められていく絶望的な状況の中で。
「うあー! 隕石みたいだねー」
あっけらかんとした声が、響いた。
まるで本当に隕石を見たことがあるかのような。
加えて、今の状況を楽しんでいるかのようにも聞こえる無邪気な口調だった。
「犬耳! なにをしている、貴殿もはやく逃げ――」
「うあー! また犬って言ったー!」
彼女は――狼悪魔のリルハムは、両手を上げながら怒ってみせる。
「リルは犬じゃなくて狼だよー!」
「そ、そんなことを言っている場合か! ……くっ!」
ふたりの間を引き裂くかのように、ワイバーンの岩石のような体躯が地面に衝突する。
ひとつでも喰らえば致命傷になりうる巨大な弾丸の嵐の中を。
「うーん……リル、あんまり避けてばっかは苦手なんだよねー」
その獣耳の少女は、軽々と避けながら、
「お返ししていいんなら、得意分野だよー!」
そんなことを言って。
きょろきょろとまわりを見渡すと。
近くにあった〝木〟に手をかけ――
「よいしょー」
と。
花壇に生えた雑草を引き抜くみたいに軽々と。
両手で抱え切れない太さの木をずぼんと引き抜いて。
「えいやー!」
次はぶおんと両手剣のように背中に振りかぶると。
続く動作で、思い切り――
飛んでくる飛蜥蜴を、打った。
『グガッ!?』
短い悲鳴とともに、巨体が勢いよく空の向こうまで飛んでいく。
往路より早い速度で打ち返された飛蜥蜴は、途中で別の個体に衝突して、そのまま共に地面へと墜落していった。
「やったー、あたったー!」
リルハムは目の上に掌をかざして、打ち返した〝球〟の行方を追うと――
その結果に満足したのか、ぴょんぴょんその場で跳ねて喜びをあらわにする。
「どんどんいくよー!」
まるでそういうスポーツゲームであるかのように。
リルハムは迫りくる無数の弾丸を。
やはり無数のスイングで打ち返していった。
「えいー!」「やー!!」「とー!!!」
『ガッ!』『グオッ!?』『グガガッ!!!』
弾丸を敵に撃ち込めば撃ち込むほど、なぜか逆に〝跳ね返ってくる〟その状況に異常を察したのか。
飛蜥蜴の攻撃の嵐がふと止んだ。
「あれー? もうおわりー?」
ぶおんぶおん、とまるでおもちゃの竹刀のように大木を振り回しながら、リルハムは残念そうに言う。
「せっかく楽しくなってきたとこだったのにー」
「なんという、莫迦力だ……」
ごくりと唾を飲み込みながら、クリスケッタが呟いた。
「いささか貴殿のことを誤解していたようだ。やはり、あの規格外の少女の従者なだけはある」
リルハムはそこでぱちりとエルフの王女と目を合わせ、嬉しそうに頭上の耳に手をやった。
「うあー、今まででいちばんほめられた気分だよー」
「ふ。妾も負けてはおれぬな――上級攻撃魔法≪ 壊連抉矢 ≫!!!」
負けじとクリスケッタは、複数の矢を目にも止まらぬ速度で放ち。
空中に停滞していたワイバーン連中に次々と命中させ、撃墜させていった。
「わー! じょうずだねー!」
手をぱちぱちと叩きながら、リルハムがその弓の腕前を褒め称えた。
クリスケッタはまんざらでもないように口角を上げ、矢を射る速度を上げていく。
『――キアアアアッ』
女王が一際大きな羽ばたきの後に、短く嘶いた。
白い霧の中から飛び出してくる飛蜥蜴の数が、それを合図に次第に増えていく。
「むだだよー! いっぱい飛んできたって、いっぱい打ち返してやるもんねー」
ぶんぶんと木をふりながらリルハムは言うが――
『グ』『ガ』『ガ』『ガ』『ガ』『ッ』『!』
女王のもとに集う弾丸兵士の勢いは止まらない。
1が2に。2が10に。10が100に。
それまでとは比較にならない数の個体が空に並んでいった。
「……って、さすがにちょっと、おおくないー……?」
「莫迦な! これほどまでの個体群が、渓谷の底に巣食っていたのか……」
『キアアアアアアアアアアアア――――』
量だけではない。
女王が天に向かって放った怒号をキッカケに。
その子種である弾丸兵たちが纏う圧気が強化されていく。
「うーん……あれはちょっと、まずいかもー……」
それまで余裕を見せていたリルハムが、あわあわとたじろぎながら言った。
「くっ! どこまでも、我々の希望を打ち砕くか……」
「うあー! きたよー!」
ある程度の隊列を整えたところで。容赦もなく。
飛蜥蜴の激雨が降り注いだ。
「くあああああっ!」
無数に落ち行く流星群のような衝撃で。
クリスケッタの身体が吹き飛んだ。
(今度こそ、終わりだ……こんなもの、妾ひとりの力では、どうにもならぬ……)
クリスケッタが絶望し、諦めすらも零れかけたところで。
「む? なにやら賑やかだな」
背後から、やけに落ち着き払った声が聞こえた。
「あ、ご主人ちゃんー!」
無数の飛蜥蜴兵が降り注ぐ中で。
その声の主――アストは腕組みをして、ただただ凛と、何にも動じず。
立っている。
「っ! 貴殿も無事であったか!」
「ああ、お陰さまでな」
彼女はこっくりと頷いて。
なぜかその白く小さな手を――鼻水のついていない綺麗な掌を。
「このとおり、きれいさっぱりだ」
満足そうにこちらに向けた。
「ど、どのとおりかは分からぬが、」クリスケッタは怪訝そうに前置いて、「あいにく、今のこちらの状況はまさしくさっぱりだ!」
飛来する飛蜥蜴をすんでのところで避けながら、彼女はふたたびアストに向き直って続ける。
「もはや〝個〟でどうにかなる相手ではない……! 一刻も早く、逃げおおせるぞ!」
「む、逃げる?」アストはぴょこんと頭上の髪を動かして、「ということは、調査はもう終わったのか」
「うん? 調、査……?」
「言っていただろう、この場所で起きる異常を調べるのが〝所用〟だと。あの飛ぶ蜥蜴どもの生態も、その調査とやらには含まれないのか」
クリスケッタは呆れたようにぽかんと口を開けて、「悠長なことを言っている場合ではない! 調査など、とっくに中止だ!」
しかしアストは、やはりひとつも緊張感のない様子で、空に浮かぶ無数のワイバーンをちらりと見上げて言った。
「そうか。だったら飛蜥蜴群はもう、用済みということだな」
「……は? 用済み、だと……?」
「ああ」アストはこっくりと頷いて、「お前らが調査をする前に、跡形もなくしてはいけないと思ってな」
クリスケッタの思考は混乱する。
――このような状況で、ふざけている場合ではない。
否、ふざけられる状態にないはずだ。ふつうであれば。
それでも。
アストという名の真人族の少女は、淡々と。
頭上の毛をぴこぴこ揺らしながら。
目の前の非常事態が、どこまでも日常と地続きかのような立ち振る舞いで。
「久しぶりの魔物退治だ――腕が鳴るな」
どこか楽しげに、そう言った。
遂にアストが助太刀に……! 果たして結果は――!?




