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こうして、私は穏やかな眠りについた。……はずだった。はずだったのだが。
「まさか転生するとはね……」
前世の人生を一通り振り返った私は、少し休憩。と一旦伸びをした。そこでふと、横の壁についている鏡が目に入る。
しかしまあ、
「今の私は前世と全然似てないわね……」
自分で言うのもなんだが、前世はかなり美人だったと思う。生まれ持った容姿にも恵まれ、公爵令嬢かつ王子の婚約者として堂々としていられるよう、美容にも気を使っていたのである。
だが、自分だけでなく他人にも厳しいというストイックな性格が災いして、周囲からは遠巻きにされることも少なくなかった。
そこでついたあだ名が、
(氷の魔女、スノウホワイト)
きらきらと輝く銀色の髪、何でも見通しているかのような蒼色の瞳、透き通るような白い肌という容姿と、妥協を許さない厳格な性格からいつの間にかそう呼ばれるようになっていた。
そこから段々尾ひれがついて、冷酷だの無慈悲だのと悪い方向に噂が広がっていったのである。冷ややかな眼差しで見つめられると氷漬けにされてしまうとか。少し言い過ぎでは……とも思ったのだが、最終的には本当に性格が歪んでしまったのでなんとも言えない。
そして今世の私はというと、髪は銀色ではなく黒色で、ボサッとしておりハリもツヤもない。わざわざおさげにして誤魔化したくなるのもわかる。肌も荒れていてカサカサだ。染みやニキビも確認できる。
「これは酷すぎるわ……」
地味子と罵られるのも納得だ。でも、
「今からでもしっかり手入れしたら、もしかして少しはまともになれるのでは?」
髪は丁寧に洗えばちゃんとさらさらになるし、肌もきちんと整えれば染みもニキビも消えるだろう。前世ほどではないが、素材は悪くない……と思う。
そして極めつけに、
「目を前髪で隠さないようにすれば……」
前髪を持ち上げると、そこには綺麗な蒼色の瞳があった。どうやら瞳の色だけは前世に似たらしい。
しかしその時、不意に過去の……前世ではなく、今世の幼少期の記憶が蘇る。
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ーーおまえの目、きもちわりぃ。
……そうだ。保育園の時に好きだった男の子から、そんなことを言われたっけ。
今の世界では、瞳の色は黒色か茶色であるのが一般的だ。なので、それ以外の色は極めて珍しく、周りから奇異な目で見られることも多い。
だが、当時3、4歳の私はそんな事情などつゆ知らず、好きな子に嫌われたと思い泣いていたのだ。
そんな折に助けてくれたのが、
ーーおれの目、赤いんだ!どうだ?ヒーローみたいでカッケーだろ!
私と同じく、瞳の色が他の子とは違っていた陽向だった。
陽向は不穏な空気に臆すことなく、根気強くみんなと関わろうとしていた。そしてその努力が報われ、陽向は一躍人気者になったのである。
そんな陽向が私に手を差し伸べる姿に、当時の私はどうしようもなく救われたのだ。
ーーうん、ヒーローみたい……
ーーおれが、おまえのヒーローになってやるからな!
ーー……うん!
それからというもの、その言葉通りというのか、陽向は何かと私に構うようになり、私は目を隠すために前髪を伸ばしたのである。
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「参ったな、昔みたいに瞳の色をいじられるのも困るし……」
かといって、目立つのも本意ではない。それに、また変な勘違いをした女子たちにやっかまれ、今日みたいにいじめられるのもごめんだ。
どういうわけか、こうして転生してしまったのだ。どうせなら、前世とは違いもっと自由気ままに生きてみたい。そう思った。
ーーアンタみたいな地味子が、気安く『王子』に近づいてんじゃないわよ!
……ん?待てよ。
目立ちすぎず、地味すぎず、普通になれば、いじめられることもなくうまく周囲に溶け込めるのではないか。
瞳の色についても、今世の技術力なら誤魔化すことが可能なことに気づく。
「そうだ。黒色のカラコンをつければ、周りの目を気にせずに目を出すことができる……!」
そうと決まれば話ははやい。私は早速眼科を予約することにした。カラコンが仕上がるまでは時間がかかるため、それまではなんとか前髪で目を隠し通すしかない。
化粧品の類についても同様に、いろいろ調べて自分に合うものを探した。一式揃うまでは、こっそり母が使っているものを借りて過ごした。
(これでやっと、何のしがらみもなく平穏な生活を送ることができるんだ……!)
それからしばらくの間、私は雨宮くんと程よい距離感を保って女子たちの監視の目を掻い潜り、髪と肌はできる限りのケアに努めた。