STAGE 2-16;遊び人、最高のネーミングセンスを披露する!
自らが設置していた≪罠魔法≫に気付かず〝自爆〟する形になったフルカルスは。
その下半身と片翼が円形に抉り取られるように消失した。
『ぐ、アッ――!』
ぐらりと漆黒の身体が揺れて。
重力に従い地面に落ち、這いつくばるような姿勢になる。
一方アストは。
フルカルスが発動したすべての≪死死刈罠≫を。
完全に避けきった上で、悪魔の前に屹立していた。
『莫迦ナ……! 此度は後から五感で悟られぬよう、魔力の気配を遮断した上で≪罠魔法≫を設置したはズ……それでも避けきるということはキサマ! あの一瞬で見ただけで〝無限に〟設置したすべての罠の場所を、記憶したというのカ……!?』
「当然だ」アストはまさしく当然のように頷いた。「喰らえば無事で済まないんだ。それなら場所を把握しておくに越したことはないだろう」
『ッ! どこまでも、逸脱したことをぬかしおっテ……ぐハッ!』
フルカルスが喀血と共に、地面へと顔を突っ伏したところで。
「ご主人ちゃんー!」
後方から銀色の髪を持つ狼悪魔の声が聞こえた。
身体をかばいながらではあるが、足早に近寄ってくるとアストを見つけて嬉しそうな顔を浮かべる。
「む……傷はもう無事なのか?」
まるで子供が引いた風邪であったかのように、リルハムは気軽に頷いた。
「うんー! 寝たらちょっと治ったー」
「寝て治るほどのものでもない気がしたが……」アストは呆れつつも少しだけ安堵の息を吐いて、「元気そうで何よりだ。心配していた」
リルハムは目を二三度ぱちくりさせた後に。
うあー心配してくれてありがとー、と満面の笑顔を浮かべた。
そんな彼女の姿が。
アストにはなんだか眩しく映って、自然と口元が緩んだ。
「あれー?」
一方銀狼少女は、アストのことを見て何かに気づいたように首を傾げた。
「ご主人ちゃん、なんか――今までと違う? うーん、むしろ今まで通りなのかなー……? なんか忘れてるような……違和感があるんだよねー」
「む? 違和感?」
「うんー。大切なことだった気がするんだけど――」
リルハムはたれ気味の耳が生えた頭を、右に左にゆっくり揺らしながら考えていたが、
「まーいっかー☆」
途中で諦めたように笑った。
「そんなことよりもご主人ちゃん! すごい、すごいよー!」
話題を切り替えて彼女は言う。
「む、なんだ……」
いつの間にかアストの手を取って、踊るように跳ねて尻尾を揺らしている。
尻尾の他にも目の前でたゆたゆと一緒に揺れる胸部の膨らみに、アストはたまらず視線を逸らした。
「悪魔以上に≪古代魔法≫を使いこなせる人間なんて、はじめて会ったよー!」
「つ、使いこなしているつもりはない」アストは頬の赤みを誤魔化すように咳払いをしながら言った。「俺はまだまだだ」
うあー、あれ以上先があるのー!? とリルハムは驚いてから、
「そーだ! さっきの魔法に、名前は付けないのー?」
「名前? あれには既についていただろう」アストは後方で地面に突っ伏したままのフルカルスのことを一瞥してから、「エスサイズ――いや、違うな。エルサイズ? エクス……エクササイズ、などと言っていたか」
急に健康に良さそうな感じになった≪死死刈斬≫のことをそう言って、ぽんと手を打った。
「うん、確かそんな感じー!」リルハムも一瞬首を捻ったあと笑顔で同調する。「似てるけど術式はいっぱい効率化されてたし……あれはちゃーんとご主人ちゃんの魔法だよー」
「ふむ――俺の魔法、か」
アストは頭上の髪をどこか嬉しそうに揺らして繰り返した。
「魔法の名付け親というのは、確かに憧れたものだ」そう言って口元に手をやり、早速思案を始める。「ふむ、そうだな。例えば――≪闇の次元を切り裂く紅き血潮の剣筋≫――などというのはどうだろうか?」
アストは充分に溜めを作ってから。
満を持したように厨二的な言葉を羅列した。
「でぃめんしょん、だーく――うーん、」
リルハムはアストの名付けた魔法の名を繰り返しつつ。
無邪気に首をかしげてから、やはりどこまでも無邪気に言った。
「なんかご主人ちゃんって、生後2~3年の悪魔が好きそうなネーミングセンスしてるねー!」
「む、そうか。褒めてくれているのだな?」
リルハムの言葉の真意にまったく気づかず。
まさしく初めて神話系RPGに触れた中学二年生のように目を煌めかせながら。
アストは満足そうに頷いた。
「自分でもなかなか〝良い名〟がつけられたと思っている」
