表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界直送トラック便

作者: 御堂廉

深夜、周りが殆ど田んぼという田舎の国道を走っていた。

荷主からの荷を重さギリギリまで積み込んだ大型トラック。

運送会社の名前がでかでかと入ったこのトラックは8年ほど運転している。


大野宏、54歳。勤続24年の古株である。

優良ドライバーとして社内で表彰され、無事故無違反を貫いてきた。当然だ。

一度事故を起こせば大惨事になるのが大型車なのだから、その運転にはかなり気を配っている。

死角が多く、その分多くのミラーなどでカバーしてはいるものの、何かが起きればブレーキはまず間に合わない。

荷物の重量と車重に押されて止まるまでにはかなりの距離が必要となってしまう。

だからそうならないように細心の注意を払っている。

……ただでさえ邪魔にされたりなどしているトラックだ。一度でも事故が起きれば普通車よりも大々的にニュースなんかに取り上げられてしまう。


HIDの特徴的な白く明るい光が何も無い道路を照らす。


「あー……昼間もこんだけ空いてりゃ楽なのになぁ……」


なにせ大型、止まればスピードに乗るまでめんどくさい。

街中なんかは殆ど燃料垂れ流しの状態なのだから勿体無いったらありゃしない。


「……今日も無事荷物を届けられますように……!」


車内のバックミラーにぶら下がる大量のお守り。


……俺は、幽霊に怯えていた。

奴らは夜だけでなく昼間でも出てくる。

若い男と女。どっちが出てくるのかはわからない。いつも普通に歩道を歩いていたと思ったら、突然倒れこんで来たり、横道から飛び出してきたり……。

はっきり言って避けようがない。


その後に続くブレーキのスキール音、ガクガクと揺れる車内、確実に「撥ねた」もしくは「轢いた」と思われる衝撃、ハンドルに伝わるなんとも言えない手応え。


なぜかは分からないが、人通りの多い場所では出会うことはなかった。

いつも人通りの少なく、自分しか居ない状況。

目撃者も誰もいない。

そして、降りて恐る恐る確認してみればそこには血の跡も轢死体も何もないのだ。

当然、ぶつかったはずのバンパーにも、轢いたはずのタイヤにも何もついていない。

あるのは道路に残されたブレーキ痕のみ。

必ず、警察に連絡してみるものの、検証してもそもそも被害者が居ない。

逆に疲れているんじゃないのかとか言われて休憩を促される結果になっていた。


毎月お払いに行き、そこで魔除けの御札なんかを買ってくるけど効果がない。

あれは夢とか幻覚とは思えないリアルさがある。

無事故無違反……その言葉が重い。

俺は本当に事故を起こしていないのか?


「そろそろ道の駅だな……。近くのコンビニで飯買って道の駅の駐車場で休むか。ここまでくればラッシュに巻き込まれなければ2時間位で着けるはず」


目的地に大分近づいてきた。

荷降ろしが終わればまだ仕事は入ってないから少しゆっくり休める。

既に2時を回っており、明日は5時に出発するつもりなので3時間ほどの休憩を取るつもりで居た。

しかし……。


「うっそだろ!?」


横道から自転車で飛び出してきた若者。籠にはコンビニの袋。

こっちを見て恐怖するその顔をはっきり見てしまう。

視界に入った瞬間からフルブレーキだ。スキール音と振動が車内に響く。無理だ……間に合わない!

吸い込まれるようにその若い男は俺の視界から消え、自転車がトラックの全面に当たる音が響く。

ガリゴリと自分の下を通り過ぎ、後ろに流れていく音。壊れた人形のように跳ね飛ばされて行く男。

シートベルトが肩に食い込む。


何とか無事にトラックを停めることが出来たが、既に事故を起こした場所からかなり離れている。


「駄目だ、今回は絶対轢いた!目が、合った……」


手の感覚がない。

サーっと血の気が引いていくのが分かる。

手が、冷たい。

足が震える。


落ち着け、落ち着け……まずは電話だ。

あれじゃ助からない……。

確実に俺の真下のタイヤで轢いたのだから。

いや、まて。電話じゃないまずは確かめないと……。


シートベルトを外し、ドアを開けるとゴムが焦げた時の匂いが漂っていた。

静まり返った道路の上、周りには民家が一件だけ。しかし誰かが見ている様子はなかった。

後ろを振り返る。


「暗いな……糞……行くしか無いのか……」


震える足を必死に前に押しやり、ゆっくりと現場に近づく。

確か、この辺で……あれ?

