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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

どこへでも連れて行ってくださいませ

作者: 6月




 実家は寂れた宿屋でした。町の外れにあり、中央の綺麗な宿を取れない荒くれの冒険者達が主な客です。掃除なんかしておらず、どこもかしこも下水のような匂いがしました。


「いつまでチンタラしてるんだいクラヴィーシャ! 床を拭いてさっさと皿洗いをすませるんだよ!」


 私は宿屋の娘でした。上の兄は跡取りとして大切にされていたようですが、そのツケが全て回ってくるかのように私は嫌われていました。

 子供は五歳になると神殿で《鑑定》を受けなくてはなりません。兄にはいくつかのスキルが発見されましたが、私には1つもありませんでした。おそらくそのせいでしょう。


 近所の子供もうちのような汚い宿屋は嫌い、その子供である私のことも遠ざけました。

 特に1人、ボリスという意地悪な男の子がおり、彼は毎回私を鬼ごっこに誘い、私を標的にして追い回しました。私はいつも必死の思いで逃げまわらなくてはなりませんでした。


「ノロマのヴィーシャ! お前なんかを誘ってやるのは俺だけなんだからな!」


 その通りです。彼らが誘いに来てくれなければ私は家でひたすら皿を洗わなくてはなりません。私は彼に言い返すことはできませんでした。






 成長し、流石に鬼ごっこに誘われることは無くなりましたが、今度はヒソヒソと嫌な囁きに悩まされることとなりました。

 誰に似たのか、私は同年代の女の子たちよりも発育が早く、背は伸び、胸は女性らしく膨らみ始めました。

 そんな私を見て近所の人々はいやらしいと、娼婦のようだと笑いました。

 女性の悪口はまだ可愛いものでしたが、男性から向けられる蔑まれるような、それでいて妙な熱を孕んだような視線はとても恐ろしいものでした。私は極力厚着をし、夏でも肌を出さないように心がけていました。

 ボリスは相変わらず私を嫌っており、私の上着を剥ぎ取って、露わになった肌を思い切り叩いたりしました。


 父が亡くなり、兄が宿を継ぎました。母も身体中を悪くしており、私の暮らしは少しは穏やかなものになるかと一度は安心しました。しかしそれは間違いだったのです。

 ある真夏の日、兄は私を納屋に閉じ込めました。納屋の中は熱が篭っており、息をするたびに肺が熱されるようでした。

 何度も出してくれと懇願すると、兄は私に服を脱ぐよう言いつけました。私は従いました。兄は納屋の扉を開け、裸で自分に跪くようにと命令しました。その通りにしました。

 私にプライドなどというものがあるとは思っていませんでしたが、人としての尊厳を汚されるとはこのことでしょう。兄は何度か私を鞭で打ち、満足したようでした。こんなことが何度かありました。


 そんなある日のことです。

 宿に2人の客人がやって来ました。背の高い理知的な男性と、10代の若い少年です。

 2人は黒いローブで顔や体を覆い隠しておりましたが、その裾から覗く服の生地は一目で高価なものだと分かりました。そもそも男性は眼鏡をかけており、そんな貴重品を手に入れられるのは貴族に他なりません。

 こんな汚い宿屋を選ばざるを得ないということは、何か訳ありなのでしょう。彼らは穏やかでとても良い客でしたので、こんな宿でも疲れを癒してもらえるよう、私は誠心誠意彼らの世話をしました。







「あなたのそのスキルは生まれつきのものですか?」


 眼鏡の男性にそう尋ねられました。私は何のことか分かりませんでした。


「初めて見るものですね。覚えがないというなら、後天性のものでしょうか」


 どうやら私には《微笑み》というスキルがいつの間にか芽生えていたようでした。

 どんなスキルかは名前からは分かりませんが、皮肉なものです。私が生まれてこのかた微笑みなど浮かべたことがあったでしょうか。私に備わったところでこのスキルは無用の長物です。

 しかし彼らはそう思わないようでした。


「なるほど……非常に珍しい、精神感応系のスキルです」

「それは良い。僕らの『計画』にも役立ちそうだ」


 ローブを取った少年は非常に美しい佇まいをしていました。マグマのように獰猛な赤い瞳が印象的で、幼い少年とは思えないほどその振る舞いは紳士的かつ老成しておりました。


「クラヴィーシャ、僕たちと一緒に来ないかい? 君の力を貸して欲しい」


 そんなことを言われたのは初めてでした。私はすっかりこの少年、ヴァルラム様に心を奪われてしまいました。この方の為なら何でもしようと思いました。


「はい、連れて行ってくださいませ」








 ヴァルラム様が住むのは国の外れ、国境沿いにある森の奥の塔でした。ここに眼鏡の男性、シュヴァルツ様と2人で暮らしているそうです。

 2人は料理が苦手だということで、私にも活躍の場が与えられました。私の作る粗末な料理を2人は喜んで食べてくれました。


「僕は新しい世界を作りたいんだ」


 ヴァルラム様はよくそう言いました。汚い今の世界を一掃し、自分の王国を築くのだと。ヴァルラム様はスキルとはまた違う、様々な不思議な力を持っており、それも不可能でないように思えました。


 この国のどこかに眠るとされる『トリスティスの石版』を2人は探していました。知識の神トリスティスが古代魔術を記したとされる石版です。まるでおとぎ話のようでしたが、2人は既に古代のオーパーツを3つ見つけているようでした。

