STAGE 1-8;神童、苦労する!(苦労するとは言ってない)
雨はまだ止まない。
勢いは次第に増し、黒い雲にはごろごろと雷鳴が混じるようになっていた。
稲光とともに突如轟いた雷音で、エレフィーは目を覚ました。
「いけない、いつの間にか寝ていたみたい」
エレフィーは書斎の机に突っ伏すような形で寝落ちしていたようだ。
上半身を起こすと、身体からばきばきと音がなった。
「いたた……根詰め過ぎるのもよくないわね。それにしても」
エレフィーは昨日のアストの衝撃を思い出して呟く。
「あれは夢じゃなかったのよね」
ふう、と期待と不安が入り混じった溜息をして机から立ち上がった。
「アストちゃんの才能が怖いわ。一体将来はどんな『職業』を授かるのかしら。もしかしたら『特別職』だって――」
呟きながら窓を振り返って外を見る。
暗雲が立ち込めて空は随分と暗いが、どうやら時間的にはとっくに朝になっているらしい。
エレフィーは二三度の伸びのあとに深呼吸をひとつして。
簡単な支度をしてから部屋を出た。
♡ ♡ ♡
廊下に人だかりができていた。アストの部屋の前だ。
メイドたちが心配そうな表情で扉をノックしている。
「どうかしたの?」
「あ、エレフィー様!」その中にいたアユが掠れるような声で言った。「……アスト様が部屋から出てこないんです。中から鍵がかかっているみたいで」
「部屋から……アストちゃん? どうかしたの?」
エレフィーは怪訝な表情を浮かべてから、扉越しに声を上げた。
「もしかしてうまくいかなかったのかしら」
アストに課した硝子玉の課題のことを思い出してふと呟く。
「アストちゃん? もし、昨日のことで気を落としてしまっているのなら――気にすることはないわ。本来なら神様のご加護を授かって、長い時間をかけてようやくひとつを回せるようになる修練なのよ。だから安心して――」
諭すように話していた途中、突然がちゃりと鍵の開く音がした。
「「っ! アスト様!!!」」
メイドたちが安堵の声をあげた先で。
皆の心配とは対照的に、いつもと変わらない澄ました様子のアストが部屋から出てきた。
「む、エレフィー姉様。ちょうど良かった、今から報告にいこうと思っていた」
「……アストちゃん、あなたもしかして一晩中やっていたの?」
アストは当然のようにこくりと頷いた。
徹夜をした割にはその表情には疲れが一切見えない。
達成感もあるのだろうか、むしろ肌の色艶に磨きがかかったようにすら思える。
「まったく。あまり根詰めすぎないようになさい――ま、私も人のこと言えないけど」
エレフィーはまだ重さの残る自分の瞼に手をやって続ける。
「それにしても……意外に時間がかかったわね。アストちゃんなら、またすぐに達成して私を驚かすのかと思ったのだけれど」
「ああ、そうだな。最初のうちは失敗ばかりだった」
「……ふふ、そうよね。いくら〝神童〟でも同じ親の子だもの。苦手なことくらいあるわ」
〝失敗ばかり〟というアストらしからぬ言葉を聞いて、エレフィーはどこか安堵したように言った。
「それでも一晩でできたなら充分早い方よ。私ですらひとつを安定して回せるまで一週間はかかったんだから」
「姉様でも苦労したんだな。俺の場合は――魔力を硝子球に送り込むところが大変だった。すぐに壊れてしまってな」
「あらあら。案外最初でつまずいたのね――って、え……? 壊れる……?」
玩具のようでも一応は万人が扱う魔道具だ。
魔力練度を高めるための魔道具なのに、その魔力を注ぎ込んだら〝壊れる〟など聞いたことがない。
「苦労した分、姉様に早く見てほしくてな」
不穏な言葉と同調するかのように、大きな雷鳴が轟いた。
「待って、アストちゃん――私、なんだか嫌な予感がするわ」
そんな呟きは雷にかき消された。
怯えるように顔を引きつらせるエレフィーに対して。
アストは無情にも思えるほど淡々と扉を開けた。
「時間はかかったが――どうにかできるようになったんだ」
そう言って示した先で広がった光景に。
エレフィーの目と口が。
ゆっくりと。限界まで。開いていく。
そこには――
「ひっ……!」
木箱に詰め込まれていた硝子玉の魔道具すべて――数百個はあろうか。
それらがすべて。
中の独楽が超然たるバランスで回転を続けた状態で。
「――な、」
手を離れるどころか――部屋の空中に所せましと浮遊し。
「んなななな、」
まるで銀河の星々のように。
ぐるぐると円形の軌道を描いて。
「なああああああああ」
完全なる制御下のもと。
完璧なる秩序をもって。
無数の硝子玉が宙で高速回転を続けるという――。
あまりにも〝異常な光景〟が広がっていた。
「なによこれえええええぇぇぇぇぇ……!!!!」
エレフィーの絶叫と同時に。
雷鳴がふたたび轟いた。
稲光に照らされる中でアストは。
「それで姉様――」
当然かのように落ち着いた口調で。
寝不足のひとつも感じられない表情で。
空を無数に飛び回る硝子玉の勢いをさらに強めながら――。
言った。
「この〝次の段階〟というのは、どうすれば良いんだ?」
※ここまでお読みいただきありがとうございます!
今回のお話が面白かったら下部↓より、
星★評価やブックマーク等もぜひ。
(すごくとても支えになります――!)