またか?


そこにはひしゃげた自転車も、四肢が変な方向に折れ曲がった男も、血痕も何もかも無かった。

あるのは自分の残したブレーキ痕のみ。

また、だった。


人を轢いた訳ではない事を知り、少しだけ安堵する。

しかし一度血の気が引いたらすぐに戻るわけもなく……その場に崩れ落ちる。

無い。自転車も、死体も、血の跡も、肉片も……何も無い。

俺は人は轢いていない!


「良かった……本当に良かった……くそっ……脅かしやがって!はぁ……良かった……」


一応、警察と会社にも電話を入れ、確かめてもらうがいつも通りだった。


「すみません社長……」

「大野……またか。また幽霊轢いたのか……」

「……そのようです……。でも今回は本当に人を轢いてしまったかと……!」

「落ち着け!お前本当に変な薬とかやってねぇだろうな?こっちを出るときの検査項目はきちんとクリアしてるようだけどよ」

「やってませんよ!……もう、ほんと嫌なんですよ俺も!本当にこの車大丈夫なんですよね!?曰くつきとかそういうんじゃないですよね!?」

「新品だっつってんだろうが!!お前がビニール破ったんだろうが忘れたのか?そっからずっと大事に使ってるのを俺は見てるよ。傷一つねぇ。まあいい、誰も轢いてないんだろ?その怖さを身を持って体験してんだ、これからも無事故でいれるだろ」

