STAGE 2-5;遊び人、燃える銀狼(女の子のすがた)を助ける!
未だ帰還者ゼロの迷宮である〝北の大穴〟――
その『最深階層』にアストは降り立っていた。
「ふむ。たしかに帝国パーティの言うことは正しかった」
意味深にそう呟くアストの眼下には。
大地が震え。マグマがうねり。
その中を悠々と跋扈する巨大な魔物たちを。
さらに遥かに上回る大きさの魔物が、それらを喰いばみ〝桁外れの食物連鎖〟を起こす――
あまりにも規模の大きな光景が広がっていた。
「確かにこの場所と比べたら、ゴブリンを倒した地点はまだまだ〝浅瀬〟だったな」
あらゆる種類の音が止まない。
魔物同士が激しくぶつかり合う音。
大地が脈動する音。蒸気が噴出する音。
様々な衝撃で空が切り裂かれる音。
そのすべての音の圧が断続的にアストの小さな身体をびりびりと震わせて。
肌には自然と鳥肌が立っている。
通常の人間であれば、あまりに超次元的な現実から腰を砕き。
立ってもいられないであろう光景を目の当たりにしてアストは。
「ふむ――すごい。すごいな」
まるで誕生日にケーキをもらった子供のように。
感嘆の息を漏らし、大きな目を輝かせた。
「やはりこの世界の現実は、ゲームを遥かに圧倒する」
突如。
どおん、という一際大きな轟音が鳴った。
これまでの音をすべて飲み込むほどの衝撃がアストのいる場所にも届く。
目を凝らして、その音の原因を探ると――
「ほう――【ミノタウロス】か。たしか魔物の中でも『A級』の強さを誇るとあったな」
アストがいる高台から遠く離れた場所で。
大きな【牛型の魔物】が、やはり巨大な〝なにか〟と争っていた。
今も断続的に聞こえる衝撃音は、その桁外れの戦闘の中で生じているようだ。
「ミノタウロスにしては――本で見たよりも随分と大きく色も青黒いが」
アストが違和感を覚えるのも無理はない。
その牛型の魔物は古代種の【エンシェント・ミノタウロス】――A級職と匹敵する強さとされる『A級魔物』である通常のミノタウロスが〝100体〟集まろうが敵うことのない、まさに規格外の化け物だった。
「しかし、妙だな。そのA級が群れをなして、一体どんな相手に苦戦しているんだ?」
この距離でも分かるほどに巨大な角を生やしたミノタウロスが複数体。
徒党を組んで槌型の武具から暴力的に放たれる激烈な攻撃は、いつまで経っても終わることがなかった。
文字通り地形を変えるほどの、他の強大な魔物ですら逃げ出す凄まじい圧の中で。
「よし。見に行くか」
アストは期待に胸を膨らませながら。
ひょいと高台の岩場を飛び降りた。
♡ ♡ ♡
その〝なにか〟の正体はすぐに分かった。
強烈な攻撃を無数に繰り出す古代種のミノタウロスたちの中心にいたのは――
銀色に燃え盛る、巨大な狼――のような存在だった。
「――ほう」
アストですら息を呑むほどの美しさを備えたその【銀狼】は。
文字通りに〝燃える〟毛並みを輝かせながら。
大地を震わすエンシェント・ミノタウロスの大槌による重量攻撃を見事に捌いていた。
「なんだ、あの銀色に燃える生き物は。図鑑でも見たことがないぞ」
アストが目をらんらんと輝かせる。
その先にいる銀狼は、よく見るとその所々に裂傷を負っていた。
「む……ミノタウロスから受けた傷ではないようにみえるが」
まるで鋭利な刃物で切り取られたようなそれらの傷は、見た目以上に深いようだ。
銀狼の動きは、牛型の魔物の攻撃を受け鈍くなる一方だった。
そして遂に――均衡が、崩れる。
『きゃうんっ……!』
うまく連携された攻撃を受け切れず、銀狼は大槌による衝撃をまともに受け吹き飛んだ。
