STAGE 2-18;遊び人、邪神の魔法をぶちかます!
「全力で〝地上最強の悪魔〟を攻略しようと思う」
そう言って解放された、まさしくこの世のものとは思えないアストの圧気に。
『『ーーーーーーーーーッ!?』』
リルハムは瞬時にすべてを思い出した。
「う……あー……!」
超弩級の寒気が全身を劈いて。
狼少女はがくがくと震え始める。
(そう、だったー……ご主人ちゃんは、もう――この世の果てすら超えた、ずーっと遠いところに行っちゃったんだー……!)
アストは自らの心臓の鼓動と同調させるように、空間を歪ませ脈動させている。
それほどまでに凄まじい圧を放ちながら彼女は。
ゆっくりと、白く小さな手を天に掲げた。
『『んアッ!?』』
フルカルスが短い悲鳴をあげたその上空には。
それまでの試行錯誤で生まれた無数の魔法陣を、すべて集約させたかのように。
緻密で、あまりにも巨大な――≪黒い魔法陣≫がひとつ。描かれていて。
空間を遮る〝漆黒の墜蓋〟のようになったそれは。
触れる者の精神を強制的に震わす圧を秘めた〝黒い輝き〟を――
アストたちのいる地底に降り注がせた。
そんな〝神話の終焉〟のような景色の中心で。
「ふむ。そういうことか……やっと、理解った。しかし――」
邪神から授かった新たな『■■■■■』――その≪職業魔法≫の魔法陣を。
今度こそ寸分の狂いもなく〝完成〟させた金色の髪の少女は。
魔法を放つ楽しみだけでなく、何故か〝寂しさ〟も滲ませた表情を浮かべて――
言った。
「この魔法は――理解らないままの方がよかったかもしれないな」
『ぐッ――!?』
思い出したのはリルハムだけではない。
攻略対象とされ、その殺気すべてを向けられたフルカルスも同様だった。
(なんダ、この世のものとは思えない残虐な圧気は――! 強制的に身の毛をよだたせる、この途轍もない〝恐怖〟を――我輩は、知っていル……!?)
それは戦闘職の一味を屠り、穴の上層から降りてくる途中。
最深部の地底から放たれる、到底理解できない〝なにか〟が放つ圧を――
フルカルスは確かに感じた瞬間があった。
しかし。
(あまりに根底を覆す力で、錯覚に近い〝非現実〟と脳が決めつけたカ――いずれにせよ、現実として目の当たりにした今だからこそ理解できル。こんなものハ――)
フルカルスは短くなった呼吸を必死に落ちつけながら、言った。
『『――この世に存在して良い力ではなイ……!!』』
地上最強と称された【世界番】の悪魔が。
それを遥かに凌駕する甚大な圧気により身を震わせる一方で。
「ああ、そうか」
アストはふと気づいたように――
「この魔法も〝名前〟を呼んだ方がいいのだろう」
そう言って。
この世界の言葉に当てはめることのできない――
発音どころか、聞き取ることすら困難なその文字列を。
吐いた。
「―― ≪ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ≫ 」
刹那。
世界が、静止する。
上空で展開されていた魔法陣はいつの間にか消えていた。
代わりにその空間に――あるはずのない〝黒く巨大な門〟が形作られている。
まるで宇宙の果てに唐突に現れた壁のように。
今まで信じられてきた原理すべてを否定するかの如く不条理に存在するそれは。
圧倒的な〝禁忌〟のオーラを漂わせ、空中に横向きに浮遊したまま。
世界番をそのまま飲み込んでしまいそうに大きな門戸を。
少女たちがいる地底に向けて――
開いた。
『『ひッ……!!!!』』
そこからは。
この世のあらゆる災厄を集めた――
一切の希望すらも残さない〝絶望〟が。
靄のようにゆっくりと、這い出てくる。
「う……あーっ……!!」
リルハムはがくがくと全身を震わせて、抱えた頭を地面に擦り付けた。
瞳孔と共に極限まで見開かれた眼からは、ぼろぼろと涙が零れている。
(ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいー……)
そんな風に【悪魔】ですらも。
すべての沽券を容赦なく奪い去られ。
惨めに地に伏す屈辱を屈辱とさせない絶対なる圧をもって。
世界に滲み出た黒い〝なにか〟は――
ひどくゆっくりとした速度で世界番の悪魔の全身にまとわりついていった。
『『ぐ、アッ! なんだ、これハ……離セ!』』
四肢の自由を奪い取られたフルカルスは叫び続ける。
『『ふ、ふざけるナ! こんなものは最早≪魔法≫でもなんでもなイ! 唯の純粋な――〝死そのもの〟ではないカ――!』』
その絶叫が届いたかどうかは分からない。
不気味な一瞬の間があった後に、その得体のしれない〝なにか〟は――
フルカルスに向けて、決定的な殺気を放った。
