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#OPENing STAGE-1;遊び人、お姫様の危機に駆けつける!

 

 小さな頃に憧れたおとぎ話の世界では。


 お姫様の危機(ピンチ)には、必ず王子様が駆けつけてくれた。


「だからきっと、あたしは――()()()()んですね」


 ――だれも助けに来てくれることなく、不条理に。


 少女はそんな皮肉を呟いて、目の前の(いびつ)な光景を見渡した。


「「ご主人、さまぁ……♥」」


 豪華絢爛(けんらん)な部屋の中心の椅子に〝貴族風の男〟がひとり。

 その身体にすがるようにして、妖艶な衣装に身を包んだ複数の女たちが()()を続けている。


 そんな世界は。どうみたって。


「……おとぎ話には、みえませんもの」


 からみつく女たちを乱雑に振り払い、貴族風の男が少女へと近づいてくる。


「ヒハッ! 覚悟は決まったか? 友好種族(エルフ)のお姫さんよ」


 高貴な服装に似合わない乱暴な口調。

 加えて鼻につく(わら)い方をする男だった。


 【エルフの姫】と呼ばれた少女は目を見開く。


「なにをわざとらしく……! 【辺境伯(へんきょうはく)】という立場にありながら、このような不法な奴隷売買に手を染めるなど貴族の恥ですっ!」


「不法? ヒハッ、何を言ってやがる! 娘共(こいつら)は〝自分の意志〟でここにいるんだぜ……? まあ、(ここ)ん中はちょいと(いじく)らせてもらったがな」


 辺境伯は自分の側頭部に指をこすりつけながら、(いや)らしく片頬をあげた。


「『催眠術師(メンタリスト)』――A級の『職業(ギフト)』を神様(カミサマ)から授かったんだ。利用しねえ手があるかよ」


「っ……! みなさん! 目を醒ましてくださいっ!」


 エルフの姫が声をかけるも、辺境伯の周囲に群がる少女たちはきょとんと不思議そうな顔を浮かべるだけだった。


「無駄だ! A級職の《洗脳魔法(スキル)》を『下位職業』の屑人(ゴミ)どもに解除できるわけがねえだろ……安心しな。()()()()()()()()()()()――《 嗜好強制(ブレイン・パペット) 》!」


 辺境伯が手をかざすと、魔法文字(ルーン)の描き込まれた魔法陣が空中に展開された。

 そこから青白い湯気のような光が放たれ、エルフの少女にまとわりついて消える。


「ふあっ!?」と少女が体を跳ねさせた。「……なにを、したのですっ……?」


「ひとつ昔話をしてやるよ」辺境伯が笑顔を歪ませ語りだした。「ここにいる女どもは帝国領に亡命してきた『下位職業』のやつらだ。そのほうがおれ様にとって都合がいいからな……なんでか分かるか?」


 エルフの少女は警戒しつつも、首を微かに横に振る。


()()()()()()詮索されにくいからだ! 故郷を捨てた下位職の血統なんざ、誰が見たって世間の不要物(ゴミ)……ヒハッ! そうさ。こいつらの目の前で、共に亡命をしてきた家族をおれ様は殺した」


 辺境伯は片頬を上げたまま続ける。


「女の父親を。母親を。兄弟(きょうだい)を! ――目の前で(なぶ)り、(ほふ)って、捨てた」


「あ……貴方(あなた)は一体、なにを言っているのですかっ……?」


「まあ聞け。当然、目の前で身内を殺された女は泣き叫んで怒りに震え……おれ様を憎んだ。だから少し《調教(せんのう)》をしてやったのさ」


 辺境伯は奴隷の少女の頭を、不自然なまでに優しく撫でながら続ける。


「抱いた恨みや憎しみ、嫌悪感――そのすべての〝負の衝動〟が〝おれ様への深い愛情〟に変わるようにな! ヒハッ! 最初のうちは頭を抱えて戸惑ってやがった。『殺したいほど憎いはずの相手が()()()()()たまらねえ』――矛盾した感情に振り回されて、そのうち涙を流しながら恍惚の表情でおれ様に媚びへつらってきやがる。最高の娯楽(ショウ)だと思わねえか?」