まさに狼種のような悲鳴があがり、そのまま遠くの地面を抉り取りながら激突して止まる。
『うううううううう――!』
なおも第二第三の攻撃を繰り出そうと近づいてくるミノタウロスを、銀狼は唸り声とオーラで牽制した。
しかし、それまで烈々と燃え盛っていた毛並みは今では随分と勢いが弱まっていた。
『ヴモウ』『ヴモウ、ヴモウ!』『――ヴモウ』
古代種のミノタウロスたちが、低い音で互いに意思疎通を図った。
その視線の中心で。立ち上がろうと力を込めた銀狼の足が――ふらりと揺れた。
その一瞬を見逃さず。
巨大なミノタウロスが群れで一斉に飛びかかった。
『――っ!』
既に限界を迎えていたのであろう。
銀狼の瞳が、まるで自らの〝終わり〟を覚悟したかのように生気を失くすと――
その場に大きな音を立てて倒れこんだ。
『ヴモオオオオオオ!』
すでに意識を失った銀狼に対して。
古代種のミノタウロスはひとつも躊躇うことはなかった。
徹底的に叩き殺そうと、びりびりとした殺意をたぎらせる圧撃が迫る中で。
「楽しそうだな。俺も混ぜてくれないか?」
淡々とした少女の声が、響き渡った。
『ヴモ!?』
ミノタウロスたちの巨躯が、勢いよく振り下ろされた大槌ごとぴたりと止まる。
正確には、動かそうとしても。
その先に突如として現れた――自らの膝下にも満たない小さな少女の圧にあてられて。
それ以上動くことができなかった。
『ヴ……モ……ッ!』
明らかな〝異変〟を感じたミノタウロスたちは、顎から冷や汗を滴らせながら互いに目くばせをして。
その場から大きく後方に飛びのいた。
「む、なんだ。止めてしまうのか」
少女は残念そうに眉を下げる。
「せっかく遊べると思ったのだが――仕方ない。俺の方から行こう」
『ヴモッ!?』
突如、魔物側が一切想定しきれなかった速度で。
少女は地面を蹴って、ミノタウロスとの距離を詰めた。
『ヴ、モ――』
反射的に大槌を振るうが、間に合うはずもない。
生命の危機を即座に感じた古代種の渾身のひと振りが。
少女の小さな体躯に届く前の、秒にも満たない間に。
この世の時間を止めうるほどの美少女――アストは。
果ての見えない広大な空間が広がる頭上へ。
そこを埋め尽くす莫大な規模の≪魔法陣≫を〝古代ルーン〟を用いて展開させると――
目の前のエンシェント・ミノタウロスの一匹に狙いを絞って。
先ほどゴブリンを巣ごと消滅させた≪古代魔法≫をぶっ放した。
『ヴモオオオオ!?』
衝撃を一身に受けたミノタウロスが、けたたましい叫び声と共に吹き飛んでいく。
そして桁外れの力を持つ古代の魔物たちの闘乱にも耐えてきた〝最深階層の迷宮壁〟に巨大なすり鉢状のクレーターを作って――止まった。
しかし。
『ヴ、モ……!』
その牛型の魔物は。
土煙の中からふらふらと立ち上がってきた。
相応のダメージは負っているが、致命傷には遠そうにも見える。
「ほう――!」アストの髪がぴこんと跳ねた。「今のを受けて立ち上がるか。流石は最深階層の〝A級魔物〟といったところだな」
それどころか、実際は目の前の巨大な魔物は。
A級を遥かに超えた〝古代〟の実力を持つことを少女は知らないまま。
言葉とは裏腹に、楽しげなトーンで続ける。
「今の魔法が効かないとなると、いよいよ難しいな。どうしたものか――む?」
珍しく弱気な言葉を口にしたアストはその途中で。
背後で気配を消していたエンシェント・ミノタウロスの攻撃を――喰らった。
「――っ!」
轟音と共に小柄な身体が吹き飛んでいく。
その先にそびえたっていた岩山に激突し、どうにか止まった。
『ヴモッ』
古代の魔物が満足そうに短く息を吐く。
その不気味な視線の先の〝衝突〟の跡から。
アストは立ち上がって。