「そりゃ無いですよ社長!こっちは本当に怖かったんですよ!?」

「とりあえず事故はなかったんだ。もうそろそろお前休む時間だろうが、一旦出発するまで寝て休め。ああ、その前に荷物チェックしておけよ。中身が心配だ」

「あ、ああ、はい。……分かりました……。すみません、では……」


電話を切って時計を見る。既に3時を回っていた。

ため息を付きながら簡単に車両のチェックをして乗り込み、目的の道の駅で眠れたのは4時近くになってからだった。


□□□□□□


「戻りましたー……」

「おう、お疲れ!今回も災難だったな!」

「茶化さないで下さいよ……ほんとにあれキツイんですからね?今でも覚えてるよあの顔。こっちを目ん玉飛び出るかと思うくらいに目を見開いてさ……」


今週もなんとか無事に過ごし、報告のために会社に戻った。

運転記録を書き込んだファイルを事務に渡して、社長の席に行ったのだった。

この社長とも長い付き合いで、13年程前に先代の社長からその席を受け継いだ息子。

最初はどうなんだろうと思っていたが、なかなか先を見れるやつだったらしくて、経営難に苦しんでいたこの会社を何とかギリギリ黒字位のところまでは引き上げてくれた。

燃料も高くなったりして苦しい時に、よくそれくらいでなんとか回したものだと思う。

このまま行ければもうちょっと楽になるだろう。


そんな社長のいじりから解放され、久しぶりの家に戻る。


「……歳だな……。疲れが取れねぇ」


シートタイプの消炎鎮痛剤をペタペタと貼り付けて横になる。

どっかに遊びに行くなんて言う体力なんざ残っちゃいない。

まだ真っ昼間だが、休みの日はこうしてダラダラするに限る。

明日の日曜一日を寝て過ごして、また月曜日から仕事が始まるのだ。


□□□□□□


「点呼取るぞ―!集まれー」


出発前に最近厳しくなっていった事前のチェックをする。

アルコール検知器なんてものまで使い出したのはここ最近だ。

当然、何もなく終了する。

そもそも俺は酒はあまり飲まない。少し飲んだだけで体中赤くなるほどに弱いため飲み会も最初の一杯を一口飲んだだけで後は適当に皆に合わせて食っていた。

おかげで酔っ払った同僚を何とかする役目が俺に回ってくるのだからたまったもんじゃない。

ま、でもそうやって騒いでいるときはそれなりに楽しいものなんだけども。


車両のチェックを終えて、車止めを外す。

箱のなかに車止めを放り込み、荷室の戸締まりを確認しながら運転席へ……と手を伸ばした所で携帯電話を落としてしまった。


「ああぁぁぁ!くっそ……携帯落としちまった!しかも私物の方じゃねぇかよ……ついてねぇ……高いんだからよぉ……壊れてなきゃいいな……」


落ちた拍子に靴にあたってトラックの下に潜り込むように滑っていったリンゴマークのスマホ。

姪っ子の写真を送るって事で、より綺麗に大きく写真を見れるスマホに弟が変更してくれた。

最初はひたすら使いにくかったものの、なんとかある程度は使えるようになった。

……まあ、メールは返信を2~3行打つのにも20分ほどかかるんだけど。若い奴らがあんだけ早く打ち込めるのが今でも理解できない。

送ったと思ったら弟からはスマホを置いた瞬間着信音がなる。

なんで3歳しか違わねぇのにあいつはこんなに慣れてんだよ!と思ったことは数知れず。


なんにせよ、ポンポン気軽に携帯を変える時代は終わってしまい、数万の物を購入しなければならなくなってからはなるべく長く持たせるように大事に扱っていた。


「どこだ?あ、あった……ってくそ……届かない……」


手を伸ばしても車体の中央付近に行ってしまったそれには手が届かず、車体の下に潜り込む形で無理やりとった。

幸い液晶には傷もついておらず、操作も問題無さそうだ。

代わりに背面が引っかき傷だらけになってしまったが。


その時。

トラックが動いた。

誰かが乗っているわけではない。さっき潜り込む直前には誰も居なかった。

パーキングブレーキ?それも違う。発車する直前にしか操作しない。

ちらっと見た限りではハンドルが上がっていたはずだ。

なんで……。


巨大な質量を持ったトラックが前進してくる。

じわじわと近づいてくるタイヤ。


「まじかよ!なんでだよ!おーい!!誰か―!!助けてくれ!!」


そして叫んでから気づいた。

音がしないことを。

アスファルトをゆっくりと進むタイヤの音はしっかりと聞こえているのに、あれだけいた皆が回りにいない。

それどころか他のトラックのタイヤがここから見えない。


「おい!皆どこ行った!おい!っぐっ……」


急いで逃げようとしたものの、後ろ向きに出て行く前にタイヤが俺の左腕に乗る。

ミシっと骨がきしんだ気がした。その後訪れるのは激痛。


「ぎゃああぁぁぁぁぁ!!!いてぇぇえ!腕が!腕がぁぁぁぁ!!」


なおも歩みを止めないトラックはじわじわと俺を押しつぶしていく。

腕の関節が砕けた。肋骨が折れ肺は潰れ、心臓の鼓動は止まり……。

俺は、激痛の中、死んだ。


□□□□□□


「ん……はっ!?…………夢?か?あ?なんだ?どこだここ?」


自分が自分のトラックに轢き殺されるというふざけた最期の夢を見た。

そして起き上がるとそこは森のなかだった。

木漏れ日が揺れ、どこか神秘的な雰囲気のするそこは明らかに自分の家でもトラックの中でもない。


寝てる間に誘拐?俺殺されかけて山に放置されたとか?いや……でも傷とかねぇよな……。

頭は……痛くない。ポケット……あれ?何もないぞ……ライター……タバコ……スマホと会社の携帯……くそ財布もねぇ!見事に身ぐるみ剥がされたってわけか?


