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いきなり容姿が変わるとかえって目立ってしまうと考えた私は、少しずつ変化させることにした。
まずは、髪型。
以前は頭の両サイドに三つ編みをつくっていたが、少し髪質が良くなった段階で編み込むのをやめ、そのままストレートで流すようになった。ただの二つ結びと言ったところだろうか。
陽向には「イメチェン?いいじゃん!似合ってる」と笑顔で言われた。すると、周囲の女子たちがざわつき始めたが、その雰囲気を察した陽向がなんとか窘めてくれた。
ほんの些細な変化だと思っていたのだが、気づく人は気づくんだなと感じた。
(私のことなんて、特に誰も注目していないと思ったのに)
陽向は、昔からの付き合いからか私に対して妙に目ざといところがある。彼を欺くのはなかなか至難の業だろう。やはり、最初から大胆にイメチェンしなくて正解だったな、と思うのだった。
ちなみに、雨宮くんはニッコリ微笑んではいたが特に何も言及されることはなかった。
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次に、注文していた化粧品が届いたため、顔に軽くメイクをするようになった。
まだ残っている染みやニキビを隠しつつ、なるべく自然な感じを残す程度に整えた。
私が通っている学校は自由な校風を売りにしているので、メイクは禁止されていない。女子も約7割は普通にメイクしているし、男子でもたまに派手な髪型をしている奴がいる。おかげで、ナチュラルメイクくらいなら特に目立つこともない。
前世では、貴族令嬢の嗜みとしてメイクをすることは日常茶飯事だった。普段はメイドにしてもらうことが多かったが、私の場合それだけでは物足りず、最終的には自分で整えることもあった。王子の婚約者として人前に出るからには、常に完璧でいられるよう夜な夜なよく練習していたものだ。
その時に比べ、今は派手なメイクをする必要もなければ、道具も便利になっているためそこまで手間がかからない。私にとってはおちゃのこさいさいだった。
今回はよく顔を見ないとわからない変化だからか、陽向に気づかれることはなかった。
しかし、雨宮くんはペアワークの際にじっとこちらを見つめていて、
「……」
「……えーっと、雨宮くん?」
「……」
「私、顔に何かついてる?」
「……ううん。ちょっと、顔色が前に比べて良くなったような気がしたから」
と、またもニッコリ微笑まれてしまった。
(……これは、気づいている顔だな)
なんて鋭い観察眼なんだろうか。恐るべし、雨宮冬貴……
やはり侮れないな、この男。と、私は苦笑いをするしかなかった。
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そしてついに、カラコンが家に届いたので、さっそく目に付けて鏡を確認してみる。
(よし、これならいける!)
鮮やかな蒼色は一切見えず、瞳は完全に黒色と化していた。
ただ、カラコンだとバレるとまた面倒なことになりかねないため、通学時にはメガネをかけることにした。念には念を、だ。
通っているのが大学に附属している高校であるため、所謂エスカレーター式で進学できるのだが、その中でも特に優秀な生徒には推薦枠が与えられる。推薦枠に入ると、大学の学費が免除になったり学業面でも優遇してもらえたりと、大学入学にあたってかなり有利になる。
私はこの推薦枠を密かに狙っている。なので、素行が悪いと見なされてしまうと推薦枠に入ることは到底叶わない。そのためにも、カラコンを付けていると周囲にバレてはいけないのだ。
すでに瞳の色のことを知っている、アイツ以外には。
(まあ、陽向には説明すればいっか。事情を言えばアイツならわかってくれるだろう)
さて、カラコンのおかげで目が出せるようになったので、いよいよ大詰めだ。
前髪を切るのである。
幼少期のあの出来事があってから、私は自分の目が外から見えないよう徹底的に前髪を調節してきた。しかし、カラコンという後ろ盾ができた今、恐れることは何もない。
洗面台の前に立ち、ハサミを手にして構える。
「よし、行くぞ……!」
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いじめに遭い、容姿を変えようと決意した日からおよそ3週間ほど経った日の朝。
そこには、前髪を眉に合わせて切り揃え、メガネをかけて堂々と歩く黒目の女子生徒がいた。
(以前は、身を隠すように振る舞っていたから背中を丸めてこそこそしてたけど、同じことをしてたらまた舐められていじめられてしまうかもしれない。だから、)
背筋をしゃんと伸ばし、胸を張って歩く。
この歩き方も、前世で学んだ立ち居振る舞いを生かしている。
貴族令嬢たるもの、常に威風堂々とした姿勢でいなければ周りの者たちに示しがつかない。それに加え、私は公爵家という立場と王子の婚約者という肩書きも背負っていたのだ。並大抵のままでいられるわけがなかった。
(あの厳しかったレッスンが、まさか転生した後で生きることになるとはね……)
人生とは、何が起こるかわからないものである。……そもそも転生している時点でわかるわけがないわね。
そう独りごちつつ、私は登校した。