STAGE 1-7;神童、S級魔法陣を描けてしまう!
「ま……〝真似したら描けた〟じゃないわよ!」
〝神様からの加護〟を授かる前であるアストが〝大賢者の魔法陣〟を完璧に再現したことに対して。
エレフィーが必死に平静さを取り戻しながらも叫ぶ。
「言ったでしょう!? 魔法文字の理解も、魔力操作も〝加護〟が無ければ一生をかけて習得するようなものなのよ……? それをどうして無職業のアストちゃんができているわけ……?」
「む? やはり見よう見まねの魔法陣では不完全だっただろうか……?」
アストが少し残念そうに言った。
「そんなことないわよ! 完璧よ!」エレフィーが悔しそうに拳でばんばんと空を叩いた。「下手すれば私よりも……はっ、そうよ――≪ 鑑定眼 ≫!」
エレフィーは思いついたように魔法を発動させ、眼に魔力を集めた。
見開いた眼でアストの全身をまじまじと見つめる。
――やっぱり間違いないわ。魔力孔はまだ開ききってはいないけれど、確かに〝アストちゃん本人の魔力〟を、自分自身で操って空に描きつけてる……!
あらためてその事実を確認して、エレフィーの背中に冷や汗が伝った。
理解不能の事実は、それだけでは終わらない。
――逆に言えば、魔力孔が不完全な状態の魔力量で『S級職業』の魔法術式の密度に耐え切っているっていうの!? 私ですら、あの短い時間魔法陣を維持するだけで精一杯だったのよ……? そんなの、一体……。
「この小さな体躯に、どれほどの魔力量と技術を有しているというの……?」
エレフィーの驚愕もつゆ知れず、アストは逆に不安げな表情で自らの魔法陣を見直している。
「ふむ……なんとなく〝この辺が悪そうだ〟という予想はつくのだが――やはり魔法文字の意味が分からないことにはな」
エレフィーはそこではっと我に返って、「そ、そうよ。ルーンはどうしたのよ! 何が描かれているか分からないのよね?」
「そうだな、意味は分かっていない。絵柄で覚えたからな」
アストはさらりととんでもないことを言う。
「あの難解な術式を――さっきの一瞬見ただけで〝覚えた〟ですって~……!?」
「ああ」アストは淡々と頷いた。「それに皆が時折使っていた魔法も見てきたお陰で〝なんとなくの規則性〟は見えてきた。だからあとは〝言葉の意味〟さえ教えてくれれば――たぶんルーンも理解る」
「……~~~~っ!!!」
とうとう耐え切れなくなったように。
エレフィーはがっくしと頭を落とした。
「逆に私の方は意味が分からないわよ……どういうこと? 頭が痛くなりそう……っていうか痛いわ。痛い。だってなにひとつ理解が追いつかないのだもの」
ぽつり。上から雨粒が落ちてきた。
アストの魔力は確かに不安定だったのだろうか――雨の訪れと共にルーンが揺らめき始めると、ぱちんと水泡が弾けるように魔法陣は消えてしまった。
「はあ……今なら三つ子メイドの言ってた意味が嫌というほど分かるわ――アストちゃんは紛れもなく〝規格外の天才〟ね」
雨足が次第に強くなってきた。
エレフィーは溜息をついたあと背中を向けると、雨の中に消えていくように歩き始める。
「≪魔法≫の修練に〝卒業〟なんてものは生涯ないけれど――ついていらっしゃい」
「む? 続きを教えてくれるのか?」
アストは頭上の髪の毛をふりふりと揺らしながら、エレフィーの後を追いかける。
――まったくもう、天気のことをアユたちに伝えそびれちゃったじゃない。
エレフィーのそんな文句も、すぐに雨音に紛れて消えた。
♡ ♡ ♡
強まる雨足も気にせず館に戻ると、メイドたちが慌てた様子でふたりを迎え入れた。
お風邪を召しませんように、と服を脱がされると(アストは未だに自分の身体を直視できず、ぎゅっと頑なに目をつぶっていたが)過剰とも思える量のタオルで全身を拭かれる。
「アストちゃんの部屋で待ってて」
そう言い残した姉の後ろ姿を見送り、アストは自分の部屋へと戻った。
♡ ♡ ♡
しばらくして丁寧に三度のノックがあった。
扉から入ってきたエレフィーは、メイドのアユと一緒だった。
がらがらと台車を押しており、その上には彼女がすっぽり入ってしまいそうな大きさの木箱がある。
最後に『よいしょです』と木箱を降ろして一礼をして、アユは部屋から出ていった。
「今から教えるのは〝魔力練度〟を高める訓練よ」
エレフィーが微妙な笑顔を浮かべながら言った。
「本来であれば、成人を迎えてから行う練習なのだけど……」
などと言いながらエレフィーは木箱の蓋を開けた。
そこには――拳よりも小さな『硝子の球』だろうか。
さらに透明な球の中に〝独楽〟のような物体が入っているのが見える。
そんな球体が、箱の中に並んでいた。
「使い方は簡単よ。こうやって硝子越しに魔力を込めて――中の玩具をくるくる回すの」
エレフィーはひとつを手に取って実際にその様子を見せてくれた。
硝子玉の中ではまさしく独楽のように、軸足付きの玩具が回転をしている。
「手遊びの魔道具ではあるのだけれど、魔力を制御する際に必要な技術力が一通り鍛えられるのよ。慣れてきたら――」
エレフィーは続けて、ひとつ、ふたつと掌に硝子球を加えていった。
ぜんぶで4つ。それらを同時に中の独楽を回転させると――
「こんなこともできるようになるわ」
慎重な面持ちで、それらを自らの手から離して床に置くと。
その硝子玉自体も、統率された動きでその場をぐるぐると回りだした。
「おお……! これは面白いな」
様子を見つめていたアストの頭上で、金色の髪がぴこぴこと跳ねる。
「ふう。ざっとこんなもんね」エレフィーが額の汗を爽やかにぬぐって言った。「より魔力練度が高い人なら、私の倍くらいの数を制御することもできるわよ。ま、それには相当の技量が必要だけれどね」
エレフィーは床に転がった硝子玉をひとつ、手に取ってアストへと渡した。
「まずはひとつでいいから、手に持った状態で中の独楽を回せるようになることね」
「ふむ、わかった」
「それじゃ私は執務室に戻るわね。ひとつができるようになったら教えてちょうだい。〝次の段階〟に進みましょう」
こくこく、とまさに新しい玩具を買ってもらった子供のような表情でアストは頷いて。
さっそく掌で硝子玉を転がし始めた。
「ふふ――こうしてみるとやっぱり年相応の子供ね」
扉を閉める時に様子をうかがうと、さすがのアストも中の独楽を回すのに手こずっているようだった。
その様子を見て、エレフィーは安心したように空に息を吐く。
「ふう。これでしばらくは大丈夫そうね」
これは……フラグの気配が……?