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STAGE 3-8;遊び人、S級魔物をほったらかす!


「――≪ 懲罰抉矢(パニッシング・アロー) ≫!」


 A級職『大弓導士(ハイリードアーチャー)』であるエルフの王女が放った矢は――


 アストの顔の()()を掠めると。


 後方で『グァッ』という野太い叫び声が聞こえた。


 振り返ると、巨大な――熊であろうか。(熊にしては、その腕の数が随分と多かったが)


 その灰色の巨体はクリスケッタの放った矢に容赦なく(えぐ)られて、ゆっくりと、地面に向かって倒れていった。


「【複手熊(マルチハンド・ベア)】の一種であろう。すでに手負いで()()()()のようだったが……このように、世界樹の魔力に惹きつけられ、魔物たちがやたらと活性化している」


 どおん、と巨体が倒れた衝撃で、周囲の木々から鳥たちが飛び去って行った。

 調査とやらの一環だろうか。エルフの兵士たちが、鞄から様々な道具を取り出しながら熊へと駆け寄る。


「やはり、妾は()()()()()()


 クリスケッタは頭を振りながら言った。


「事態はより()()だ。迷っている暇などない――大樹林の魔物であれば、この森で森人族(われわれ)に対して爪牙を振るうことの意味は理解しているはずだが、」


 地面でこと切れる複手熊を見やって、彼女は顎に手を置いた。


「そんな〝基本〟に逆らうほどに、森の魔物たちは追い詰められている状態にあるらしい。世界樹が放つ魔力に()()()か、或いは――【神代の魔物(セカイグライ)】の目覚めを察知してか――」


 倒れた熊を調べていたエルフ兵たちのひとりが、声を張った。


「クリスケッタ様! こ、この魔物はただの【六ッ手熊(シックスハンド・ベア)】ではなく……【剛六腕熊シックスドライバー・ベア】のようです……!」


「なんだと、それは真か!? 複手熊の()()()()――近隣の主である、A級魔物ではないか……!」


 クリスケッタの顔色が変わった。

 彼女のつりあがった目が信じられないように見開かれる。


「手負いでなければ、妾ですら対処しきれなかったかもしれぬ……否。逆に、A級魔物(それ)を手負いにまで追い詰める存在など、これまでの大樹林では思い浮かばぬぞ……」


 思案を始めた刹那。

 眼下に広がる、濃厚な白い雲の海が不気味に(うごめ)いて。


 中から、とてつもない速度の〝なにか〟が飛び出してきた。


「あ、あぶない! クリスケッタ様!」エルフの兵士が叫んだ。


 クリスケッタは思考の端でも、その自らめがけて飛来する物体を捉えたようで、軽やかな身のこなしで避けた。


 ずどおん、と大きな質量を持つ物体が激突する短い轟音が、周囲の空気を震わせる。


「まったく、次から次へと」クリスケッタは未だ余裕のある声色で言った。「此奴(こやつ)は……【飛蜥蜴(ワイバーン)】か。先ほどの(ベア)と比べれば大したことはない、()()の魔物だ。視界が悪く、勢いあまって衝突したか」


 話を続ける途中で。もう一匹。


「なに……!?」


 渓谷を覆う白い雲の中から、飛蜥蜴が飛び出してきた。

 ふたたびエルフたちのいる崖の頂の、背後にある岩場に激突する。


「わー! また飛んできたー!」


 続いて、二匹。三匹。

 まるで()()のように飛んでくる魔物を、クリスケッタたちはかわしていく。


「こやつら――妾たちを狙っているのか!」


 四匹……五匹。

 続いたところで、異常を察知した。


「あまりにも妙だ……! 本来、飛蜥蜴(ワイバーン)はつがいで行動し、最低限の敵から子を守る慎重な生態だ……このようなまとまった数で、しかも何かに憑りつかれたように〝命を顧みず〟外敵に攻撃を仕掛けるなど、聞いたことも、……」


 クリスケッタが知識の中からなにかを思い出し、頬に冷や汗を垂らした。


「――いや、まさか、」


 嫌な予感は、的中する。


 勢いよく振り返ると、視界に広がる白い渓谷の雲――その中心部が。


 ゆっくりと、盛り上がっていった。


「馬鹿な……! 確かに調査の予定ではあったが……ここまでの〝異常〟は、想定していないぞ……!」


 エルフの兵士たちが悲鳴をあげ、顔を恐怖に歪ませていく。


「「ひっ……!」」


 白い雲の底から飛翔して現れたのは、先ほどまでの個体とは次元を画する、あまりにも大きな――


 飛蜥蜴の女王(クイーン)であった。




     ♡ ♡ ♡




飛蜥蜴(ワイバーン)の中には、突然変異で、無尽蔵に子を造る〝女王(クイーン)〟が生まれることがあるという……)


 クリスケッタの呼吸が次第に早くなっていく。


(生殖活動から解放された個体は、ただただ女王のために命を捨てる兵士【弾丸飛蜥蜴(バレット・ワイバーン)】として……そんな死を(いと)わない死士(ソルジャー)を無限に生み出す女王個体は【女王弾倉飛蜥蜴クイーンマガジン・ワイバーン】として……歴史上、幾多の人類に壊滅的な被害を与えてきた――)


 白い雲の底から現れたのは、まさしくその女王。


 他個体と違う不気味な赤黒色で、何より異なるのはその()()()

 腹部は通常の飛蜥蜴が数十匹は詰め込まれそうなほどに巨大で膨れ上がっている。


「森の主が、痛手を負うはずだ……A級魔物など、此奴(こやつ)らの前では比ではない」


 鴻大な翼をゆっくりとはためかし、圧ある風を巻き起こし。

 空中に停止した女王のまわりに。

 樹渓谷を覆い尽くす白い雲を突き抜けて、兵士個体(バレット)がまさしく()()に集まってくる。


「女王と弾丸兵の飛蜥蜴(ワイバーン)の群れは――いち国家戦力に匹敵する『S級』の魔物に評価される……!」


「終わりだ……なにも、かも……」


 エルフの兵士たちが、絶望に染まった表情でぼやく。


「世界樹が蕾をつける前に……()()()(ほろ)びてしまう……!」


 空中で、女王のまわりに無数に浮遊する黒い点々。

 そのひとつひとつが巨大な岩ほどの大きさと質量をもつ飛蜥蜴の兵士個体であることを考えると。

 A級職のクリスケッタですらも、全身の悪寒が止まらなかった。


「わー……すごい、数だよー」リルハムが喉を鳴らし、感心するように声を漏らす。


「……! くるぞ!!!!!!」クリスケッタが決死の勢いで叫んだ矢先。


『キアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!』


 弾倉女王(マガジンクイーン)の、空を(つんざ)くような金切り声を合図に――




 崖上(こちら)に向かって一斉に〝肉体の弾丸〟が放たれた。




     ♡ ♡ ♡




 一方その頃アストは――


「むぅ……この辺りにあった気がしたのだが、見当たらないな」


 リルハムの鼻水によって()()()()()()になったハンカチと自分の手を洗おうと、近くで呑気(のんき)に小川を捜していた。






アストー! 上空(うしろ)上空(うしろ)ー!


対ワイバーン(変異種)戦の顛末やいかに……!

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