STAGE 2-9;遊び人、世界のことわりを変える!
「うあー! 一時はどうなることかと思ったけど……」
リルハムが耳と尻尾を脱力させて言った。
「無事に【契約】が終わって良かったよー」
「ふむ、契約か」
アストがぴこんと頭上の髪を跳ねさせて繰り返した。
リルハムに強く言われて、ただ居るだけで周囲を震え上がらせるほどだった圧気は内側におさめ、今では【契約前】のアストと同じくらいになっている。
――ま、それでも十分異常な魔力量は感じるんだけどねー。
と狼少女はあっけらかんと言っていたが、どうにか〝許容範囲〟におさまったようだ。
そんなアストが言う。
「これで俺は邪神側の『職業』をもらえたんだな」
「うんー! そのはずだよー」リルハムはふうと一息ついて、「もっかい水晶に手を置いてみてー。あ、今度は置くだけでいいよー」
「ふむ、分かった」
アストはふたたび言われるがままに黒水晶に手を置くと。
中にぼやあと『職業』を現す魔法陣が浮かび上がった。
「む――この魔法陣は見覚えがあるな。『遊び人』のものだろう」
「えー!?」
リルハムが言うには。
悪魔と契約して邪神の職業を授かると。
元の神様の『職業』である『遊び人』は上書きされるとのことだったが。
「なんでなんでー!? 契約はうまくいったはずなのに……見せてみてー!」
水晶を覗き込んだリルハムの目が、大きく見開かれた。
「う、あ、あ、あー……!」
リルハムが驚愕の声を出す。
「『職業』を表す魔法陣が――ふたつ!?」
何度見返しても、目の前の〝事実〟は変わらなかった。
「ふたつ? ああ、よく見るもうひとつ浮かんでいるな」
神様から授かった『遊び人』を示す魔法陣の下に隠れて。
その全貌はほとんどが見えずにいるが……。
確かにそこには〝黒い影〟のような魔法陣が浮かんでいた。
「な、なんでー!? 【邪神様】から『職業』を新しく授かったのに、どうして『遊び人』が残ったままなわけ……? そんなの〝この世の原理〟からいってもあり得ないよー……」
リルハムは頭を抱え、目をぐるぐると回しながら言った。
「【神様】と【邪神様】、その両方から魅入られたのは分かるよー? だって、アストはすーっごく魅力的なんだもん」
リルハムは今度はなぜか自慢げに胸を張りながら続ける。
「問題はそのあとだよー! 【神様】と【邪神様】は存在原理から考えても、どうしたって相容れない存在で――なのにー! どうしてその〝ふたり〟がアストの中に共存してるのー……!?」
頭の上に大量の疑問符を浮かべながら、リルハムが思案を続ける。
「もしこれが現実だったら、それぞれの神様たちが〝互いに同居を認め合った〟ってことだよねー……? そんなの六万歩譲ってもありうるわけがないよー! 絵空事として描いても〝非常識〟だって鼻で笑われちゃうー」
「ふむ。仔細は分からないが、ようするに〝公認二股〟のようなものか」
恋愛シュミレーションゲームにはよくある話だな、とアストは付け足した。
「遊戯とか、そんな次元の話じゃないよー!」
リルハムが手をばたばたさせながら言った。
「もし〝両神の同居〟が真実だとしたら――アストは世界の理を、変えちゃったことになるんだよー!?」
「変えたかどうかはどうでもいいんだが、」
――どうでもよくないよー! とリルハムが途中で叫ぶ。
「俺は欠陥魔法が多い『遊び人』の職業はむしろ上書きされてよかったんだがな」
「うあー! なんでこの凄さが伝わらないのさー!?」
リルハムは唇を尖らせて訴えたが、やがて諦めたかのように尻尾をしならせて項垂れた。
「はー……最後の最後までアストには振り回されっぱなしだー……こんなんじゃ悪魔失格だよー」
「む? 失格だとなにかいけないことでもあるのか?」
「うー……そういうのはないけどさー」リルハムは悔しそうに言う。「悪魔にも譲れないキョージってのがあるんだよー」
「初対面ですべてを曝け出したお前に矜持もなにもない気がするがな」
アストが不思議そうに言った。
リルハムは気にせず目をつむって深呼吸を始める。
ゆっくりと息を吐き切ったあとに、意を決した様子でふたたび黒水晶を覗いた。
「うあー! やっぱり何回みても『職業』がふたつあるー!」
よほど衝撃的だったのか、リルハムは「世界、変わっちゃったー」などと大仰なことをふたたび呟きながら天を仰いだ。
「さっきから感情が忙しいやつだな。傷は大丈夫なのか?」
「きず……?」リルハムは自らの身体に目をやって、「うあー! 思い出したらすごく痛いよー……」
と次は涙をぽろぽろとこぼし始めた。
「まったく」アストは短く息を吐いて、鞄からハンカチを取り出した。「けが人は大人しくしていろと言ったろうに」
アストは口調とは裏腹に優しく涙を拭いてくれた。
「うあー……」
リルハムにとっていつぶりかも分からない【契約】を交わした少女。
そんな〝世界を変える力〟を持つ完膚なき美貌を。
リルハムはぐすぐすと鼻をすすりながらも、じいと見つめて――言った。
「うーん……まー、いろいろあったけど――可愛いからいっかー!」
リルハムはそんな風に納得して。
とても悪魔には見えない無邪気な表情で笑った。
「……む?」
ばきん、と突如。
アストが手を置いていた黒い水晶が粉々に砕け散った。
割れた破片に、リルハムが描いていた魔法陣の光が幻想的に反射して。
それまでとは毛色の異なる、優しい黒の光を作り出した。
「わー、きれー」
リルハムがうっとりとした声を出して。
アストも僅かな時間、その光景に見惚れた。
「――ふむ」
こうしてアストは。
【神】と【邪神】の両方に魅入られ、互いの許可を得て。
〝究極の二股〟をしながら人生を歩むことになった。
次回以降、遂に〝あの強敵〟とバトルです……!




