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1話

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・



 ゆれる。振動を感じる。

 揺れている。何だ、地震?いや、ガタガタと音が鳴っている。

 そう思って目を開けるとレトロな乗り物の中だった。

 オイルのにおいがする。


 それと床が木で・・・揺れるたびにぎしぎしと音を立てている。隙間風が入るのか、少し底冷えするようで肌が粟立つ。目だけ向けて窓の外を確認すると、まっくらでほとんど何も見えない。暗い中で何かの景色が影となって通り過ぎていくだけ。どんな場所を走っているのかさえも分からない。

 部屋で寝ていたはずだ。布団の中にもぐりこんで、眠ったはずだった・・・と思う。

 こんなレトロな電車なんて昔の本で少し見かけたくらいだ。

 今もこんな木造でオイル臭い電車が走っているはずはない。それにこんなリアルな質感が夢であるはずもない。

 そう思った。


 「ふふ、お目覚め?」


 声は天井側から聞こえ、それを目で追うとすぐ近くに長い黒髪の女性の顔があり、それはボクを覗き込んでいる。・・・立花先輩だ。

 あまりに急すぎてボクは驚いて無様に叫んでシートから床に落ち尻もちをついてしまった。あろうことか、ボクは立花先輩の膝枕で寝ていたのだ。

 すみません、すみません、とあやまりながら起き上がると立花先輩はクスクスと楽しそうに笑っている。


 そして、車両にはもう一人。


 「もうやだぁ!本当に・・・あの話そのものじゃない・・・いやぁ・・・。」

 座席に膝で乗るような体制で窓の外を見ながら泣き崩れる・・・副部長。

 彼女もいたのか。どうしてあんなに泣いて取り乱しているのだろう。

 花見の席では、この立花先輩が来るまではテキパキと場を取り仕切っていたのに。

 

 「もうそろそろ、駅に着くわね?・・・ね。」

 

 落ち着いた様子で楽しそうな立花先輩。


 「もうやだぁ!もうやだぁ・・・!勘弁してください、立花先輩・・・!」

 

 「こういう時だけは、かわいいわ?あなたのそういう所キライじゃないの好きよ。・・・でも、後輩の前よ。シャンとなさいな。」


 立花先輩は副部長の髪をなでて宥めている。


 「ねぇ、さっき話したわよね。コレが私のお気に入りのSF<少し不思議>よ。今、私たちは同じ夢を見ているの。アナタも同じ夢を見られるのかどうなのか分からなかったけれど、やはり同じ素質があるのよね。」


 立花先輩は副部長に抱きつかれて嬉しそうにしている。


 「副部長・・アナタ相変わらず、すごい想像力。まるで本物のあの場所ね。」


 電車はだんだんと減速していき、とうとう暗くて不気味な得体の知れない駅のホームに入っていった。


 「ねぇ、覚えてる?」


 花見の席でのあの話を。


 駅に到着し、冷える車内にアナウンスが響いた。

 放送に雑音が酷く入って耳がガギッと痛んだ。性別が分からないくらいに、流れてくる音声が割れて気味が悪い。機械の故障なのだろうか。ほぼ雑音しか聞こえなくて、しかもそれが大音量だ。その大音量がスピーカーから放たれるたびに副部長はビクっと体を硬直させて立花先輩にきつく抱きついていた。

 ボクは不気味な放送の音で一瞬意識が飛ぶような、眩暈に襲われる。


 夢だって?

 これが?


 プシューと空気の漏れる音がしてドアが開いた。

 さぁ、イきましょうと立花先輩は言った。

 ボクは何がなんだか分からなかったが、でも、コレが夢の中だと言うのなら何を怖がることがあるのかと後に続いた。


 ホームに降りると電車はいつの間に発車したのか、まるで掻き消えたかのようになくなっていた。あれだけレトロな電車だ。走り始めるときは大きな音がするだろうに。


 線路を覗き込むと、ところどころに雑草が生えている。反対車線の向こう側には闇が広がっている。その先の遠くには人が住んでいるようで小さな明かりがぽつぽつと灯っている。


 「ねぇ見て?私が無人駅だと言ったものだからこの廃れた雰囲気よ。どこの田舎を想像したのかしら。まるで廃線じゃない。私なら、都会の駅で誰にも会わないほうが怖いわよ。こんな片田舎の駅で夜に誰にも会わないのはよくあることよね。あ、だけど私も女だから、別の意味で怖いとは思うかもしれないわね。ふふ。アナタには分かるかしら。」


 何のことを言われているのか分からなかった。


 「分からなければ、それでいいのよ。アナタはそれで。」と、立花先輩は微笑んだ。

 そういうものかな、と思っていると副部長が短く息を呑むような声を出した。

 怯える彼女の見ている先を覗き込んで「これが例の時刻表ね・・・うん、わからない。」と妙に納得した声で黒革のコートを着た彼女は頷く。


 ボクが覗き込もうとすると、慣れないうちは見ないほうがいいかも、と制止された。

 大丈夫ですよと言って見てみると・・・、確かに日本の文字で何か書かれていたような跡があった。しかしそれは日本語の意味を知らない誰かの落書きのようなまたはプログラムでバグが起きたかのような類で時刻表のフォーマットに適当に書かれていたものにも見える。

