STAGE 1-10;神童、伝説の職業を授かる!
時は流れ。
アストは十五の誕生日を迎えた。
『ティラルフィア領主が三女!』『アスト様が成人を迎えられるぞ!』
『世界を狂わす美貌に加えて』『すでに余りある才能の持ち主!』
いよいよ成人――アストが神様から『職業』を授かるその日。
ティラルフィア領はお祭り騒ぎの熱気に包まれていた。
『一体どれほどの『職業』を授かるか』
『その輝かしい未来を!』『我らがティラルフィア領の行く末を!』
『皆のこの目で見届けようぞ!』
熱狂はまるでおさまる気配がない。
成人を祝う音楽と止むことのない歓声がそこら中で響いている。
「まったく。どこもかしこもアストちゃん一色ね」
ティラルフィア家が次女――現在の領主エレフィーが熱気あふれる街の様子を見ながら言った。
「当然にございますよ!」鼻息荒く執事のベジャクリフが答える。「アスト様の御才覚であれば『特別職』を授かってもなんら不思議ではありません! もしかすれば、半世紀以上不在の『勇者』誕生の可能性も……! だれもが伝説の瞬間を見届けようと、領地以外からも数多の人々が押し寄せています!」
我が領地は安泰ですなあ、とベジャクリフはメイドたちと一緒に小躍りを始めた。
「まだ『職業』を授かる前なのに――まあ、期待する気持ちは分かるけれど」
ふふん、とエレフィー自身もどこか自慢げに呟いた。
「それで? 肝心のアストちゃんは――」
大広間に通じる扉が開いて。
そこからおめかしをしたアストが入ってきた。
「まあ――!」
布をいくつ合わせたか見当もつかないほど豪勢なドレスに身を包み。
頭上には大小様々な種類の宝石を散りばめたティアラ。
化粧もいつもより濃いめになされ、アストの秀麗な顔立ちがよりいっそう妖艶に映えている。
「とっっっっても似合ってるわ! 私のアストちゃん!」
「む、この服装は、動きにくい、な……そろそろ脱いでもいいだろうか」
「だっ、だめですよう……今からが本番なんですから……!」
たまらずアストの後ろでスカートの裾を介助していたメイドのアユが言った。
せっかくの晴れ衣装にも関わらずいつもの調子のアストに、周囲が頬を緩める。
とはいえアストにしても――『職業』を授かる今日のことをずっと心待ちにしていた。
あまり表情には出ていないが、頭上で遊んだ髪の毛はいつもより多めに揺れている。
「大げさな儀式などしなくても、俺は『職業』が分かればそれでいいんだが……ふにゅう」
近寄ってきたエレフィーが、アストの両頬を指でくいと押し上げた。
「ほら、笑顔笑顔! 今日の主役はアストちゃんなんだから。ね?」
「ふ、ふみゅう……」
アストは戸惑いながらも(ほぼほぼ強制的に)こくこくと頷いた。
♡ ♡ ♡
礼拝堂にははち切れんばかりの人が詰めかけていた。
中に入れなかった人だかりが、巨大な門の前で今か今かと大声を上げている。
その群衆が――アストの到着とともに、ふたつに割れた。
『おお――』
『なんとお美しいのでしょう』
『豪華なドレスに、ひとつも見劣りをされていない……!』
できた道の中心を、アストは慣れない足取りで。
ゆっくりと。ゆっくりと。歩いていく。
『どうにか転ばないように』と内心は少しずれた真剣さに満ちていたが。
かえってその表情は〝これから伝説を作る覚悟を決めた少女〟を劇的に演出して。
それまでざわついていた民衆を完全に静まり返した。
「アスト様、アスト様っ」
そのまま真っすぐに礼拝堂へ入ろうとしたアストを。
入口の前でアユが制した。
「……む」
アストは彼女の視線とジェスチャーで何やら察し、くるりと身体を反転させると――
姉からの言いつけを守って、少しだけ。
ほんの少しだけ――口角を上げたあと。
