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STAGE1-5;神童、貴族マナーでも規格外!


「というわけで、これ以上ウタがアスト様に教えることはありません」


 その後も念のためにと、ウタが持ちうる知識のすべてを詰め込んだ〝最終試験〟にも軽く満点解答を叩き出したアストに対して。


 ウタは片頬をぷくうと膨らませて悔しそうに言った。


「やはりアスト様は天才です。これだけは認めざるを得ません」


「こっちも信じられない話ね」エレフィーが溜息をより深くして言った。「昔から本が好きなのは知っていたけれど……まさか第一書庫の本をぜんぶ読破するんなんて」


 単なる知識だけでなく、それを〝活用〟できるのがすごいんです――とウタが興奮気味に付け足した。


「報告をありがとう、ウタ。それで――あなたもなにかあるのかしら」


「あっ、ええとお……」


 と、どこか遠慮がちにふくよかな胸の前で指先を絡ませるのはアユ。


 三つ子メイドの長女で、職業は文化職系の『琴奏者(ハーピスト)』――たれ目で長髪の彼女はアストの貴族としてのマナー教育担当だった。


「アユは……ふたりの話を聞いて〝アスト様は天才!〟と思っただけなので……特段お話することはないかもしれません、えへへ」


 と、どこか自信がなさそうにはにかみながらアユは言葉を続ける。


「あえてお話することがあるとすれば……アスト様の〝貴族令嬢〟としての立ち振る舞いは――」



     ♡ ♡ ♡



~朝の支度中~


「よし、準備は万端だ。出かけるか」


「ああああアスト様! 服の前後ろ裏表がぜんぶ逆ですう!」



     ♡ ♡ ♡



舞踏ダンスの練習中~


「1、2! 1、2!」


「ふむ。これがリズムに乗るということか」


「ああああアスト様! 右手と右足が同時に出て機械仕掛けの人形みたいになってますう!」



     ♡ ♡ ♡



~上級貴族との謁見時~


「ふわあ。たいくつだな」


「ああああアスト様が! 先方の領主様との会話中にあくびを!」



     ♡ ♡ ♡



~王都のお茶会にて~


「これは美味そうな菓子だな。ふむ。うまい」


「ああああアスト様! そちらは王女様の召し上がる分のお菓子ですう!」



     ♡ ♡ ♡



~交流会の休憩時間~


「やはり日なたぼっこはいいものだな」


「ああああアスト様! ドレスのまま地面に寝転がらないでください! ああああ泥だらけのまま会場に戻らないでくださいいいいいいい」



     ♡ ♡ ♡



「――と、このように。なにかにつけ〝トラブル〟を起こしてばかりで……」


 アユはえへへと気まずそうに言う。


「考え事をされているのでしょうか、会話中に急にぼうっとされることも多く……せっかくの御美貌ですのに、ご自分の身なりや装飾には無頓着で……」


 エレフィーは聞きながら頭を抱えている。


「数秒前に挨拶をした貴族のお名前も間違えられたりと……『興味のないこと』に対しては〝さっぱり〟のようで」


 最後にアユはこほんと遠慮がちに咳をして、まとめるように言った。


「貴族女性としての立ち振る舞い(マナー)は――アスト様には、あまり向いていないかもしれませんね、えへへ」


「えへへじゃないわよ。それを()()するのがあなたの務めでしょう」


「ごっ、ごめんなさいい……」アユがぺこんと大げさに頭を下げた。「アユがいけないんです……せっかくのアスト様の御才能を引き出しきれず……それに、」


 アユはひとつ区切って、


「妹たちと違って、アユは『文化職(下級職)』ですし」


「……っ!」エレフィーが真剣な顔つきになって机を叩いた。「一切関係ありません! 私は〝アユだからこそ〟アストちゃんの教育のひとつを任せているのよ? 二度と私の前で職業の貴賤(きせん)を言わないで」


 成人になると神より与えられる『職業(ギフト)』――それぞれで使える≪魔法≫が異なってくるからこそ、この世界では〝職業差別〟が起きうる。

 アユの持つ『文化系職』は、生活や戦闘に直接関わる魔法を扱うことができず、どうしても他の系統の職業より〝下〟に見られることが多いらしい。


「ご、ごめんなさい……! じゃなくて……ありがとう、ございます」


 それをたしなめてくれたエレフィーに対して、アユが反省しながらも安堵したように呟いた。


「あまりアユを責めないでやってくれ」


 メイドたちの後方から、アストが口を開いた。


「すべては飲み込みが悪い俺のせいだ。それだけじゃなく、俺の失敗の修復(リカバリー)口添え(フォロー)もしてくれて――アユはよくやってくれている。俺が未熟なばかりに、申し訳がない」


 目線を下げて珍しくしおらしい表情を浮かべるその仕草が〝きゅん〟ときたのだろうか、まわりのメイドたちが恍惚の表情でアストに釘付けになった。


「イトとウタだってそうだ。俺はふたりの指導が無駄だったとは絶対に思わない。復習の良い機会になったのはもちろん、知識や体術の基礎を盤石にできる素晴らしい教育だった。本当に感謝している」


「「アスト様……!」」


 ウタがぱあと顔を明るくし、イトはたまらず抱きしめようと飛びかかったところを全メイド勢力をもって阻止された。


「そう言ってくださること」


「教育を任された身として誇りに思います」


「優しいアスト様……!」


「やっぱり」「アスト様は」「神童です!」


 三つ子のメイドがふたたび口を揃えた。


「はあ」


 その様子に、エレフィーが溜息を深くして言った。


「自賛じゃないけれど、父様と母様が確立したティラルフィア家の教育課程は相当に優秀なのよ。それに私だって――〝卒業〟できたのは成人になるぎりぎりだったのに」


 すこし悔しそうに呟いて、彼女は続ける。


「アストちゃんが天才なのは分かっていたけれど、ここまでだなんて……成人までにはまだまだ時間があることだし、それまでひたすら苦手分野(マナー)の指導というのもね」


「そ、それはアユの()()が追いつかないかもしれません……えへへ」


「アストちゃんはどう? 何かこれ以上に学びたいことはある?」


「ああ。それなら変わらず()()()()()――」


 アストはぴこんと頭頂の髪を跳ねさせて言った。


「――≪魔法≫について、教えてくれないだろうか?」




※お読みいただきありがとうございます。

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