「はあ……一文無しだと?くっそ……意味分かんねぇ!大体ここどこだよ!!!」


携帯無いからどことも連絡採れねぇし……。

こんな土むき出しの道なんて通ってるところだから、相当変な所に置かれたみたいだな。

腹立たしいが……助けを呼びたくても呼べないしなぁ。

……降りるしかねぇのか……くっそ……どうしてこうなった……。


会社では俺が居なくなってどうなってんだろうな?

いや、そもそも俺は……携帯を落としてトラックの下に潜り込んで……やっぱり夢のことしか覚えてねぇな。

気を失う前は何してたんだ?えらくリアルな夢過ぎてもう訳が分からなくなってきたな。


踏み固められた土の道に沿って歩いて行く。

腹が減ってきた……いつもならそろそろ朝飯を食ってるころだ。

麓にコンビニでもあれば……あ、金がねぇ。なら交番か?どこまで行きゃ良いんだ?


既に日は真上から照らしているが全然先が見えない。

泣きたくなってきた。いつも真面目に仕事一筋でやってきたのに何だこの仕打ちは!

神様ってやつが居たら本気でひねくれてやがるよな!

まあそもそもちゃらんぽらんな奴が出世するような世の中じゃ、神様なんて居ねぇってのはよく分かるけどな。

ああもう……駄目だ。腹が減ってるわ足は痛いわ……。

水……。


フラフラになりながら歩き続けていたがもう無理だ。

一旦休もう。調度良くでかい切り株がある。


「うああ……足いてぇ……」


マッサージでもしようかと汚い安物のスニーカーを脱いでみると、赤黒いものが靴底にベッタリとついていた。

しまった。脱がなきゃ良かった。気が付かなければまだ何とかなったのに。

ゆっくりと痛みを我慢して靴を履き直す。

一気に歩く気力も削がれる。

足をつくだけでしびれるような痛みがあり、一度座ってしまったがために余計に体重をかけれなくなった。

近くに川もない。見渡す限りの木。


「……クマとか居ないだろうなここ。鉢合わせたら洒落にならねぇし……」


そう思うとこの気持ちよさすら覚える森もいきなり怖くなってきた。

腹も減ってるしさっさとこの森を抜けよう。そうしよう。

足は痛いけど帰ってから病院行けば良い。


「おっし、暗くなる前に何としてでも降りるぞ……!くそ……イテェ……!」


痛む足を引きずりながら何とか歩き続ける。

腹が減ってるのも、足が痛いのも、とりあえず麓に行って民家でもあればなんとかなる。

電話貸してもらって警察に連絡さえ出来れば……。


□□□□□□


「まだ着かないのかよ……どこまで続いてるんだよ……畜生……暗くなってきやがった!」


日が傾き、空は赤く染まる。

たまに聞こえる狼っぽい遠吠えがやたらと怖い。夜になったら死ぬ。絶対ヤバイ。

そんな絶望を感じながら歩き続けていた俺の耳にガラゴロと何かの音が聞こえてきた。


「……馬車?」


前方から蹄と車輪の音を立てて近づいてくるのは幌馬車だった。

栗毛の二頭立て。御者の格好もなんだか妙に古臭い。


どこの田舎行ってもこんなもん走ってるところなんて見たことがない。

服は……麻かなんかでやったような生地の色そのままの服。

映画の撮影場所かなんかにでてしまったんだろうか?っつーか……外国人か?どう見ても日本人には見えない。

まあいい。こっちは死にかけてるんだ、助けてもらおう。


「おーい!!そこの人!すまないが助けてくれ!たす……ちょ、おい……まてまてまて!!!」


馬車の前に出て手を振ったら止まってくれたのは良いが、馬車の中から剣を抜いた奴らが二人出てきた。何を言っているのか全く分からないし、剣をこっちに向けたままで何かを喚いている。

こっちも必死で助けてくれと懇願し、手を上げて降伏を示してみる。

やべぇ俺ここで死ぬかも……これ撮影じゃないの?何なの?すっげぇ怖い!よく見たら今近づいてきてる方の服に血っぽいの付いてるじゃねぇか!マジ助けて!


