STAGE 2-21;遊び人、サイハテを目指す!
「むう。やはり〝欠陥〟ではないか……!」
腕を組み、頬を膨らませながらアストが言った。
「記憶があってもなくても関係がない――頭と体が自分の意志に反して勝手に動くなど、欠陥以外のなにものでもない……!」
≪遊び人の魔法≫の余韻からか、アストはいつもよりその情緒が昂っているようだ。
唇を突き出し頭上の髪をぷりぷりと動かして、その頬も紅く染めている。
「うあー。ご主人ちゃん、かあいかったなー」
リルハムは遠い空を見つめながら、未だに夢心地のように言った。
「せっかく邪神の職業魔法を使えるようになったというのに、結局それを使えば反動で遊び人の魔法も起動してしまう。これでは意味がないではないか」
アストは「むう」と拗ねた子どものように頬を膨らませて、
「やはり【開発元】に文句を言う必要がある」
「へー? 神様に、文句ー?」
リルハムが視線をアストに戻し、そのまん丸の目をぱちくりさせた。
「あはー! やっぱりご主人ちゃんは面白いねー!」
「む? おかしいのか」
「うん、おかしいよー! ふつうの人間には考えられないことだもん。あはー」
お腹を抱えてひとしきり笑い終えたあとに、リルハムは涙を拭いながら続けた。
「それじゃあ、ご主人ちゃんは〝サイハテ〟を目指してるってことー?」
「む? サイハテ?」
「うんー! この世界を西にまーっすぐ。その地の果てに、神様は今も生きてるんだよー。神様に文句をつけるんなら、それが一番早いんじゃないかなー」
「ほう――神様は〝西の果て〟にいるのか。それで西に向かって祈っていたのだな。なんてことはない、その方角に実際に神がいるのなら納得だ」
神様へ祈祷を捧げる際、西に建てられた祭壇に向かって祈っていたことを思い出す。
他につけても、この世界で〝西〟は縁起の良い方角とされることが多かった。
「しかし良いことを聞いた。それなら進路は決まりだ。そのサイハテとやらを目指して、西にまっすぐ進むとしよう」
「それがいいと思うよー、あ」リルハムは途中で気づいたように口を開けて、「でもその前に【淵源の宝珠】を集めないとだねー」
この世界の常識のように、聞きなれない単語を彼女は言った。
「淵源の宝珠?」
「うんー! 神様から『職業』を与えられた【六種族の人類】――ずっとずーっと昔に、神様がそれぞれの種族に託した宝珠があるんだー」
リルハムは尻尾をゆっくり振りながら続けて、
「サイハテに行くためには、その【淵源の宝珠】が揃ってないと弾かれちゃって辿りつけないんだよー」
「ほう――面白そうな課題だ。攻略のしがいがある」アストはどこか愉快げに頭上の髪を揺らして言った。「つまりは、その6個の宝珠を揃えればいいんだな」
「えっとねー、正確には地上神族の〝立会者〟――【天使族】の宝珠も合わせて7個かなー」
リルハムが指を折りながら続けた。
「もともとは、この地上世界で〝神様に直訴が必要な非常事態〟があった時のために。それぞれの人類種族から託された〝代理人〟として神様に会うべき人を選抜する試練なんだよー」
簡単にほいほい会いにこられても困るしねー、とリルハムは付け足した。
「〝世界の有事の代理人〟か――カミサマに会うのも楽じゃなさそうだ」
むう、と腕を組みながら言うアストのことを見て、リルハムは小首を傾げながら言った。
「うーん。もしかしたら簡単なんじゃないかなー。ご主人ちゃんはその存在自体が非常事態みたいなもんだしー」
アストにはそんな物騒な表現は聞こえなかったようで、まとめるように続けた。
「とにかく。サイハテを目指すには7種族が持つ【淵源の宝珠】を集める必要があるのだな」
「あ、ううんー! ご主人ちゃんは6個でいいよー」
「む。6でいいのか、なぜだ?」
「だって――【天使族の宝珠】はここにあるからー」
言いながらリルハムは身体のどこかをごそごそとまさぐりながら――
〝白銀に輝く掌大の宝玉〟を取り出した。
同時に、空間に清廉な輝きが満ちていく。
「ほう、それが宝珠か――確かにこれはとてもじゃないが、人の手で作れるものではないな」
アストが目を大きくし、見惚れるような溜息をついた。
球体の中に濃厚な白色の雲のような煌めきが詰まり、刻一刻と幾何学的に形状を変えている。
外の光を反射しているのではなく、宝玉自体が持つ強さにより風光明媚な光を発していた。
――この世のどんな宝石よりも魅惑的で、美しい。
明らかに人が作れるものではないし、自然に形成されるものでもない。
まさしく〝神〟――この世を超越した存在によって創造されたものだと直感できた。
「む――? 宝珠がどのようなものかは理解できたのだが、そもそも、」
アストがふと気づいて言った。