――口角を上げた。
「ふむ。楽しい。楽しいぞ――やはり俺が憧れた現実はこうでなくてはな」
言いながらアストは、衝撃で汚れてしまった深緑色の外套をはらりと。
脱いだ。その中から露わになった少女の美貌に――
『――!』
魔物ですらも息を呑んだ。
「おい、牛」
『ヴ、ヴモッ!?』
古代のミノタウロスが驚いたように白眼を見開く。
「お前ら以外に牛がどこにいる」アストは続けて、「俺の知る限り、牛というのは〝旨い〟と相場が決まっているんだ」
ミノタウロスは言葉を理解しているのか、顔を険しく歪ませアストの動向を睨んでいる。
「だから〝さっきの反省〟も活かし、素材を消し飛ばさないよう加減をしてみたのだが……やはり微調整は俺には難しくて困っていたんだ」
アストは自らの手を二三度開閉させながら言った。
「だから、お前らが丈夫そうで俺は嬉しいぞ。細かいことは気にせずに――全力で蛇口を捻ればいいだけだからな」
『『――ヴモッ!!!!?』』
そこで漏れ出た少女の明確な殺気に。
ミノタウロスたちの全身が逆立った。
『『……ヴ、ヴモオオオオオオオオオオ!!!!!』』
怒りではない。
〝圧倒的な強物〟であった自分たちをはじめて襲った〝圧倒的な恐怖〟――
それを振り払うかのようにミノタウロスたちは叫び狂い。
アストに向かって大槌を振るった。
その全力の攻撃を華麗に躱しながら、彼女は淡々と言う。
「大槌はもう要らん、理解ったからな」
言いながら少女は小さな手を駆使して、一、二、三、――
相手の数に合わせて十以上。
まるで夢の世界かのように大きく光輝く≪魔法陣≫を空に展開させた。
「思えば初めてかもしれないな。ひとつの手加減もなく、俺の≪古代魔法≫を試すのは」
はち切れんばかりの魔力の輝きに照らされたアストの表情は。
好物の菓子を目の前にした子供のように――無邪気に煌めいていた。
そして。
「〝牛の味見〟は、お預けだな」
おかずの載った皿に箸を伸ばす時のような気楽さで。
ゴブリンの時とは、比較にならない規模の魔法攻撃を――
一斉に撃ち放った。
『『『ヴモオオオオオオオオッ――!』』』
今度こそミノタウロスたちの叫びは〝断末魔〟となって。
巨大な身体と共に、魔力砲に飲み込まれて消滅した。
「ふむ……しまった」
しかしアストは。
やはりどこか納得のいかない様子で。
「力を入れすぎて途中で蛇口が壊れたようだ」
まだ完全に開き切れていない、などと末恐ろしい言葉を呟きながら。
ミノタウロスを前に意識を失い、地面に大きく倒れこんだ【銀狼】の方を見やった。
「息はあるようだが――随分と衰弱しているな」
アストは銀狼に近寄って、その身体に手をやる。
あれだけ激しく燃え盛っていた毛並みは見る影もなく。
今や体表の一部でふらふらと弱々しい炎がゆらめいているだけだった。
「ふむ。俺の古代魔法は〝治す〟のは苦手なんだ――加減が分からず、すぐに壊してしまいそうでな」
などと不穏な理由を言いながら。
どうしたものか、と思案していると――
突如、銀色の狼の巨体が輝き始めた。
「む、なんだ、この光は――」
溢れ出た光は銀狼の身体を包み込むように覆っていく。
やがて、その輪郭が小さくなっていった。
「……む?」
あれほど巨大だった銀狼の体躯は、今ではアストより一回り大きいくらいの〝人型〟になっている。
眩く暖かな発光は、次第に弱まっていった。
その光の中から現れたのは。
「む――むむ……?」
アストすらも二度見する――
〝裸の女の子〟だった。
裸の女の子でした!
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