「ーーーーーー?」

「は?いや、言葉分かんねぇ、えーっと……は、ハロー?」

「ーー?ーーーー?」

「だから何言ってるか分かんねぇよ……助けて!えーっとヘルプミー?」

「ーー。ーーーー。ーーーー……」


なんかため息付かれた。

でも何とか助かったみたいだ。剣を収めて立たせてくれた。

何やら気遣うような顔で話しかけてくるけどさっぱり分からない。

とりあえず身振り手振りで足が痛くてもう歩けないこととかを必死で伝えて、助けて欲しいとお願いする。


「ーーーー」


お、通じたか?

馬車に乗せてくれるみたいだ。ああ……助かった……。

とりあえずこんな森のなかで狼に食われることは避けられたか。


中に入ると黒いローブを着て杖を持ったいかにも魔法使いって感じのやつと、さっきの剣を持った二人、そして親子っぽい三人が居た。

みんな昔見た映画とかで着てるような服を着ている。

そしてカメラはやっぱりどこにもない。

俺は外国にでも連れてこられたのか?でもこんな格好してる奴ら見たことねぇな。

しかもジロジロと変なものを見るかのような視線を感じる。

やっぱ服か?

運送会社のロゴ入りの作業服がそんなにおかしいかちくしょう。


馬車に乗れたのでとりあえず歩くことはしなくても良さそうだと思い、靴の中を見てみる。

うわ……真っ赤だな……後で洗わないとな……。

靴の下敷きとか言っても分かんねぇだろうし、そもそも金もなけりゃ言葉も通じない。とりあえず病院行きたい。でも金が無い。……どうするかね……。


「ーーーー?」

「ん?いや、言葉分からないんだよ……何て言ってるんだ?」

「ーーー。ーーーー?」

「足?ああこれか、豆が潰れたらしくて痛いんだよ……病院とか……病院……わかる?病院。治療するとこ。それか包帯とか」

「ーーーー」


黒ローブの人が話しかけてきた。

女だったのか。全然わからなかった。そもそも顔すら見えない。

ただやっぱり言葉が通じない。

足を指差していたので「怪我はどうしたの」とかそんな感じのことを言ってる……のか?

病院とか治療とか包帯とか言ってみたけど全然通じねぇ。

ただ、気遣ってくれてるのは分かる。


と、手を伸ばして足に触れるか触れないかのところで手をかざしだす。


「いや、おまじないとかされても痛さは変わらな……」


なんか、青白い光が手と俺の足の間から漏れている。それと同時にあれだけ痺れるような痛みがすーっと引いていく。おまじないが効いた……っていうかこれはそんなもんじゃないぞまさに魔法だ。

いやいやトリックだ。トリックに違いない。あれか?一般人を狙ったドッキリとかなんかそういうやつか?にしても散々豆粒れるまで歩かされるとか酷すぎるだろ絶対抗議してやる。


