入学式
人に感情を隠すことは難しい。条件反射という言葉があるように────あるいはそれが必然であるかのように。
例えば緊張した時には前や後ろで手を組む。楽しい時には視線が上に向いたり、悲しい時は下に向く。身体のどこかに現れるものなのだ。
故に、今俺が───『語部 一』が全身に鳥肌を立て、まばたきの数が毎秒ごとに増えていっている現在も必然と言えるべき事象であり、条件反射なのだと言いたいのである。
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私立百花桜学園。それはこの辺りでは少し有名な高校だ。
個性を伸ばすことを重視した、いや、し過ぎたこの高校には悪名高き異名が付いている。それは
───『化物学園』
そんな高校に入学するきっかけは、非常に簡単だった。家から近いからである。
これだけの理由の為に、志望動機やら自己PRやらを散々と考えさせられたが、この学園に入れた理由はきっとその内がバレたからなのだと思う。
世の中の大半の学生達は自らの進路の為、または親からのススメで入るであろう高校を、俺はただ近い為という理由で入学を決意したのだ。これもまた、個性と言える。言いたい。
しかし入学が決まってから速いもので、今日が入学式当日だった。
家から近いということはつまり、登校時間が短く、家に居られる時間が長いということが長所に挙げられる。
さて、そうなれば睡眠時間を長く取ろうとしてしまうのが人の性。正当化するつもりは毛頭ないが、睡眠欲は人の三大欲求の内の一つ。重視すべき観点として申し分がないのだ。
ここまで長くなってしまったが、俺が何を言いたいかと言うと、遅刻したのだ。
まだ寝れるまだ寝れると考えている内に気が付いたら入学時間をとっくに過ぎていたらしい。流石の鈍感系主人子だって、時間には過敏でありたいものだ。
それから急いで用意をし、自転車に股を掛け、あるいは遅刻という看板を掛け、世界に股を掛けて珍しいと思われる入学初日遅刻という戦犯を犯したのだった。俺は何と戦ってたんだろうか。
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そんなこんなで学校に着き、教室に入ればもう既にグループ分けが終わっていたのだった。
女子は女子で固まり、男子は同じ趣味の者が集まっていたり、同じ部活の者達が意気揚々と入学早々に友好を深めていたのだ。
どうやら今日の課程は終了したらしく、ここに残っている人達は全て入学式を終え、解散後に暇だったからどうせなら交友を広げるかと、クラスに残って話をしているらしい。
俺の入学式は慎ましやかに終了し、冷ややかに幕を閉じた。というか、開いてすらなかった。これに関しては自業自得であるため、行き当たりのないこの感情は胸に秘め、これからまた新しい友達を作っていこうと決意し俺はドアを開け、帰路に着いた。
着こうとした。が、その前に放送が鳴り響いた。普段なら無視をしようものだが、しかしてその内容に反応をせざるを得なかった。
ピンポーンパンポーン、と、軽快なチャイムと共に、その声はやってきた。やってきたというか、やられてしまった。やらないで欲しかった。
『えー、今日遅刻してしまった者が1名居る。その名前は『語部 一』という。ふむ、一という名前の癖にスタートダッシュも決められていないのは皮肉という所だが、しかしむしろ初めの1歩をつまづいて、その後はつまづくことが無いようにという考えの元、名付けられた名前だとしたら私も考えを改めねばなるまい。ならばどうだろう、語部一君が私のすぐ側まで、具体的には生徒会室まで来てくれればその真相が明らかになるのでは無いだろうか? 私は解決しない推理小説は嫌いでね、一度気になったものはどうしても解きたくなってしまうのだ。これは自分でも如何せん、どうかと思ってしまうがね。だがこれもまた私の魅力の一つだと数えることにしている。求め続ければ知識は増え、答えに至る経緯が自然と分かってくるものだからね。なぁに、気にしないで欲しい。ほんの数分だけだ。入学初日で遅刻してしまった心境が分かれば、何かの殺人の動機の参考にでもなるかもしれないからね。だからあえて───なに? 長い? そうだな、確かに来てくれれば話の続きができるからね。では語部一君。生徒会室で待っているよ』
少し高く、落ち着いた女性の声でそんなアナウンスが聞こえた。
まず言わせて欲しいのは長い。長いよ。語り口調で放送をした人なんて初めてだよ。こっちは何も言ってないのに会話が成立してなかったか?
だが、語部一君と呼ばれてしまっては逃げようがない。これからどんなお仕置きが待っているのかは知らないが、出来る限り穏便に済んでくれれば嬉しいものだ。
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この学園には寮が幾つもあり、それらが囲う形で学校が建てられている。1号館、2号館、3号館、4号館と、広い敷地に満遍なく建てられていて、それぞれ設備が充実している。
そして生徒会室はというと、その何処にもない。困った。なんとか探そうと、どの建物にも入り、くまなく探したが、生徒会室らしき教室は無かった。こうなったら誰かに聞くしかない。
新入生は俺と同じく知らないだろう。教師に関しては俺が入学式に遅刻したことを知られてしまうのが苦しい。いやまぁ、既にさきの放送がその悲しい事実を述べていた訳だが、うん。モチベーションが上がってきた。放送したやつ許さない。
だが、許さないと言っても、会えなければどうすることも出来ない。残された道は先輩に頼るか引き続き1人で探すかの2つだ。
しかし実質先輩に頼るという選択肢はない。なぜなら知り合いがいないからだ。知らない先輩と言うだけで、まるで化け物と出会ってしまったかのような怖さがあるだろう?
先輩特有の威圧感というものである。向こうはさして気にしてもないだろうが、先輩という存在は無条件に恐怖を植え付けるものだ。
長くなったが、これではいけない。せめてヒントがなければ、どうすることも出来ないだろう。
その時、まるで見計らっていたかのように放送が始まった。
『語部一君やっぱり場所が分からなかったようだね。私が呼んだのにここまで待たされたのは初めてだ。これが恋焦がれるというやつなのだろうね。益々君への興味が湧いてきたよ。どうせならもっと楽しくしよう。私が推理小説が好きだという話はしたね? 更にはクイズが大好きで、子どもの頃夜眠る時には昔話ではなくミリオネアの問題集で眠っていたことも話した記憶がある。なぁに、簡単なクイズだ。我が生徒会室はだね。『桜の下にある』んだ。春になれば騒ぎ出し、夜になればその佇まいは寂しさと静けさを併せ持っている。そんな誰もが知っている桜の下に生徒会室はあるよ。いつまでも待っているからね。では』
放送が終わる。俺は震えた。もちろん、怒りである。ふざけるのも大概にして欲しい。推理小説の話は1度出たかもしれないが、昔話の代わりにクイズを聞いてたとかそんな情報一つたりとも入ってきてないよ?
しかも桜の下だと? この広い敷地に広がるこの桜の木の下のどこかに、生徒会室があるだと?
やってられるか。なんて突き放すことが出来ればなんて幸せだろうか。残念ながら俺に火がついた。1度文句を言ってやらねば気が済まない。クイズなぞこの俺の手にかかれば余裕でクリアしてみせる。
俺の小学校の頃、ミッケという本を全て読破したミッケの達人。言わばミッケマスターだ。言わなくてもいい。見つけることなら任せてくれ。
この作品は5割ラブコメ、2割推理、3割作者の趣味、で構成されております。
最初の推理は桜の下の生徒会室。
勘のいい方なら恐らく分かっていると思われます。次回、すぐにわかります。
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