 何もない場所に城を築く『クラーの指輪』。

 死体から死者を蘇らせる『アニラの槍』。

 そして異空間を開く『ポルタナの鍵』。

 2人はこれらのオーパーツを使って様々なことを計画しているようでした。私は2人の望みなら何でも叶えば良いと思いました。何だって応援するつもりでした。


 私がいつの間にか持っていた《微笑み》というスキルですが、これはいわゆるチャーム、つまり魅了の効果を持つスキルのようでした。

 私に微笑みかけられたものは魅了の効果に囚われ、まともな思考を失うというのです。私のような女に魅了なんて、と思いましたが、ヴァルラム様はそんな風にくさる私を優しく励ましてくれました。


「クラヴィーシャはとっても綺麗だよ。それを隠そうとする必要はない。もう誰も、君を咎めたりできないんだから」


 そう言って綺麗な服をたくさん贈ってくれました。体のラインが出る服や、露出が多い服もあって恥ずかしかったのですが、ヴァルラム様が選んでくださったのです。どれも宝物でした。

 シュヴァルツ様から、私はスタイルが良いと褒められました。それを活かすにはぴったりとした服が良いそうです。ヴァルラム様の慧眼に驚かされました。


 恥ずかしながら今まで化粧などしたこともなかったのですが、この服に似合う女になろうと、化粧の練習も始めました。街へ赴き行き交う女性達を観察し、化粧品を買いあさりました。

 おそるおそる商人に微笑みかけてみると、ただで商品をくれようとしました。悪いので無理やりお金を払って逃げ帰りました。


「見違えたね」


 ヴァルラム様はそう言って私に綺麗な姿見を下さいました。今まで鏡を見たいと思ったことがなかったので、持っていなかったのです。でも確かに、服を見たり、化粧をしたりするには鏡が必要でした。









 ある日、調査活動を行なっていたシュヴァルツ様が国の西部、ガルザという村にオーパーツがあるかもしれないという情報を掴みました。

 私とヴァルラム様はすぐさまガルザへ向かいました。

 私が微笑みかければ、固く口を閉ざしていた村人は、すぐに遺跡への行き方を教えてくれました。


 遺跡へ向かったところ、その遺跡は満月の夜にしか開かない仕掛けとなっており、私たちはそれまで待つ必要がありました。

 『アニラの槍』を使って魔物の死霊を作り上げ、周囲の森に放ちました。満月の夜までこの村を拠点として待機するためです。


 村の住人は私の微笑みの虜でした。幸いにしてほとんどが魔術の素養のない烏合の衆でしたので、スキルを繰り返し使用しても耐性はほとんどつかないようでした。

 村人達の世話を受け、私たちは満月まで快適に過ごせるはずでした。








 死霊を放ったのは失敗でした。周囲の村がギルドに討伐依頼を出し、冒険者達が森へやって来たのです。

 ですが死霊達はよくやりました。たった1つのパーティを除いて全ての冒険者達を食い殺してくれました。

 たった1つ残ったパーティ、そのリーダーはあの意地悪なボリスでした。歪んだ表情は鳴りを潜め、すっかり大人に成長したようです。数人の仲間とパーティを組んで冒険者をしていたようでした。

 パーティは5人組、そのうち2人は女性でした。2人はボリスに好意を寄せているようでした。

 そういえば、ボリスが意地悪をするのは私だけでした。他の子供達には優しくリーダーシップがあり、女の子からも人気がありました。そちらが彼の本来の姿ということなのでしょうか。


「ヴィーシャ……?」

「覚えていてくれたんですね。私など、あなたにとって取るに足らないものと思っていました」


 昔の私とは違います。ヴァルラム様が美しいと褒めてくれるような女になったのです。もう何も恐れることはありませんでした。


「知り合い?」

「あの宿の近くに住んでいた人です。子供の頃、よく遊んでもらいました」

「じゃあ彼の相手は君に任せるよ」

「はい、ヴァルラム様」


 ボリスは信じられないという顔で私を見つめていました。一体どうしたというのでしょう? まさか昔虐めていた女に、今更怖気付いたと言う訳でもあるまいに。


「何で……お前がそこに」

「さぁ、どうしてでしょう……運命の悪戯というものなのでしょうか?」

「巫山戯るなっ! 脅されてるのか? そうでなければ何故お前が! お前、ヴァルラムが何をしようとしているか分かっているのか!?」


 幼い頃あんなにも恐れた私の暴君は、ただの取るに足りない男であったようでした。

 何だか微笑む気にもなれません。


「この方々をお出迎えして差し上げてください」


 私の傀儡と堕ちた人間は、死ぬまで戦う狂戦士へと変わります。この村は狩りで生計を立てていたようで人々は武器の扱いにも長けています。

 罪のない人間を相手に正義を背負った青年はどこまで戦えるでしょうか?


「彼らを倒すことができたら、どんな質問にもお答えします」


 返事はありません。しばらくして、汚い悲鳴が森に響き渡りました。






「良かったのかい? 知り合いだったんだろう」


 烏たちが死肉をついばむ為に集まって来ていました。


「構いません。どっちにしろ、ヴァルラム様の邪魔になる人間です」

「クラヴィーシャは優しいね。いつも僕のために一生懸命になってくれる」


 だって貴方は私の全てだもの。初めて私を認めてくれた、私を人間にしてくれた方。この方の為に私はあの日まで生きて来たのだと私は確信しています。


「きっとこの先いろいろな辛いことが起こるよ。それでも僕について来てくれるかい?」


 わざわざお尋ねになるまでもありません。私の答えはもう決まっていました。


「はい、ヴァルラム様。どこへでも連れて行ってくださいませ」






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