『『ア゛ッ――!!???』』
その凄まじい〝死の根源〟にあてられて、世界番は呼吸を酷く荒げ訴え続ける。
『『ま、待テッ! 我輩は【悪魔】ダ! 多くの邪神様が望む〝次元穴の解放〟――その代行者であるゾ! ここで我輩が途絶えれば、冥界の悲願も水泡に帰す……それでは多くの邪神様やほかの悪魔が黙ってはいないだろウ――!』』
そんな必死の懇願を続けながらも。
悪魔はどうしようもなく理解をしていた。
目の前の人形のような少女――アストを魅入り〝力〟を与えた【邪神】はどうしようもなく。
自らの存在が許された階層よりもずっとずっと深く――
遥か果てに生きる〝超越した存在〟だということを。
『『頼ム! 冥界の同朋よ、我輩ヲ……――……!』』
やがてフルカルスが発していた声が――消えた。
『『――――ッ!?』』
音すらも消失する、そんな極限状態の中で。
門から這い出た黒よりも黒い〝なにか〟は。
フルカルスの巨体の隅々にまで絡みつき。
『『――!!!!』』
ばつん、と。
まさしく存在が消失する虚ろな音を立てながら。
まずひとつ。
フルカルスの持つ〝巨大鎌〟を殺し。
つぎにふたつ。
それと一体化した右腕を殺し。
みっつ。よつ。
下半身から生えた六本の脚――それぞれの蹄を殺し。
腿脛を殺した。
『『ッッッ!!!』』
空虚な音は止まらない。
続いて全身を走る血管を殺し。
内臓を。気管を。筋肉を。骨を――殺していく。
『『ッ!』』『『ッ!!』』『『ッ!!!』』
刹那の間も空けず、その〝なにか〟は――
あらゆる細胞を殺し。あらゆる体液を殺し。
そしてあらゆる生命反応を殺した。
『『――ッ!!!?』』
すべてが壊されゆく中。
その跡に残った肉片の骸すらも――
すべて空に散るように消失していく。
(なぜ、忘れていたのダ……)
フルカルスが最後の後悔を始めた。
(【神族】であろうが関係ない、どうすることもできない〝世界の不条理〟に加え、それを飼いならす少女――こんなものの存在を知っていれば、我輩は――無謀な戦いなどに挑むことは無かっタ……)
最後に残ったフルカルスの頭部は。
その表情をどこまでも憎悪に歪ませて言う。
『『覚えていロ、強き人間――キサマはいつか必ず……何千年。何万年先になろうガ! その裏切り者と共に、我が意志を継ぐ冥界の同朋が喰らってくれル――!』』
得体のしれない〝なにか〟によって溶かされる刹那。
地上最強の悪魔は世界を呪うかのような雄叫びを上げた。
『『ぐガッ! ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛――ッ!!!!』』
アストが放った≪■■■■■■≫は――
大穴の全階層に響き渡るほどのけたたましいその断末魔ごと。
フルカルスが存在したすべての証拠を――完全に抹消させた。
無限に続くように思われた沈黙の果てに。
扉は、
閉
じ
る。
「っっっ! はー! はーーーーーっ……!」
世界が世界を取り戻した。
リルハムは以前と同じように過呼吸になりながら。
全身の毛を逆立て、大きく肩を上下させている。
汗やら涙やらがぐしゃぐしゃに混じりあった液体が顎から滴り落ち。
地面には暗い溜まりができていた。
「う、あー……」
どうにか呼吸を落ちつけた彼女は。
へなへなと気が抜けたように崩れ落ちて言った。
「ご主人ちゃんが、リルのご主人ちゃんでよかったー……」
周囲を満たしていた黒のオーラが、世界に染み込んでいくように消えていった。
その発生源であった、世界の果てに取り残された人形のような少女――
アストは。
自らも纏っていた覇気を緩めながら。
【世界番】が存在していた空間を一瞥する。
「俺の馬鹿従者を傷つけた〝わるい悪魔〟――フローラバスと言ったか」
ふうと少女は小さく息を吐いてから。再び思い切り名前を間違えて。
「これで攻略完了だ。苦労した分豪勢な達成報酬でも期待しているぞ」
まったく苦労したようには見えない様子で、そう言った。
その言葉と同時に――
大穴の中央に鎮座していた歪な装置が砕けて。
周囲にきらきらと破片が散っていく。
「うあー……」
今度はその様子ではなく。
乱反射した光に照らされるアストの横顔を眺めながら。
リルハムはうっとりと呟いた。
「やっぱり、ご主人ちゃんの方がずっときれーだねー」
♡ ♡ ♡
こうして〝世界最強の悪魔〟と〝世紀末の美少女〟が繰り広げた異次元の戦闘の果てで。
文字通りぼろぼろになった〝北の大穴〟の最深部に――
ささやかな〝平和〟が、訪れた。
【世界番】討伐完了! おや、アストの様子が――?
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