STAGE 2-1;遊び人、帰還率ゼロのダンジョンに潜入する!
はるか昔。すべてが存在しなかった頃。
虚無の中に生きる孤独な【少女】がいた。
ある時、少女は祈った。
――光あれ、と。
こうして虚無は『光』に照らされ――『世界』が生まれた。
しかし彼女の祈りは、光に照らされない『闇』も同時に生み出した。
光の中からはやがて『神様』が誕生し。
闇からは『邪神』が這い出た。
続いて神様は『天使』を創ると。
邪神も『悪魔』を生み出した。
相反する存在は対立をして。
――世界は戦火で満ち溢れた。
♡ ♡ ♡
「ふむ。ここが〝北の大穴〟か」
ティラルフィア領を北上し向かった先の大地に。
大穴は突如として現れた。
アストの住んでいた貴族館がそのまますっぽり入ってしまうほどに巨大で。
何よりその深さは――
「確かにこれは、底が見えないな。そのまま星の底にまで繋がっていそうな深さだ」
――決して人類が踏み入ってはいけない場所。
エレフィーがそんな風に例えていたが、実際に大穴を目の当たりにしてその理由が理解できた。
周囲に人や魔物どころか一切の生物すらも寄せつけない、黒い穴の底から発せられる異次元の圧。
絶対に太刀打ちできない〝なにか〟がそこには巣食っている――
そう確信させるだけの気配が穴にはあった。
――そんなもの、どうしたって。
「わくわくしてしまうな」
アストは頭頂の髪の毛をぴこぴこ揺らしながら呟いて、周囲を見渡す。
「さて、どう降りたものか」
よく見ると穴の随所に〝降りようとした形跡〟はいくつもあった。
縁にかかったロープ。黒い底に向けて続いてく足場。
崩れかけたものもあれば、頑丈な作りのものまで様々だ。
しかし、それらを使って〝地の底〟に挑んだ者はだれひとりとして戻ってきていない。一方通行の到達手段だ。
「む、これは比較的新しいな」
ぐるりと穴の辺縁を歩いていると見つけた。
ひと際深く地面に打ち付けられた巨大な杭のような構造から巻き出された〝ワイヤー〟が底に向かって降りている。
金属と縄が組み合わさったその素材は、手触りからしてもかなり丈夫そうに思えた。
しかし――
「ふむ、どの方法も時間がかかりそうだな。面倒だ」
アストはそう呟くと、こきこきと小さな身体を鳴らして準備運動を始める。
そして――
「よし、跳ぶか」
それが当たり前の選択肢のひとつであるかのように。
まともな思考の人なら真っ先に外すどころか。
思いつきもしない〝規格外〟な選択肢を呟いて。
とてとてと小さな歩幅で後ろに下がると、そのまま助走をつけて――
底の見えない暗い穴に向かって。
ひょいと跳んだ。
「どうせ先は同じ〝地の底〟だ。それならこれが――いちばん早い」
少女の小さな身体は重力に従って、どこまでも。
――落ちていく。
♡ ♡ ♡
「ようやく着いたぜ……!」
アストが穴に文字通り〝飛び込んだ〟のと同時刻。
〝比較的新しい〟とアストが称したワイヤーを頼りに、四人のパーティが大穴の底に降り立っていた。
「まったく……どれだけ降りても果てが見えなかったわ」とローブに身を包んだ【魔導職の女】が疲れ果てた様子で言った。
「小国を一周するくらいの補助紐を用意したのはやりすぎかと思ったけど、全然そんなことなかったね」少年のような見た目の【僧侶】が続く。
「しかしようやく……ここが穴の〝底〟か」拳を鳴らしながら屈強な見た目の【武道職の男】が言った。
「ああ――これでオレたちは〝伝説〟に一歩近づいたんだ」パーティを率いる【剣士の男】が言った。
その〝伝説〟という表現に、一同の表情が期待めいていく。
「ここから先は数多の冒険者を吞み込んできた最凶最難の地下迷宮だ! 何が待ち受けるか分からない、常に気を引き締めておけ。これはギルドの管轄を超えた帝国直々の機密調査任務だ!」
剣士の男の言葉に、屈強な男が片頬をあげて答える。
「なあに、流石に今回ばかりは心配ねえさ。帝国が誇る『魔導職ギルド』と『武道職ギルド』から選りすぐられた我らは、間違いなく過去の調査隊至上〝最強〟のパーティだろう」
「とかなんとか言ってたら」ローブの女が余裕のある表情で言う。「早速おでましみたいね」
僧侶の少年がランタンを掲げて振り返ると――
「はっ! なーんだ、〝ゴブリン〟か」
ギギッ、と声を上げる魔物がそこにはいた。
人間の下半身にも満たない大きさで、耳は鋭く尖っている。
刃こぼれをした短い鉈を手に持ち、禿げ上がった頭には燃える灯籠の炎の影が怪しく揺らめいていた。
『ギ、ギギッ』
ゴブリンは人間たちのことを注意深く観察しているように見える。
「なんだか拍子抜けね。帰還率ゼロの大穴の底に、こんな雑魚がいるなんて」
「はっ! とっととやっちまおうぜ」
「ああ、任せておけ」
『ギ!? ギッ!』
剣士の男が背負った巨大な刀剣を抜き取り、ゴブリンの方に近寄っていく。
その小さめの魔物は怯えるように二三歩あとずさりをした。
「確かに記念すべき最初の遭遇だ。せっかくならもっと強い魔物と相まみえたかったな」
構えた剣を振るおうとした刹那。
ゴブリンが――跳ねた。
「……あ?」
目にも止まらぬ速さで、剣士の男の横をゴブリンはすり抜けて。
「ギャッ!」
遅れて短い悲鳴と何かが地に落ちるような鈍い音が聞こえた。
剣士の背中に生暖かい飛沫がかかる感触がある。
おそるおそる振り向くと、そこでは。
「……え?」
〝雑魚〟であるはずのゴブリンが。
後方で余裕の表情を浮かべていた僧侶の少年を――
まっぷたつにしていた。
「い、いやあああああああ!!!!!」
ローブの女が悲鳴を上げた。
『ギイ、ギイ、ギイ……』
ゴブリンは血肉のついた刃先を不気味な舌でべろりと舐めあげると。
ゆっくりと他のパーティの様子を伺うように近づいてきた。
地面に転がった灯籠のあかりに照らされたそのゴブリンの肌は――
今までに見たことのない、怪しい〝青色〟だった。
「青色の、肌? ――まさか!?」
剣士の驚愕と同時に、全員が叫んだ。
「「エンシェント・ゴブリン――!?」」
それは現代よりもはるか昔。
世界に災厄が満ちていた〝古い時代〟に猛威をふるった〝古代種の魔物〟が。
帝国最強の人類の前に立ちはだかった。
新章突入! 帰還者ゼロの〝北の大穴〟にアストが挑みます!
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