もう片方も出せという感じの身振りをされたので大人しく出す。

やっぱりさっきと同じように光ったと同時にどんどん痛みが消えていった。

ああもうトリックとかどうでもいいよ、痛みが消えただけでもありがたい。そしてローブの下の顔ちょろっと見えたけどすっごい可愛い子だった。

20歳前後かな、若くて肌の白い女だった。

痛みをとってくれた事自体には変わりはない。素直に礼を言っておこう。


「……なんだかわからないけど……ありがとう。助かった!」

「ー、ーーー。ーーーー」


思わず手を握り、感謝の言葉を伝えたらちょっと引かれた。

元いた所に座り直した美人魔法使いっぽいねーちゃんはまた俯いて何も話さず黙って座っている。

……とりあえず痛みはなくなったので、傷の状態だけ確認しておこうと靴下を脱いでみれば……。


「あれ?破れてない。というか……どこにも傷がない?え、嘘だろ?痛みだけじゃなくて傷も治ったってことか!?」


信じられない奇跡もあったものだ。

とりあえず病院に行く手間が減った。ねーちゃんホント感謝だわ。

これで本当にホッとしたせいだろう、忘れていた空腹が腹を鳴らす。

馬車の中に思いっきり響いてすっごく恥ずかしい。

剣士っぽい二人は顔を見合わせて仕方ねーなみたいな顔してるし、向かいに座ってる家族はニコニコしてこっち見てるし。

いっそ笑ってくれたほうがまだ救われる。


「ーーーー。ーー」

「ん?おお、何だ、くれるのか!?すまんありがとう。ありがたくもらうよ」


剣士っぽいやつの片方がパンと干し肉を渡してくれた。

一口かじって見るがやたらと固い。

ここに来て歯が弱ってる俺にこれは辛いぞ!歯槽膿漏一歩手前とか言われてたのに!

それでも少しずつかじってはよく噛んで飲み下す。

味はそんな美味いわけじゃないはずなんだけども、限界まで腹が減っていたせいかやたらと美味しく感じる。

前に座っていた家族の奥さんのほうがなんかコップに入ったスープみたいなものをくれた。

なにこれ、すっげぇ皆優しい。

あれ、なんか涙出てきた……。


□□□□□□


突然泣き出した俺にちょっと戸惑いつつも、皆に感謝の意を伝え……伝わってるかは知らないが。

ありがたく貰った物を完食したら今度はとてつもない睡魔に襲われた。

かなりの長時間を歩きっぱなしだったんだから仕方ない。


次に目を覚ました時にはゴワゴワした布をかけられて寝かされていた。

まだ幌馬車の中に居るようだ。

しかし、停まっているようで皆も居なくなっている。

外から声が聞こえているので覗いてみると、焚き火を囲んで皆がそこに居た。

良かった、誰もいなくなったかと思ってちょっと怖かった。


「ーーー。ーーー!」


相変わらず何を言っているのかわからないが、手招きしてくれてるようだから降りる。

予想外に高いところから着地して、豆が潰れた時の痛みを思い出して葉を食いしばったが痛くなかった。ああ、そういや治してもらったんだっけ?

ほんとに全然痛くねえな。

まあ歩けるなら文句はないさ。


皆夕食を囲っていたようで、御者を含めた全員でシチューみたいな奴とパンを食べていた。

俺の分もあるようで剣士っぽい一人が手渡してくれる。

礼を言って受け取り、食べる。

……めちゃくちゃ美味いわけでもないけど、身体があったまるし何より疲れが取れていく感じがする。

相変わらずパンが固いのでスープにつけて食ったら柔らかくて調度良かった。

それにしても俺は本当にどこに連れてこられたんだ。

周りは外国人だらけで言葉は通じないし、やたらと古い格好してるし。

革製の鎧とか着てるからなあの剣士っぽい奴ら。


その後見張りの剣士を残して皆寝始めたので、とりあえず俺もそれに習って眠ることにした。


次の日の朝朝食を軽く摂ってから馬車に乗り込み移動を始める。

歩きに比べたらかなり快適なこの移動、眠くなるな……揺れてるけどあまり気にならない。慣れてるからだろうか。

とりあえず寝てしまおう。


とか思って寝てたら突然馬車が停まって騒がしくなった。

びっくりして飛び起きると剣士の二人が居なくなって外では怒号と金属がぶつかり合う音が聞こえてくる。

家族は皆で抱き合って馬車の奥のほうで子供を守っていた。

幌の隙間から外を見てみたら汚い格好をした奴らが剣士達に殺されていた。

日本では見ることがなかったスプラッタな光景が広がっている。

しばらくして二人が戻り、また魔法使いのねーちゃんが二人に光を当てていた。


「……え、……待って、人を斬り殺して……え、特殊メイクとかじゃないぞこれ……」


血の匂い。

どこからどう見ても掻っ捌かれて中身が出てる奴。

さっきまで動いていた奴が段々動かなくなっていく光景。

ヤバイ。おかしい。こんなこと現実じゃない。


親子の方はホッとした顔で手を取り合っている事から考えれば……これは襲撃を受けたということか?