「なぜそのひとつを、リルハムが持っているんだ?」
宝珠が発する輝きに見惚れていたリルハムは、なんでもないように、
「昔ねー、冥界の悪魔が地上の天使から盗ってきたらしいんだけどー。すっごくきれーだったから、リルが持ってきちゃったー」
などと。
悪魔らしいことをあっけらかんと言った。
「ご主人ちゃんがサイハテを目指すんならちょうどよかったー。これ、あげるねー」
「む? そんな簡単にいいのか?」
「うんー! リルはもう大丈夫ー!」
狼悪魔はふさふさの尻尾を優雅に揺らしながら含みをもたせて言った。
「そうか。お前がそう言うんならいいんだが」
やはりお前はいいやつだな、とアストが言うその傍で。
「だってねー、リルは――もっときれーなものが、手に入ったんだー」
リルハムは手を背中に回して、世界の果てを輝かす人形のような美少女――
アストのことを真っすぐに見つめて、小さく呟くように言った。
「む? なにか言ったか?」
「えへー。なんでもないよー」
リルハムは誤魔化すように耳をぴくぴくと動かして答える。
アストは小さく息を吐いてから、リルハムがくれた天使族の宝珠を鞄にしまった。
「しかし、そうと決まれば話は早い。ちゃっちゃと他の【淵源の宝珠】も手に入れるとするか」
アストは本当にちゃっちゃと手に入れてしまいそうな口ぶりで言った。
「さて、まずはどの種族の元に行くか――」
「うーん、そうだねー」リルハムは頭に指をやりながら、「ここからだったら〝大樹林〟も近いし、【森人族】のところがいいんじゃないかなー」
エルフ――ティラルフィア家が属する王国をはじめとした〝真人族〟の国家と隣接する〝大樹林〟を支配する一族。
大陸の中央部を覆うその大樹林の中心には『世界樹』と呼ばれる天に届く巨大な樹木が存在し、種族として古より守り続けているという。
「【森人族】――世界樹を守る一族か」
「うんー! エルフなら、ご主人ちゃんたち〝真人族〟の友好種族だし、話はスムーズにいくんじゃないかなー」
リルハムがたれ気味の耳をぴくぴくと動かしながら、そんなフラグめいたことを仄めかした。
「分かった、そうしよう。エルフの大樹林だな」
アストはこくりと頷いてから、思い出したように続ける。
「しかし〝北の大穴〟に来たのはやはり有益だったな。エレフィー姉様たちには感謝をしなければならない」
――〝北の大穴〟にだけは決して近寄らないように。
そんなティラルフィア家の人々の〝心からの警告〟を、アストはフリと理解し自ら進んで穴へと飛び込んだ。
しかし。
幾多の冒険者を低層で屠ったであろう古代の魔物を一掃し。
ダンジョンの最深部を根城にし、地上に邪神を侵出する企みを目論んでいた世界の脅威――
最強の悪魔をなんなく撃破したアストからしてみれば。
警告と逆行したその選択は、きっと間違っていなかったと言えるだろう。
「邪神の魔法に加えて、冒険のこれからの指針を得ることもできた。それに何より――」
アストは腕を組みながら、契約により自らの従者となったリルハムのことを見つめて言った。
「〝大切な仲間〟もできたことだしな」
そう言われた銀色に燃え盛る狼の悪魔少女――リルハムは。
「う、あー……!」
全身をぴくんと跳ねさせ、目をきらきらと輝かせて、
「そんなうれしーこと言ってくれるなんて、どうしたのご主人ちゃんー!? もしかしてまだ『遊び人』の職業魔法が残っちゃってるー?」
「む……そんなことは、ない。あのことは――頼む。忘れてくれ」
アストは〝夢のような現実〟の甘い記憶を思い出して、視線を地面に逸らした。
恥ずかしそうに頬を赤らめるその仕草に、やはりどうしたってリルハムの口元は緩んでいく。
「うあー。やっぱりご主人ちゃんはかあいいなー」
彼女はそう前置いて、アストの言葉を宝物のように噛み締めながら繰り返した。
「なかま――えへー、なかま、かー。うれしーよー! これからもよろしくねーご主人ちゃん☆」
「む? ……ああ、もちろんだ」
アストは気を取り直すように、こほんとひとつ小さく咳をしてから言った。
「これからよろしく頼むぞ、リルハム」
だれひとりとして帰還者のいなかった難攻不落の地下迷宮――北の大穴。
神様の威光すらも届かない、その世界の底で。
「共に行こう。【神々が棲まう地】に――」
ふたりはそんなことを、決意した。
第二章『北の大穴』篇、リルハムが仲間に加わり終幕!
次回より新章『エルフと世界樹』篇が始まります!
ここまでお読みいただき本当に本当にありがとうございます――!
下記↓より星★での評価やブックマークなどもぜひ。
何よりの励みにして、これからも頑張ります。
引き続き本作をよろしくお願いします!