 数字は文字を統一せず、言葉もただの言葉や文字の羅列。それは日本語のものが多かったが意味をなさない文字列なども多くみられた。

 しかもやたらと年月が経ったのか、ところどころ虫が食ったり風化して気持ちの悪いテクスチャーができあがっている。

 目の疲れる時刻表だ・・・ボクは少し吐き気を感じた。

 板は木製だったと思われる。

 触ってみると、腐っていたのかその部分がボロッと崩れた。


「アナタ・・・、いきなり触るなんてチャレンジャーね。」


 立花先輩が意外そうな表情でボクを見た。

 それにしても、なぜだ、暑い。

 喉が渇く。

 さっきまで寒かったのに。なぜ今こうも暑いのだろうか。先輩たちは平気なのだろうか。立花先輩に至っては黒革の重厚なコートだ。

 ボクは自動販売機とか何か、飲み物がないか探し始めた。


 その様子を見て察したのか、立花先輩は諭すような声で教えてくれた。


 「こういった場所では何も、飲み食いしてはいけないのよ。世界中で昔から、そう決まっているの。それはきっと何かの暗喩なのだろうけど、ね。だから、こういうところでは飲み食いしたらいけないの。とても美味しいらしいから、帰りたくなくなっちゃうわよ?」と。


 正直に、そういうものなのかと思った。

 夢の中でも、何かを食べる夢を見ることはあるのに。

 これも夢の中なら、大丈夫じゃないかと思う。

 けど立花先輩は禁止した。真剣な顔つきで。

 それなら、飲食するわけにはいかない。ましてや、こんな駅に何かあると思った自分の思考もおかしかったかもしれない。反省だ。


 一方、立花先輩は真剣な顔から変わってイタズラっぽい表情をしながら、改札に行きましょう、とはしゃいでいる。かわいそうに副部長サンは引きずられてついて行かなきゃいけないようだ。そうでなければこんな薄気味の悪い場所での一人きりの留守番、または置き去りになってしまう。


 裸電球の灯りの下、茂みが風に吹かれてざわつく。雨をしのぐだけの天井しかないホームはその湿った重い風をボクたちに伝えてくる。

 改札は片田舎の無人駅には似つかわしくない自動改札機。「私がそう話したから」と立花先輩は笑う。

 確か、自動改札機に電源が通っていなかったのか出られなかったという話の内容だったかと思う。それも妙な話で、実際はいくらゲートが閉まっていても乗り越えていくことは可能なはずだ。


 「出られないんじゃなくて、出る気がなかったのよ」


 だって、出られるでしょう?そう続くはずだった言葉をさえぎって、副部長サンが声を上げる。


 「せせせせ、先輩の話ではっ、そのっ、出たら連れ去られたりっ、あのっ出るなってっ、皆が言うから、出なかったんじゃないんですかぁ?????」


 もうやだ、もうやだと副部長サンが半べそかきながら訴えている。


 「・・・だそうよ。で、アナタはどうしたいかしら?出てみる?ここに留まって朝を待つ?」


 どちらにしても、夢の中だし目覚めるにはまだ時間がかかりそうだから、と。

 それならボクは副部長サンを優先したいと思った。

 もうやだ、と言っているならこの先の探索は中止するべきだ。

 こんなに怯えているんだし、どうせ目が覚めて日常に戻れるのなら。


 「エクセレント。素晴らしいわ!」


 立花先輩は目を輝かせた。


 「アナタはとてもよく理解しているわね、この状況を。おそらく、この改札を抜けた外には何もないわ。ただどこに続くか分からない道があってその先にトンネルがあるだけ。それは、私がこのコに話しただけの描写でしかないからよ。」


 ボクはよくわからなかった。


 「言ったでしょう?このコが私のお気に入りの『少し不思議』だって。私の話した内容を豊かな想像力で再現しながら、本人は嫌がっているけどそれを夢で見せてくれるの。私にとっては都市型SF【少し不思議】を体験できる方法の一つなのよ。」


 副部長サンは少し落ち着いたのか、立花先輩にしがみつく腕にチカラを緩めて「それなら、置いていかないで下さい・・・。」と鼻をすすった。

いたずらっぽい表情をして「一度ね、私だけ目を覚ましてしまったことがあるのよ。わざとじゃなかったのだけど悪いことをしたわ。こんなに怯えるようになってしまうだなんて。」と肩にかかる髪を払って立花先輩は苦笑する。

 それはつまり、この不気味で何があるか分からない空間に一人取り残された、ということか。副部長サンにとっていつもこの恐ろしい空間へといざなう立花先輩が今、皮肉にも唯一のよりどころなのだ。


 「ふふ。だけど、ただここに留まっているだけじゃ、退屈なのよ。」


 さぁ、話の続きを体験しましょう。


 そういうと改札から元きたホームへ体の向きを変えると、立花先輩の背中から気味の悪い風が吹いた。



―――。



 ねぇ・・・。

 ねぇ、ちょっと。

 立花先輩、本当に大丈夫なんですよね・・・。

 コレが本当に夢で。

 本当に夢で、朝がきたら目が覚めるんですよね。そうですよね。

 まさかこのまま目が覚めないなんて事ありませんよね。ね?

 どうして、何で、こんなに風の感触とか、この駅ホームの物質的な質感が手に伝わってくるんでしょうか?

 ボクは本当に夢を見ているんですか?



 目の前がぐるぐると回るような気持ち悪い感覚に襲われた。

 自分の声が風にかき消されていく。ボクは喉に手をやった。声は出たはずだ。

 なのに、

 かき消された ――――?


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