STAGE 1-11;神童、全国ニュースになる!
――遊び人。
それは職業が重視されるこの世界において〝最底辺〟の象徴となる職業。
使える魔法は《発情》《酩酊》《無気力》《中毒》《堕落》など、自らに状態異常をかけるものばかり。
さらにデバフは周囲にも波及し、人類に不利益しかもたらさないと忌み嫌われる。
そんな『遊び人』の職業を発現したが最後。
その者はすべての社会的地位を剥奪され。
以後は周囲からありとあらゆる差別の対象として、不遇の人生を歩まねばならないという――
♡ ♡ ♡
「アスト様の職業が――『遊び人』……!?」
礼拝堂の中がざわつきはじめる。
驚愕というよりは、あまりにも想定外な事態に理解が及ばず混乱しているようだった。
『まさか遊び人って、4つの基本系統職から外れた不定職の……?』
『アスト様に限ってそんなこと』
『S級職のご血統でなぜ……?』
どよめきは群衆の中で広がっていく。
『信じられるか! 遊び人といやあ、正真正銘の最底辺職じゃねえか!』
『中には一部のマニアから性的な奴隷として人気だというが……』
『逆に言えば、それくらいしか生き残る術を持たない不遇職で』
『どんな差別的な扱いを受けても見て見ぬふりをされる、社会の不要物――!』
不穏な空気をたしなめるように、エレフィーが大きな声で言った。
「なにかの間違いでしょう? ベジャクリフ!」
「い、いえ! 何度も確かめたのですが……」
執事のベジャクリフがあたふたと挙動不審に答える。
「媒介水晶の魔法陣は間違いなく……『遊び人』を示しておりまして、その、あの、ええと、……し、神官殿! い、いかがか!」
焦りを誤魔化すように神官に振ったが、彼はなにも答えずにいる。
「神官殿! どうされました?」
よく見ると神官は白目をむき顎を開いて、自我忘失したように意識を飛ばしていた。
「し、神官殿ーーーー!?」
建物内は騒然としている。
想定しうるあらゆる種類の喧噪が飛び交う中で。
「ふむ。なにやら騒がしいが――」
〝張本人〟であるアストが。
いつもと同じ落ち着いた口調で言った。
「俺の職業が『遊び人』だったことは、そんなにいけないことなのか?」
すかさずベジャクリフが答える。
「当たり前です!」
巨大なハンカチでも拭いきれないほどに汗を垂らしながら、執事は言葉を続けた。
「通常の家庭ですら頭を抱えるほどの大問題ですのに、血統を何より重んじる貴族家に『不定職』が出たとなれば――〝追放〟となるのが世の常です……!」
あまりの出来事で頭に血が上っているのだろうか、興奮のままにベジャクリフは話す。
「それにしてもなぜアスト様が……? 御学業も体術もすべての分野において〝抜群〟に優秀な成績を収められ……た、確かに貴族令嬢としてのお振る舞いにはいささか問題はありましたが……〝神様への御祈祷〟も毎日敬虔に続けられていましたのに……!」
「む? ああ、そうだな」アストが淡々とした口調で答える。「〝神様〟には毎日ちゃんと――ご飯のおかずのことを祈っていた」
好きな食べ物が出るようにな、と付け足すアストに向かって。
「それですよおおおおおおお!」とベジャクリフが絶叫した。「……って、そんなわけがありますか! 確かに不躾なことではありますが、それくらい神様からしたら可愛いものです……というか! 食べたいお食事があれば我々に直接言ってくださればいいでしょうに……!」
ごもっともな意見に対して、アストは目を逸らし頬を染めながら言う。
「む……そ、それだと少し……恥ずかしいではないか」
「「「絶対に遠慮するところ間違ってます!!!」」」
たまらず周囲のメイドたちが突っ込みを入れた。
「うう……いずれにせよ原因がさっぱりです……」
ベジャクリフは腕を組み首を捻りながら、その場を何度も往復し始めた。
「まさか本当に御祈祷で他事を考えていたせいで……? いやいやそんなまさか! 水晶にひびを入れたことも関係あるでしょうか……? ああもう! とにかくも!」
頭をぶんぶんと振って、執事が区切りをつける。
「理由は現時点で分かりかねますが――これが〝大事件〟であることには変わりありません……!」
彼は引き続き。まくしたてるように。
「よりにもよって!」
周囲のざわめきに紛れながら。
勢いに任せて。
「S級職の家系であるティラルフィア家に!」
通常の精神状態であれば。
絶対に言わないであろう言葉を――口にした。
「――『最底辺職』が出てしまったのですから!」
「ベジャクリフ!!!!!!!」
エレフィーが怒気を込めて叫んだ。
「ひっ!」
ベジャクリフが短く悲鳴を上げる。
ようやく頭に上った血が醒めたのか、自分が結果的にアストのことを貶めるような発言をしたことに気づいて――全身をわなわなと震わせ始めた。
「ももももも……申し訳ありません、アスト様……! そんな、つもりは……」
――将来を期待された伯爵子女の職業が、最底辺職と巷でされる『遊び人』だった。
その衝撃ははかり知れず。
想いの強弱はあるにせよ、周囲の皆もベジャクリフと同じような不安を抱いていた。
「すすすすみません、アスト様、すみません……ああ……わたくしめはどうすれば……」
顔面を蒼白にして必死に頭を下げるベジャクリフのことを。
その場のだれも咎めることはできなかった。
♡ ♡ ♡
祝祭の熱気に包まれていたティラルフィア領地は瞬く間に消沈した。
その後に予定されていた領民や来賓貴族へのお披露目、遊宴の類はすべて中止となって。
形ばかりの緘口令は敷かれたものの、あまりにも情報が大きすぎる。
――王国の伝説を築いた〝S級職血統〟の伯爵家に『最底辺職』が出た。
そんな噂は瞬く間に大陸全土を駆け巡った。
次回、アストが『遊び人』の魔法を起動させます!