桜の下
この広大な学園に、広く分布している桜の木々の下にその生徒会室がある、と。
これはある種、俺への挑戦状。あるいは『罰』なのかもしれない。
入学式初日に遅刻をしたという、罪に対しての罰。
しかし、既に俺はこの問題への解決策、答えの導き方を理解した。生徒会室に居るという彼女風に言うならば答えへの『経緯』を思い付いたのだ。
この数えれば3桁は下らないであろう木々を一つ一つ見るなんて、それこそ夜になってしまうだろう。そうなれば、それ以外の方法を探すべきだ。
木の根元に穴がある。それが生徒会室への出入口として使われているのなら、人が入れる程度の大きさの穴がある訳だ。
つまり、遠くから見ても分かるはずだ。遠くというか、高いところから。
屋上へ行き、上から見れば桜のほとんどを見ることが出来るだろう。これは名案だ。ミッケマスターの称号は未だに健在と言うわけだ。
─────
思わぬ誤算だった。なんと屋上は閉まっていた。
いや確かに、今ほとんどの高校は屋上に入れないようにしているらしい。自殺防止の為だろう。それが故意によるものかどうかは別として。
というか今から考えたら、普通に考えたら桜の根元なんて枝やら葉っぱやらに邪魔されて見れるわけが無い。どれくらいの穴か知らないが、見えない可能性は十分にある。名案だとは言いづらいのだった。
これではミッケマスターの称号は剥奪だろう。役不足ならぬ役者不足。本来の使い方通りの意味として、役者不足だ。
これからはミッケマスターの看板を下ろし、1から始めよう。身も心も初心に戻ろう。
俺は溜め息をつきながら桜を一つ一つ見て回った。
────
既に夕焼けも落ち、暗くなってきた。
桜を一通り見たつもりだが、穴らしき物は見当たらなかった。木の上に家が建てられてるとか、そんなことも確認したが、それすらもなかった。
綺麗な桜がただそこにあるだけで、穴も屋根も床もない。生徒会室はもしや木の中にあるのかと疑ってしまうが、そんな欠陥住宅に住まないといけない生徒会に入る者は居ないだろう。
結果から言うと、八方塞がりだ。ヒントは桜の下にあるという言葉だけ。見て回ったがそれらしきものは無い。もはや生徒も皆帰り、放送したあの特徴的な女子も帰ったと見える。
─────帰るか。
これ以上遅くなっては明日の用意をする時間も無くなってしまう。入学式の次の日に遅れてしまえば、もはや俺の個性が『遅刻』になってしまう。
なんだその個性。社会不適合者の烙印じゃねえか。
俺は溜め息をついて帰路に着く。校門を出て、散々と歩き回ったことを思い出しながら振り返ると、『私立百花桜学園』の、名前が堂々と書かれていた。
威厳ある佇まいだ。まだ何も知らない新入生に桜見ツアーを強制するくらい威厳がある。威厳というか、いい加減というか。
とりあえず、この学校へのファーストインプレッションは最悪と言っていいだろう。なんで誰も止めないんだよ。
名前も綺麗そうな名前して、闇が深過ぎるだろ。
……あ、そうか。なるほど。道理で見つからないわけだ。今頃、やっと気付いた。答えが分かった。
俺は校門に再び足を踏み入れ、学園内の広場へと向かう。もう既に暗く、出題者である彼女も帰った事だろう。
しかし、今日中に解いてやったという証に、置き手紙でも置いてやる。せめてもの仕返しだ。散々貶してやる。
俺は学園の広場の中心にある100周年記念の像の前までたどり着いた。その像の下にはこう書かれている。
『私立百花桜学園 100周年記念像』
そして、その像の形は『桜』の花びらの形をしていた。
先入観というやつだろう。彼女は放送で1度たりとも『桜の木の下』とは言っていなかったでは無いか。俺はひたすらに桜の木を見て回ったが、実に滑稽な姿だと言えよう。
穴があったら入りたい物だ。誰にも見られたくない。
───像の根元にあるシェルターはきっとそれを見越してだろう。なんだって地下シェルターの入口がこんな所にあるのか。これも、個性だと? ねえよ。
2つの取っ手を引っ張り上げ、中へのハシゴが見つかる。奥には明かりが見える。どうやらビンゴなのだろう。
俺は暗い中足をひっかけ、ずり落ちないようゆっくりと下って行った。
最後まで降りると、和洋折衷と言うか、洋室と和室が同じ空間に両立された部屋だった。ここから見えるだけで畳の部屋とフローリングの部屋とが見える。あとやけに汚い。物がいっぱい落ちている。
一見すると変なように見えなくもないが、芸術的と言われれば納得してしまいそうだ。
奥の方まで足を伸ばし、一応声を掛ける。
「すみません、今日遅刻して呼び出された語部一ですけど、誰かいませんか?」
返ってくるのは静寂。当たり前ながら人はいないみたいだ。来るのか遅すぎた。
しかし、仕方ないだろう。普通に教えてくれれば良いものを、問題形式で出題されてしまっては時間がかかるのも無理は無い。
が、その時、視界の端に、妙な物が見えた。足だ。ここからでは散乱している物に隠れて良く見えないが、あれは人の足だ。マネキンであって欲しい。
じりじりと近づいて行く。距離が縮まっていくに連れて心臓の音もうるさくなっていく。もう身体のほとんどが見えた。この高校の制服を着ている。
その全貌が見えた時、俺はここに来たことを、否、来てしまったことを後悔した。
頭から出血して、胸が引き裂かれた女子高生の姿がそこにはあったからだ。
「うっ」
鉄分の独特な臭いが鼻を刺す。
警察を呼ばなければという思いとは裏腹に足は動かない。その女子高生を凝視してしまう。
整った顔立ちをしている。血で汚れてはいるが、凛とした顔の女子だ。生前ならきっとモテていただろう。長く美しい白髪が赤い血に染められている様子はある種、芸術的だ。この生徒会室に引けを取らない、むしろそれ以上の芸術に見える。
怖い。こんな感情が芽生えた自分が怖いし、この場にいることも怖い。良く考えれば、この場にはまだ殺人犯が居るかもしれないのだ。
後ろを振り返ればそこに居るかもしれないのだ。恐怖が身体を支配する。動けない。
「ふぅ、待ってたよ。長い間待たせてくれたね」
ッ!?
突然、声が聞こえた。その声は死んだはずの女子高生からだった。
「……い、生きて…?」
「なに? 私は最初から死んではいないよ。あぁ、それはもしかしてこの世にいるとは思えないほど美しいという意味の褒め言葉なのかな? それなら謙遜しておこう。確かに眉目秀麗という言葉は私のためにあると言っても過言では無いかもしれないが、それは言わぬが花、知らぬが仏。日本人として、常識人としては否定させていただくとしよう」
俺が驚き慄いていると、女子高生は立ち上がり、なにか意味のわからない事をほざきながら起き上がった。
何も言っていないのに勝手に謙遜された。いや謙遜じゃないなこれ。それに言わぬが花と知らぬが仏は意味が違うと思う。
自称常識人は、血だらけの身体を悠々と動かし、傍にあったコーヒーの素とドリップを取り出した。
「ブラックかい? それともミルクを入れるかい?」
こちらへ微笑みを向け、首を傾げるその女子高生に、俺は今までの感情を全て乗っけて、ありったけの想いをぶつける。
「は?」