「っ! 貴方は……どこまで人の尊厳をっ……!」

 

 エルフの姫は震える身体を抑えこむように全身に力を入れる。

 嚙み締めた薄紅色の唇の端から、血がしたたった。


「絶対に許し! ま、せん……あ、れっ……?」


 言葉の途中でふらりと足元が揺れた。

 思考に()()がかかったようになり、呼吸が次第に乱れていく。

 

 ――相手に抱いた〝負の衝動〟を〝深い愛情〟へ変える。


 そんな辺境伯の言葉が少女の頭を掠めた。


「ヒハッ! ああ、そうさ。てめえにも同じ《洗脳魔法(スキル)》をかけてやった」


 エルフの少女は身をよじり、ひどく動揺を始めた。

 自分の想いとは裏腹に辺境伯への嫌悪感が次第に薄れ、代わりに得体のしれない〝あたたかな感情〟が湧き上がってくる。


「ふあっ……どうしてっ? ゆるせ、ないのに……()()()()()……んっ、辺境伯、さま――」


 とろんとした目つきを浮かべるエルフの姫に、辺境伯は勝ち誇ったように言った。


「ヒハッ! あらためて訊くぜ? 気分はどうだ! 高貴な森人族(エルフ)のお姫様」


「は、い……とても幸せで――ふえっ!?」少女はどうにか我に返り、自分が今〝何を考えていたか〟を思い出して頭を抱えた。「い、いやああああっ! あたしの心を、変えないでくださいっ……こんなにも嫌なのに、ううっ……()()()()が止まらなくて――いやあっ、こんなのいやぁ……っ!」


「ヒハハハハッ! いいな、最高の表情だ!」


 少女はとうとう膝から床に崩れ落ちた。

 涙目になり嗚咽を漏らしながらも、絶え間なく湧き出る辺境伯への〝想い〟を我慢できないように頬を上気させている。


「ヒハハハハッ! そのうちおれ様に媚びること以外はなにも考えられなくなる。これから死ぬまで生き恥を晒しながら、悦びに(もだ)えて()くがいい!」


 ――自分には、なんとしてでも〝帰らなければならない場所〟がある。


 エルフの王女として。神様に選ばれた職業を持つ者として。

 そのためなら、どんなことでも受け入れる覚悟はできていた。それでも。


「こんなの、あんまり、ですっ……」


 涙をぽろぽろと流しながら、彼女は。

 届かないと分かっている声で。

 届かないだれかに向けて。

 来るわけのない〝おとぎ話の王子様〟に向けて。


 すがるように。


 祈った。


 ――たす、けて。


 辺境伯の高嗤いが響きわたる中で。


 がちゃり。


 部屋の扉が開く音がした。


 そこから顔をのぞかせたのは――。


「あ? ……なんだ、てめえは」


 随分と小柄な――〝少女〟だろうか。


 頭巾(フード)付の外套は()()()()で表情は見えずにいる。

 衣服の隙間から僅かに覗く肌は雪のように白い。


 その外套をまとった〝だれか〟は睨みつける辺境伯を無視し、()()()()と部屋の中に入ってくると、続いて()()()()()()と周囲を見渡して。


 まるで家の庭を散歩するかのような気軽さで、エルフの少女に話しかけた。


()()()()()にすまない。頼まれて森人族(エルフ)の国の王女様とやらを探しているんだが――それはお前のことか?」


 発した先で世界にそのまま浮かんでいるような――平坦ではあるが〝あどけなさ〟も残る声だった。


「あっ……え、ええと、」


「む? 違うのか。一目で分かる〝長耳の麗人〟と聞いたんだが」


「辺境伯様、辺境伯様ーッ!」


 ふたりの会話を遮るように、部屋の外から声が聞こえた。


 遅れて扉から駆け込んできたのは、慌てた様子の小太りの男だった。


「申し訳ございませんッ! 〝奴隷〟が一匹、こちらに逃げ出したようで……あッ」


 周囲の空気が固まった。

 皆の視線の中心には、その〝逃げ出した奴隷〟であろう外套をまとった少女がひとり。


「……ヒハッ」


 辺境伯は鼻で短く笑ってから、ゆっくり少女に近寄って。


 容赦のない速度で彼女の腹を()()()()()


