STAGE1-14;神童、わるいやつらに狙われる!
「アストちゃんが『遊び人』の職業を授かった――これは変えようがない事実よ。でも……それがなんだというのですか」
ティラルフィア家の次女・エレフィーの部屋にて。
その主である彼女が言葉に力を込めた。
「どんな『職業』だって、アストちゃんが私の大切な家族で――大好きな妹であることには変わりません」
「先日の一件で耳が痛いお言葉ですが……わたくしめも心からそう思って、おります……!」机を挟んで対面に立っていたベジャクリフがどこか申し訳なさそうに続いた。「アスト様はわたくしめが愛するお家の、愛すべき御令嬢のおひとりにございます」
わかってるわ、とエレフィーは優しく付け足して、「けれど……〝外野〟は黙ってはいないでしょうね」
「仰る、通りかと」ベジャクリフが口を結んでうなだれた。
「ただでさえ、ティラルフィアを伯爵家に押し上げた『S級職』の父様と母様を失い〝没落家〟とまで揶揄される中、鳴り物入りの三女が『不定職』――うちを貶めるには絶好の材料になりかねないわ」
「懸念は他にもございます……! アスト様の天をも狂わす〝ご美貌〟はすでに多くの耳に届いております。それが有力な魔法を持たない『不定職』を授かったともなれば、アスト様を狙って悪用しようとする輩にいつ出くわすか――」
ベジャクリフが困ったような表情で続ける。
「加えて、昨今の〝帝国〟の動向も気になるところです……!」
大陸の東側を支配する〝真人族〟の国家は、大きくふたつに分断されていた。
北の〝帝国〟と、南の〝王国〟――
ティラルフィア家は南の王国領に属している。
臣民を大切にする穏和な〝王国〟に対して、〝帝国〟側は徹底的な武力主義を貫いており両国の間に争いは絶えなかった。
激化する戦火の中、一時は不戦条約も結ばれた。
しかし前皇帝の逝去に加え、王国が誇った最大戦力――『S級職』のティラルフィア家当主も失ったことをきっかけに、帝国側からの不法侵略が相次いでいるらしい。
「不戦条約など気にもせず、隙あらば戦を仕掛ける帝国の横暴っぷりは腹に据えかねます……! アスト様の騒動で、ティラルフィア家が不穏な渦中に巻き込まれなければいいのですが……」
不穏な空気を助長するように、窓がかつかつと叩かれた。
開けると外から小さな鳥のような生き物が飛び込んでくる。
『召喚士』を職業とするベジャクリフが使役する召喚獣だ。
「なにかあったの?」
召喚獣はベジャクリフの肩に止まると、耳元で小さく鳴いた。
「な、なんと……! エレフィー様、その……」
ベジャクリフが申し訳なさそうに目を伏せて報告した。
「この流れで大変申し上げにくいのですが……さっそく〝虫〟が沸いたようにございます」
♡ ♡ ♡
あたりは暗く、寝静まっている。
「おい! 噂の『遊び人』の小娘の部屋はここでいいんだな」
「へえ、間違いありやせん……あとは別動隊からの合図を待ちやしょう」
ティラルフィア家の館に不穏な影が忍び寄っていた。
複数人の男たちが領館の外壁――ちょうどアストの部屋の前で密談を行っている。
男たちは全身を黒い衣服に包み、闇夜にすっかり紛れていた。
彼らの前方に広がる庭園は月明りに照らされて。
咲き乱れた白い花々と怪しげな男たちとの対比はひどく不調和に映る。
「ちっ! 団長も何を考えてるんだか……〝没落地〟のガキ一匹連れ去るのに『A級職』を含めた〝夜蜥蜴〟が誇る精鋭部隊をまとめて遣わすとはな」
明らかに過剰戦力だろうが、と男は舌を打ちながら続ける。
「まあしかし……噂じゃ今回の『遊び人』は超がつくほどの美少女らしい。とっとと仕事を終わらせて、先に味見としゃれこむか」
「そ、そんなことすりゃまた団長に怒られちまいますぜ」取り巻きの男のひとりが言った。
「なあに、道中で暴れたことにでもすればいい――どうせ『最下級職』に人権はないだろう?」
「そりゃ」「確かに」「ちげえねえ」
周囲の男たちが、声を押さえるようにくつくつと笑い始める。
そんな集団に向かって、声が掛かった。
「あああ、あの……お取込み中に失礼いたします」
そこには白い花と同じく月明りに照らされて、初老の男がひとり。
立派な髭を蓄えているが、仕草から滲み出る人の良さのせいでどこか弱々しい印象も受ける。
「あ!? なんだお前は、いつからいた? 気配は完璧に消したつもりだったが」
黒ずくめの男たちが驚いたように言った。
「ええ、それは……この子が教えてくれましたので」
初老の男の肩で、鳥型の生き物がぱたぱたと翼を広げた。
「ほう――『召喚士』か。珍しいな」リーダー格の男が口笛を吹きながら言った。「この館の使用人か? 爺のくせに夜更けの見回りとは恐れ入るな。ここの領主様は相当人手が足りないと見える」
くくく、とふたたび取り巻きの男たちが笑った。
「まあいい、見つかったなら仕方がねえ――〝夜蜥蜴〟の名に覚えはないか?」
男が胸部に彫られた紋章を見せつける。
「ほう! あなたたちがご高名な……! 帝国南部を拠点に活動する盗賊団。なんでもその商談相手は――帝国貴族自身も多いのだとか」
「それはオレたちの大切な〝お客様〟の情報だ。頷くことはできないな。ただ……なぜかオレたちが罪を犯しても、帝国は見て見ぬふりをすることが多いんだ。なんでだろうな?」
にたにたと厭らしく笑いながら男は続ける。
「まあしかし……そこまで分かってるなら話は早い。単刀直入に言うぜ。アンタのところの〝嬢ちゃん〟を寄越してくれないか?」
初老の男の眉がぴくりと動いた。
「『最底辺職』とは不運だったな! なあに、どうせすぐに追放されるんだろう? だったらオレたちが有用に使ってやるよ。厄介払いもできて一石二鳥じゃねえか」
ふう、と初老の男――この館の執事であるベジャクリフは溜息をついた。
「すこしは〝交渉の余地〟も残すつもりでしたが――その必要はなさそうですね」
「あ? 何を言ってる。交渉で優位に立ってるのはオレたちの方だろうが」
「優位……?」ベジャクリフは男の言葉を繰り返して、「はて……優位という言葉は〝相手より上の立場〟という意味合いだと思っていたのですが……ちょうど今のわたくしめのように」
「……あ?」男はひと際大きな舌打ちをしてから指示を出す。「おい、お前ら! このわきまえねえ糞翁に痛い目見せてやれ」
「………………」
しかし。
命令された部下の男たちからの返事はいつまで経ってもなかった。
「……おい? どうしたんだ」
苛立ちを口調に滲ませながら。
リーダー格の男は横を見た。
「ちっ! 返事くらい――」
部下たちは間違いなくそこにいた。ただ――その表情はまるで覇気がないように、目を虚ろにしている。
黒い衣服に身を包んでいるせいで、闇夜にはその〝顔だけ〟が空中に浮かんでいるようだ。
そんな空虚な表情を浮かべる部下たちの顔が――
ごとりと。地面に。
「――あ?」
落ちた。