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STAGE 2-13;遊び人、最強悪魔の攻撃を見切る!


 うまく邪神の≪職業魔法(スキル・マジック)≫を発動できずにいるアストに対して。


『【神の加護】がなければ何もできない、その矮小(わいしょう)な身の程を知レ!』


 地上に渡った世界最古の悪魔――フルカルスは高らかに言った。

 規模だけは神族のそれを上回る術式を、懲りずに組み続けるアストを見ながら続ける。


『とはいえ――確かに人間種族にしてはあまりあるその実力は評価しよウ』世界番は大鎌の先をアストに向けて、『キサマ、我輩の()()となるつもりはないか?』


 ぴたり、とアストの動きが止まった。


『【世界番】とは確かに、()()()()()にとって〝都合の良い悪魔(ドウホウ)〟を選抜する役割ダ』


「……目的?」アストが訊いた。


『ああ、そうだ――【世界】と【冥界】との間に、()()()()()()!』


 フルカルスが両手を広げながら言った。


『【神】(ども)(しつら)えた忌々しい『次元の障壁』を完全に取り払い、【地上世界】に我々【冥界】の一族が自由に出入りできるようにする――黒所の底に僅かに開いた今の状態では、偉大なる邪神様が〝渡る〟にはあまりにも()()()()


 アストは聞いているのかいないのか分からない、ぼうっとした表情を浮かべている。


『改めて問おう、極上の魂を持つ強き人間! 我輩と共に()()()()()()()()()()()?』


「ふむ」アストは腕組をしたまま、退屈そうに言った。「もし断ったらどうなるんだ?」


『別にどうということはなイ』悪魔は厭らしく口角を上げて続ける。『その寸刻後に()()()()ダ』


「そうか。()()


『なあニ、既にキサマは【悪魔】と契約した立派な同朋ダ。なんら臆する必要は――んア?』


 フルカルスは会話の途中で〝既に断られていた〟ことに遅れて気づき、アストのことを訝しげに見やる。


「ふむ、不思議だ。()()はとうに過ぎたと思うが――」アストはその場で軽く身体を跳ねさせながら、それが本当に不思議なことのように言った。「俺はまだ()()()()()()ようだ」


 ぶつん、とフルカルスの頭から何かが切れる音がした。


『舐めるナ! 人間風情がアアア!!! その選択、すぐに後悔させてやル……!』


「やはり不思議なことを言うな。嫌なことを断ってなにが悪い。それに〝世界を変える〟という意味では、」アストはそこで、岩壁のほとりでお腹を見せながら寝転がるリルハムのことを見て、「俺は既に()()()()()()()らしい」


『なにを訳の分からぬことヲ! 身を削られる恐怖に震えロ――≪死死刈斬(デスサイズ)≫!』


 世界番はふたたび大鎌を構え、その刃に魔力を集中させた。

 振るわれた攻撃を、アストは軽く後ろに跳ねて躱す。


「ふむ……それはもう見飽きたぞ」


 そう溜息交じりに呟くアストに向かって。

 フルカルスは口元を歪めて言った。


()()()()()と思うカ?』


 その言葉の終わりで。

 アストが跳んだ先の空間が()()()()


 ティラルフィア家が誇る〝最強メイド〟のイトから〝並外れた〟と称されるアストの反射神経をもってしても。

 それを完全に避けることは叶わなかった。

 空間に残ってしまったアストの黄金色に輝く髪は四分の一ほど()()し、左肩部の表層が抉り取られた。


「……む、う」


 受け身は間に合わない。

 そのまま衝撃でアストは地面に叩きつけられ、起き上がった際に切られた傷から血が滴った。

 

『見えるだけが攻撃と思わない方がいイ』


 フルカルスは勝ち誇ったように言う。


『≪死死刈罠(デストラップ)≫――直接攻撃(デスサイズ)よりも威力は劣るが……【神族(ワレワレ)】に比べれば(かすみ)のように柔らかな人間を()ぐには充分だろウ』


「ほう。起動(トリガー)式の罠系魔法(トラップスキル)か、それにしても――」


 アストは自らの衣服を破った切れ端で、肩の傷を止血しながら首を傾げた。


『いつ術式を仕込んだか分からない、といった顔だナ。キサマはやはり勘違いをしていル。この場所(大穴最深部)は我輩にとって居慣れた地(ホーム)――≪罠魔法≫は事前にそこら中に仕掛けてあル』