そしてあの二人が返り討ちにしたということ?

見ている限りではあの二人の腕は確かだろう。ものすごく強かった。何をしたのかわからないうちに敵が血を吹いて倒れたりしていた。

突然燃え上がったりして転げまわる奴も居た。

何もかもが現実離れしている。


こいつら、人を殺しても全く動じてない。

それが日常とでも言うかのように。いくら他の国だって言ってもこんなことは許されているわけ無い。

今は時代が違う。……時代?まさかタイムスリップとかか?しかも外国に。

それなら何となくこういうことがあっても分かる。

剣士が居ても分かる。しかも強いみたいだから俺達は安全だろう。

とりあえずどこに行くのか走らないけど恐らく街とかなんだろうから、そこに行ったらまた色々分かるだろ。


しばらく馬車に揺られていると森が途切れて平原になった。

地平線が見えるほどに何も無い平原を馬車が行く。

幌の後ろを開けているので景色がよく見える。

で、さっきから鳥とは違うもうどう見てもドラゴンとしか言いようが無い生物が遠くの山の上を飛んでいるのが見える。

昔でもねぇなこれ。

あれか、映画やゲームの世界だよな……。あんなんに襲われたら死ぬ。


「夢、見てんのかな俺。いや、あの押しつぶされる夢が現実で今ここに居るのが夢なのかね?死ぬまでの一瞬でこんな夢見てるとか?はぁ……こんな冒険なんて俺は全くやりたくねぇよ……」