ぺこりと民衆に向かって会釈をした。
その仕草の破壊力は凄まじく。
しんと静まり返っていた民たちを再び熱狂の渦中に落とした。
『アスト様ー!』『やはりどこまでもお美しい!』
『期待しています!』『食べてしまいたい!』『ティラルフィア領は安泰だ!』
などと割れんばかりの拍手と歓声が周囲に溢れる。
中には変態的な声も混じっていたが、アストの耳には届いていないようだ。
礼拝堂の扉がゆっくりと閉まった。
中にもアストの職業授与の瞬間を見届けようと、数多の人が押しかけていた。
「静粛に! 静粛に!」
執事のベジャクリフが大きく咳払いをした。
「これより成人を迎えられたティラルフィア家が三女――アスト・ティラルフィア様の『職業』授与の儀を執り行う!」
再びあがる歓喜の声を、今度は次女のエレフィーがおさめた。
「それではアスト様、神壇の前へ……!」
神官に連れられるようにして、アストは壇上に立った。
西の方角に組まれた祭壇には白い石像と祭具、お供え物の類が祀られている。
「アスト様、お手を」
その中央に鎮座していた〝水晶球〟にアストは手を伸ばす。
観衆の期待が最高潮に達していた。
だれもが前傾姿勢で目を見開き、アストに職業が降りる瞬間を見つめている。
しかし。
「はて? ……なぜ、何も起きないのでしょう?」
アストは無表情のまま手をかざし続けている。
やがて、その水晶に――〝ばきん〟とひびが入った。
「「っ!?」」
「な、な……! 世界でも最上級の硬度を誇る〝媒介水晶〟になぜ亀裂がっ!? 不吉な……このようなこと、初めてですぞ……」
慌てる執事や神官のことは気にせずに。
アストは気づいたように不穏なことを呟いた。
「む? ああそうか、魔力を注がずにただ手を置くだけで良かったのか」
アストは仕切りなおして。ふたたび水晶に手を触れた瞬間。
〝眩いまでの光〟が周囲に放射された。
周囲にいた人々がそのあまりの光量に目を覆いのけぞる。
「こ、これほどまでの御威光、見たことありません――!」
永遠に続くように思えたその光の乱舞はやがて止み――
水晶玉の中に、アストの『職業』を示す魔法陣が浮かび上がった。
「こ、これは――!?」
神官が期待とともに水晶玉の中の魔法陣を確かめる。
しかしその表情は――数秒後に見事なまでに〝硬直〟した。
「こここここ、これ、は……?」
二度見。五度見。七度見を繰り返して。
それでも信じられないように神官は目をこする。
手にしていた書本をぱらぱらとめくって。
何度もそのページに刻まれた絵と、実際の魔法陣とを見比べた。
その表情には無数の冷や汗が滴っている。
「いかがされました、神官殿! して、アスト様のご職業は――!?」
未だ目を期待の色に染めている執事のベジャクリフを、神官がちょいちょいと手招きした。
「そんなにもったいぶらずとも! どれどれ……?」
水晶玉に近寄った執事が球の中を確認する。
神官と同様、そこに描かれた魔法陣と本の頁に交互に目をやると。
「――んんんんんなっ!!!?」
彼の全身にも〝無数の冷や汗〟が伝染した。
「んなっ、んなっ、んなっ……!」
となにやら奇怪な鳥のような声を上げてベジャクリフは後ずさり。
そのまま腰を抜かして地面に倒れこんでしまった。
「一体、なにがあったっていうの?」
エレフィーがため息交じりに席を立った。
「エ、エレフィー様……! 見てはなりません!」
執事の忠告を無視して、彼女はひび割れた水晶の中に浮かんだ魔法陣を覗いた。
「この期に及んでなにを言っているのよ。ええと、アストちゃんの『職業』は――」
そして彼女は。
ベジャクリフたちが言葉にするのも憚ったその職業の名前を――
口にした。
「あ……『遊び人』……?」
まさかの〝最底辺職〟――!?