 世界最強の悪魔――フルカルスは黒翼を尊大に広げながらふたたび宣言した。


『先刻の言葉を訂正しよウ。【神の加護】の有無などに関係なく……キサマが人間である以上、この場所で悪魔(ワガハイ)には勝つことはできなイ!』


「……ふむ」


 アストは思案するように口元に手を当てて。

 先ほど≪罠魔法≫が発動して消滅した空間をじいと見つめている。

 そこには残り香のように微かな≪魔法陣≫が浮かんでいて――まもなくそれも消えた。


『二度は訊かン。下種の分際で崇高なる悪魔(ワレワレ)を莫迦にした報い――しかと受けるがいイ!』


 フルカルスは六本の脚で地面を踏み込んで。

 生じた圧と共にアストに向かって突進した。


 振りかぶった巨鎌を一度。二度。三度。

 躱されるたびに切り払い続ける。


 その先で――


『残念だガ――そこは〝外れ〟ダ。≪死死刈罠・解放デストラップ・リリース≫!』


 ひとつの予備動作もなく現れた魔法陣と共に、空間が(まる)く抉り取られた。

 アストの真横で、そこを形作っていた空気が歪む感覚がある。


『しまったな、すこし起動が早かったカ』


 言葉とは裏腹に、ひどく余裕のある表情でフルカルスは言った。


『残念だガ――()()()()()()。まだ罠は腐るほど仕掛けてある……そこも外れダ!』


 アストが横に跳んだ先で、ふたたび≪罠魔法≫が起動した。

 身体を掠めて、空間に残った髪先が切り取られる。


『運が良いな、小娘。次はタイミングが遅れたようダ――それでも時間の問題ダ!』


 フルカルスは赤い目を煌々と(たぎ)らせ、手先を動かしながら。

 高速で跳ねるように移動を続けるアストの動線上の≪死死刈罠(デストラップ)≫を次々に起動させていく。


『ふははははハ! いくら躱しても無駄ダ!』


 〝空間が消える〟という異常が引き起こす、ひどく虚ろな重低音が周囲に無数に満ちていった。

 穴底を吹き抜ける風が混乱するかのようにざわめき立ち、ひどく不秩序に砂埃が舞い散っていく。


 しかし無限に思えるほどの≪罠魔法≫の乱打の嵐の中を――

 アストはぎりぎりのところで()()()()()()()


『……なんダ、この違和感ハ』


 様子がおかしいことに気がついたフルカルスが、低い声で叫んだ。


『≪死死刈罠(デストラップ)≫は設置式の罠魔法――その発動は刹那で〝予備動作〟は一切ないはずだガ。それなのに……なぜキサマは永遠に躱し続けていル……!?』


 そしてアストは。

 それまでひとつの場所に留まることなく動き続けていた足を――ぴたりと止めて。


『んア? 急にどうしタ』


「どうしたはお前だ。()()しなくてもいいのか?」


『起動……?』


「ああ。()()()が残った最後の≪罠≫だろう」


 くいくい、とアストは親指で。

 背後のなにもない空間を指し示した。


『――っ!?』


 フルカルスはその意味をどうしようもなく理解した。

 アストが示したその空間は――仕掛けて残った最後の≪死死刈罠(デストラップ)≫の在る場所だった。


『な、なぜダ!! なぜ≪罠魔法≫を仕掛けた場所を知っていル――まさカ』


 フルカルスはそれまでのアストの行動を思い返して背筋を冷やした。

 不可避の≪罠魔法≫に恐れをなし逃げ惑っていたように思っていたが。

 その先には都合の良いように毎回≪死死刈罠(デストラップ)≫が仕掛けられていた。


『すべて在る場所を見切った上で、避けていたというのカ……!?』


 顔を歪め驚愕するフルカルスに対して。


「以前に、気配を消した俺のことを〝嗅覚〟だけで察知した気の優しいメイド(アユ)がいたんだが……その気持ちが今ではよく分かる」


 アストは眉をしかめながら――言った。


「お前のような〝匂う〟魔力で術式を描いていたら、一里先からでも理解(わか)るぞ」


 ぶつん。ぶつん。


 今度はフルカルスの頭の中で。

 なにかが()()()、切れる音がした。


 悪魔は明確な怒りにその巨大な漆黒の身を震わせながら。

 静かに言った。


『調子に乗るナ――人間風情ガ……!』


 一瞬の静けさの後に。

 世界番(フルカルス)は自らのすべての魔力を――爆発させた。




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