「ふゃっ!!?」


 唐突に振るわれた暴力にエルフの姫は悲鳴を上げる。


 吹き飛ばされた少女の小柄な身体は轟音と共に壁に激突した。

 衝撃で天井の一部が剥がれ、そこから黒い空が覗く。


「せっかく盛り上がってたのによ、おれ様の愉しみを邪魔しやがって」


「大変ですっ、はやく手当を、うっ……!」


「勝手に動くんじゃねえ!」辺境伯はエルフの少女をたしなめながら、「奴隷がひとつ壊れようが知ったことか。()()()()()()()()()()()。おい! 片づけておけ」


 命じられた小太りの男は焦ったように壁際へ近寄った。しかし。


 瓦礫(がれき)による土埃が晴れた先で。


 壁を抉り取る勢いで激突したはずの少女は。


 ()()()()()()()()()()()、ひょいと身体を起こした。


「んあ? おいおい、どういう理屈だ? おれ様は()()()()()で蹴ったんだ、ぞ……?」


 辺境伯の言葉は途中で切れた。

 三白眼を見開き、ごくりと唾を飲み込む。


 視線の先では少女の頭巾(フード)がいつの間にか外れていた。

 その下から現れたのは――。


 周囲の時を止めうる〝圧倒的な美少女〟だった。


「「っ!!」」


 奈落すらも(きら)めかせる金色の髪。

 罪科(つみとが)すべてを(ゆる)す宝石の如き瞳。

 禁断の果実のように(つや)めく唇。

 

 この世の万物(すべて)から見惚れられたが故に。

 嫉妬に狂った神々により世界の果てへと捨てられた人形のような。


 空虚で、劇的で――絶対なる美少女が。


 そこに立っていた。彼女は言う。


「ふむ。もうすこし綺麗に受け身を取るつもりだったんだが」


 少女は頭上で遊んだ毛をゆらゆらと揺らめかせながら、含みのある言い方で続ける。


「まだ()()()には慣れないな」


「……ヒハッ!」


 口火を切ったのは辺境伯だった。

 彼はこれまで以上に顔を厭らしく歪ませて言う。


「訂正するぜ。〝代わり〟はいなかったかもしれねえ……おい! こいつはどこのどいつだ?」


「は、はッ!」小太りの男が我にかえって、「逃げ出した奴隷の名は【アスト】――違法奴隷商(とくいさき)から買い付けた、つい先日王国貴族を追放されたという一級品ですッ」


「王国貴族を追放――そうか、こいつが〝噂〟の」辺境伯の目が煌めいた。「つうことは聞いた話が正しけりゃ、そいつの『職業(ギフト)』は――」


「はいッ!」小太りの男が食い気味に言った。「まさしく追放された原因となった職業――『()()()』にございますッ」


「ヒハハハハッ! 遊び人だとよ!」辺境伯が天を仰いだ。「そりゃ貴族家から見放されて当然だ! 劣等職すら下回る、何の有益な魔法(スキル)も使えねえ『最下級職業(ゴミギフト)』じゃねえか!」


 ひとしきり笑い終えたあと。


「……しかしそうすると、ひとつ腑に落ちねえんだが」


 辺境伯は仕切りなおすように、三白眼を見開いた。


「その神に見放された〝屑職持ち〟が、おれ様の蹴りでなぜ()()()()()()()()()()()()()?」


 溢れ出る殺気に、ひッ、と小太りの男が身体をすくめる。


 しかしアストという名の少女は。


「さっき言っただろう。〝受け身〟をとったからな」 


「んあ? ……受け、身……だと……?」


 ああ、受け身さえ取れば安心だ、などと。


 彼女は()()()に思えることを。


 当たり前かのように。淡々と。



 言ってのけたのだった。



クール系最強美少女(元・男)による無双ゲームが始まります!


※ブックマーク等してお待ちくださると嬉しいです。

下記↓より、星★での【評価】等も面白そうだったらぜひお願いします。

(更新の励みにさせていただきます……!)

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