STAGE 3-4;遊び人、世界樹の麓にたどり着く!
「妾の〝妹〟を捜してくれないか?」
それまで弓兵隊を率いていた彼女――【クリスケッタ】と名乗るエルフの王女は。
「このままでは、世界が滅びてしまうのだ」
いたって真剣な表情で。それでいて悲痛な空気を滲ませて。
そう言った。
「世界が、ほろびるー?」
リルハムが繰り返す。
今は獣人を装ってはいるが、実際は【悪魔】であるところの彼女が〝世界の滅亡〟を口にするのはなかなか洒落になっていない。
しかしアストは、クリスケッタの告白にぴくんと興味深そうに眉根を上げて、
「ほう――お前に妹がいたのか」
「興味あるのそっちー!?」
もっとスケール大きな気になりポイントあったでしょー、と悪魔にすらも突っ込まれた。
「ああ、世界の方か」とアストは気が付いたように言った。彼女の中では、〝人を探す行為〟と、〝世界を救う行為〟どちらも同じ棚の同じ目線に並べられている可能性がある。
「いや、論点はずれていない。ともに大切なことだ――なにせ、世界を救うには妹の存在が不可欠であるからな」
『妹が』『世界を』『救う』
そんな名作泣きゲーのキャッチコピーのような言葉を(あるいは、ただの甘々な妹系美少女ゲームかもしれない)、クリスケッタは神妙な声色で繰り返した。
「随分と混乱させてしまったことだろう、なにせ突飛な話だ。無論、断ってくれても構わない……しかし、報酬はいくらでも弾ませよう。貴殿の望む可能な限りを、妾の力で可能な限り用意する。いずれにせよ〝理由〟を説明させてくれないか」
聞けば士気が奮い立つかもしれない、とクリスケッタが話を続けようとしたのを。
アストは遮った。
「それはおいおいで構わないぞ」
「うん?」
「この話――引き受けよう」
理由も目的も聞かないうちに。
まるで近所への買い物を頼まれたみたいに。
「俺としても、神様に文句を言う前に、世界が滅びてもらっては困るからな」
日常と変わりのない態度で。淡々とした口調で。ためらいのない頷きで。
――アストは詳細の分からない〝世界の救済案件〟を受諾した。
♡ ♡ ♡
『つぎの まんげつのひ せかいは ほろびました』
――■■■■■の手記 十六章八節より
♡ ♡ ♡
――【霧立つ樹渓谷】。
そう呼ばれる、大樹林の南東部に位置する地域をアストたちは進んでいた。
名前のとおり、進めば進むほどに〝霧〟は濃くなっていく。
「もともと、貴殿らを見つけたのは偶々だ」
先導するのはクリスケッタをはじめとする森人族の兵士たち一行。
クエスト受注を完了し、大樹林の奥地――世界樹の麓に存在するエルフの街へと案内してくれることになった。
しかし、その前に。
「〝所用〟を済ませてもいいだろうか」
クリスケッタがアストたちに許可を求めた。
どうやらなにか寄り道をしたいらしい。
「洗練された我々弓兵隊が森の辺縁部に遠征していた、本来の目的でもある」
白い湯気のような霧が、進路に鬱蒼と生い茂る樹木の間に立ち込め視界はひどく悪い。
空はもともと曇っていて、届く光量は微かだった。
おかげで日中であるのに荒涼とした廃墟のような不気味さが周囲に漂っている。
「【霧立つ樹渓谷】とはいえ、ここ数日の霧はあまりに多すぎる。もはや渓谷の一帯を越え、大樹林全体に滲出し、世界樹の幹ですらも白で覆っているのだ――ここでなにかが起きている」
「ふむ、森の異変か。それは〝世界の滅亡〟とやらに関わっているのか?」
クリスケッタはぱちりと強調的な瞬きをしてから言った。
「それを調査するのが我々の〝所用〟だ」
♡ ♡ ♡
「ほう――いよいよ魔法世界のような景色だな」
アストたちは【霧立つ樹渓谷】の中心部に位置する、巨大な岩場の頂上に来ていた。
まさしく崖のように切り立つその場所からは、大樹林の全貌が見渡せた。
否。
見渡せるはずだった。
「すごいねー、まっしろー!」
雲海、という言葉が正しいであろうか。
雪のように白く。何重にも巻き付けられた綿菓子のように濃密な〝霧〟が見渡す限りの大地を覆っていた。
「これがお前らの言う〝森の異常〟か」
クリスケッタが頷いた。
本来であれば、【霧立つ樹渓谷】と呼ばれる近隣一帯だけが霧に満たされているそうだが。
まさしく〝ひとめ見て分かる〟ように、白い靄は、目下に広がる大樹林全体をしぶとく覆っていた。
「上に乗っかれちゃいそうだねー」とリルハムがのほほんと目を細める。
それほどまでに分厚く、濃厚な白雲は地形に沿って猛りうねり、幾何学的な模様を刻まれた巨大な彫刻のようであった。
見渡す折々で、山脈の峰や、今アストたちが立っている切り立った岩場のような背の高い場所が白層を突き抜けているが――
それらの構造が無視できるほどに。どこまでも矮小であると思い知らされるほどに。
あまりに巨大な〝それ〟は、パノラマに開けた視界の中央に存在していた。
「須らく大地から魔力を吸い上げ、天にも届く。我ら森人族が〝守人〟として、神から守護を任された世界を象徴する大木――我々種族の存在理由」
クリスケッタが口調に誇りを滲ませながら言う。
「あれが。あれこそが――【 世界樹 】だ」