『ふハ、フハハハハハ……』
そんな遊戯のような様子に耐えかねたのか。
地面でもがくように突っ伏していたフルカルスが不気味な嗤い声をあげた。
「む、なんだ。まだ喋れたのか」
『当然ダ。我輩は仮にも地上世界の悪魔を管理する【世界番】――これで終わると思うナ』
「ちょうどよかった」アストは不穏な内容など気にせず、目をきらきらとさせながら訊いた。「お前は俺が初めて付けた魔法の名をどう思った?」
フルカルスは眉をぴくぴくと動かして叫んだ。
『そんなことはどうでもいイ!』
完全に否定されたアストは、「そ、そんなこと、か……」と珍しくショックを受けた表情を浮かべた。
「うあー! ご主人ちゃんに酷いこと言うなー!」リルハムが手をばたばたとさせて抗議した。「ご主人ちゃんはただ、自分の力に心酔した世間知らずな若手悪魔とネーミングセンスが同じってだけなんだぞー!」
「む……なぜだかお前の方が言葉に棘があるのは気のせいか……?」
フルカルスはそれらの様子に忌々しく一瞥をくれて舌を打つと、
『この期に及んでふざけおっテ! ――しかし、我輩は〝反省〟しなければならないのは事実ダ』
などと前置いてから、呼吸をどうにか落ち着かせて続けた。
『我輩の反省点、それは――キサマを矮小で取るに足らない〝人間種族〟として扱っていたことダ』
「……む?」
顔をしかめるアストに対して。
地面に倒れたままのフルカルスは必死に上半身を起こすと。
手にしていた大鎌の柄を、渾身の力で地面に突き立てた。
「うあー!?」
突き立てた場所から即座に、巨大な魔法陣が展開された。
ごおん、という低い音とともに地響きが始まる。
リルハムは悪魔らしからぬ様子で頭の両耳を抱え、地面と同様に震え始めた。
「地震、怖いー……」
振動は次第に大きくなっていった。
魔法陣から発せられた光が、すこし離れた場所の地面に突き刺さるように吸い込まれると――その大地が割れて。
やがてゆっくりと。
黒い歪な石柱のような〝巨大な装置〟が、せり上がって現れた。
『……最初から、こうしていれば良かっタ』
フルカルスは翼をもたげ残った力を振り絞り。
バランスを失った半身を支えながら、ふらふらとその不気味な構築物に近寄っていく。
『目の前の小娘は崇高なる目的――〝次元穴の解放〟に必要な養分などではない。これまでに溜め込んできた〝養分〟そのすべてを注ぎ込んでも叩き潰す必要がある――空前絶後の危険因子だ』
フルカルスが〝養分〟と呼んだ高濃度のエネルギー体が。
石柱の中心部に嵌られた巨大な水晶の中で不気味に揺蕩っていた。
「フルカルス!? ……まさかー!」
リルハムが叫んだが事態は止まらない。
フルカルスは激烈な圧気を放つその水晶体を掴むと――そのまま握り壊した。
瞬く間に黒い光が放射状に散乱して。
莫大な量になったそれはフルカルスの身体を〝神遺物〟である【死伽大鎌】ごと包みこんでいった。
その圧気をすべて吸い取るように、漆黒の身体がめきめきと音を立て〝膨張〟を始める。
「うあー……リル、なんだかいやな予感がするよー……!」
狼悪魔のリルハムが耳と尻尾の毛を逆立てながら言った。
世界番の膨張は止まらない。
既に以前対峙した古代種ミノタウロスを遥かに凌ぐ巨体となっている。
黒い筋ばった身体からは禍々しい棘が無数に生えていき。
体躯と共に巨大化していく大鎌は、やがてフルカルスの右腕と一体化した。
『『憎い、憎らしイ――』』
空間を叩きつけて震わすような、重くて低い音が轟いた。
その声の持ち主は続ける。
『『冥界との行き来を可能にするため地上悪魔がこれまでに労苦して溜め込んできた〝魂〟を――よもやここで使うことになるとはナ』』
ひときわ大きな轟音と共に。
地鳴りが、止んだ。
「――ほう」
その中心には、あまりにも強大となった悪魔――とも呼べない〝化け物〟が一体。
禍々しい大鎌と融合した漆黒の巨体を、おどろおどろしく蠢かせて。
それまでのフルカルスからは考えられないほどの激烈な圧気を纏い――
アストたちを見下ろすように、文字通り聳え立っていた。
『『死して後悔するが良イ、強き人間――!』』
空気をびりびりと震わす言葉を吐いてから。
フルカルスは車両のように太い腕と一体化した巨鎌を。
横一線に振りぬいて――云った。
『『 ―― ≪ 世 界 死 刈 斬 ≫ 』』
その言葉と共に。
大鎌が通った軌跡どころか。
そこから延長した世界をすべて。
消 失 さ せ た 。
フルカルス戦、クライマックス!




