プロローグ
「アンタみたいな地味子が、気安く『王子』に近づいてんじゃないわよ!」
その時、頭に電流が走ったような衝撃を受けた。
「地味子」と罵られたショックではない。
私はどこかで今の状況と似た光景を見たことがある……?
……いや、見たのではない。正しくは、似たような台詞を自分が言っていた。
ーー貴方のような地味な方が、気安く殿下に近づかないでくださるかしら?
そう。今と立場が逆転していて、かつて自分はあちら側の人間だったということを思い出したのだ。
「……そうか、そうだったのか。私は、」
白雪夏芽、16歳。
前世では悪役令嬢として名を馳せ、最終的に処刑されてましたーー
「……いじめられるって、こんな悲しい気持ちになるんだね」
「は?何言ってんの、アンタ」
「その余裕ぶっこいてる態度、ムカつくんだけど」
「気分を悪くさせてしまったならごめんなさい。用事を思い出したから、もう帰らないと」
「ねえ、話聞いてんの?ちょっと待ちなよ」
地味で冴えない私に、悪役令嬢で処刑されたとはいえ、まさかあんな華やかな前世があったなんて。
「もう二度と『王子』に近づかないでよね!」
「『王子』……って、誰のこと?」
そこでまた前世の記憶が蘇る。
悪役令嬢だった私は、その国の『王子』の婚約者でもあったのだ。
「レイン王子……?」
「レイン?誰よそれ、外国人?」
「私たちが言ってるのは雨宮くんのことなんだけど!」
どうやら口に出してしまっていたらしい。
レイン王子。前世で私の婚約者だった王子である。
それはともかくとして、
「雨宮くん……って、同じクラスの雨宮くんだよね。彼、『王子』なの?」
「そうよ!」
「眉目秀麗、成績優秀」
「おまけに生徒会長も務めてて」
「両親共に有名人ときたら、『王子』に決まってるじゃない!」
つまり、そもそもの身分が『王子』というわけではなく、容姿とその境遇を引っ括めて『王子』と称されているらしい。
そういえば、いつも女子たちがこそこそと「今日も『王子』は素敵だわ……」とか呟いてたっけ。完全にスルーしてたから忘れてたけど、そういうことだったのかと今更ながらに納得した。
「あなた達の言い分はわかりました。雨宮くんはただのクラスメイトで、それ以上でもそれ以下でもないです」
「だから?」
「……今後は、不用意に距離を縮めないよう気をつけますね」
「それでよろしい」
私の返答に満足したのか、周りに群がっていた女子たちは踵を返して去っていった。
「……さて、」
これから、どう過ごしていこうかーー
厄介な悩みの種ができたな、と私は大きな溜息をついた。