「ーーー?」

「ん?心配してくれてるのか?ありがとうな。俺は大丈夫だ」


向かいに座っている家族の娘が気を使ってくれたみたいだ。

子供に心配されるなんてな……。


特にその後は何事も無く、俺は一つの村についた。

皆に改めて礼を言い、何かお礼にと渡そうとするが何も無い。

苦笑しながら何もいらないという感じの手振りをしてきたのでまた頭を下げて例を言った。

今回本当に彼らに出会わなければ絶対死んでた。

あんな山賊だか盗賊だかが出るような所に武器もなしに俺一人とか絶対生き延びれるわけがねぇ。


村の中は結構活気があって、様々な人達が行き交っている。

2メートルを超す巨漢。でかい剣を背負った戦士。ローブを着込んだ者、やたら背の低いおっさん。

人と猫を合わせたような……何だあれは。

くっつけてるわけでもない。尻から生えた尻尾は移動に合わせて揺れているだけでなく、明らかに自分の意志でも動かしている。

俺の後ろで怒鳴り声が聞こえて慌てて横にどけると、荷車の上に縛り付けられた見たこともない生物の死体。


キョロキョロしていると突然後ろから声をかけられた。


「おい、おっさん。あんた日本人だな?」


意味が理解できる。

と言うか、俺がいつも使っている言葉。

振り向くと格好はここの皆が来ているような服だが、どう見ても日本人の学生って位の顔した青年が居た。


「おーい……聞こえてるのか?意味分かるよな?日本語わかるだろ?どう見てもお前その格好運送会社だろうが」

「え、あ、ああ。分かる。分かるよ!日本語だ!やっと話が通じる人と会えた!!!」

「やめろ!抱きつくな気持ち悪い!!」


この訳の分からない世界の中で、俺はやっとで話が出来る人と出会うことが出来た。

かなり年は離れているがそんなの関係ない。心細かった。

いきなり剣を向けられて、何とか生き延びれたかと思ったら盗賊の襲撃にあって、人が死ぬ瞬間をこの目で見た。

更に変な生き物やら見たことのない人たちを見て頭のなかはパニックだった。


「とりあえず……うちに案内するからちょっとついて来てくれ」

「ああ、ああ!良かった……本当に良かった……」

「とりあえずさっさと離れてくれ。俺はおっさんとくっつく趣味はないぞ」


そう言われて周りを見るとものすごい注目を浴びていた。


□□□□□□


青年が住んでいる家に案内してもらい、お茶をすする。

大分落ち着いてきた。


「で、おっさんは日本人でいいよな?それだけデカデカと漢字で『岩屋総運』なんて書いてるんだからな」

「そう、そうだ。俺はただの運送屋。トラックの運転手だ……君は?いやそもそもここどこだ?」

「俺は上田省吾。大学生だったんだけど……コンパで酔っ払って家に帰る途中にすっ転んだことは覚えてるんだけどそっから先は分かんね。いつの間にかこの村の近くで寝てて、門番の人に連れてこられたんだ。もう4年前かな。……で……ここは多分信じられ無いだろうけど、地球ですら無いどこかとしか言いようが無いかな。異世界ってやつ。ファンタジー物の映画とか見たことある?」

「あるけどよ……異世界だ?地球じゃない?夢でもないのか……」

「現実だよ、斬られりゃ痛いし死ぬ。もういやというほど味わったさ……。まあ、そんなわけで俺達の言うファンタジーの世界へようこそ。剣と魔法の世界、ドラゴンが空を飛んで魔物がたまに襲ってくるそんな危険な世界だけどな」

「……うっそだろ……」

「現実見ろよ。俺だって必死で言葉覚えたんだぞ?何言ってるかさっぱり分かんねぇし、子供に混じってさ、何とかこうして話せる位にはなった。まだ読むのは良いけど書くのは怪しいかな。でも買い物するくらいなら問題ないし……何より本当に魔法も使えるんだぜ?」


何かをごにょごにょつぶやくと、彼の指先に小さな炎が灯る。

幻覚とかトリック何かとは違う本物の魔法。

小さいころ憧れたアレ。

そういやゲームやったなぁ……当たり前のように主人公たちはコマンド通りに技を使って魔法を放つ。

仮想空間だとしても楽しかった。


今それを目の前で見せられている。


「……俺も、出来るのかもしかして」

「多分。適性がないと出来ないとかいう話は聞いたけど、大抵は何かしらの適性があるそうだ。後はとにかく言葉を覚えてくれ。死ぬ気で」

「え!君が通訳……」

「最初のうちはやってやるよ。でも自分でも日常会話が出来るくらいには覚えてもらう」

「でも俺もう歳だし新しく覚えるのは……」


突然、彼の表情が険しくなった。というか、怒ってる。


「いや、何が何でも覚えろよ、おっさん。俺はいつまでもあんたの面倒は見れないの。確かにおっさんくらいの歳になると物を覚えるのは大変だろうね。でも覚えてもらわないと、あんた死ぬよ」

「いや君と……」

「俺と一緒に居ればいいじゃないかって?ああそうだろうね。でもさ、ここってそんな甘い世界じゃないよ。ここの人達が生計を立てるのにどうしているか知ってる?店を経営したり、その店で働いたり。はい、何も言葉がわからないのに働ける?」

「……無理だ……な」

「で、もう一つ方法があってこっちはあまり話す必要はない。最初のうちは読み書きも必要ない」

「それは何だ?それで生活できるんだろ?」

「狩人だよ。魔物を狩るんだ。その辺に居るうさぎやら鳥やらを狩って売っても大した金にはならないどころか、それは子供の仕事なんだよ。大人が生活するなら魔物を狩る位でないと駄目なんだ」


魔物?普通の狩りが子供の仕事……?

生き物を殺すってことか?出来るわけねぇよ!


「魔物を狩って、とある場所に売りに行く。日本でも害獣駆除とかでお金もらえたりしたろ。あんな感じで害を及ぼす魔物を狩って間引きする仕事があるんだ。そうやって日銭を稼ぐ。でもな、ここで言葉とか分からないとどうなると思う?買い叩かれるんだよ。要するに騙されるんだ。こんなんじゃこれくらいにしかならねぇよって感じで相場の遥か下の値段を出される。でも分からないから了承するだろ?飢え死に一直線さ……」

「…………」

「子供でも狩れるような魔物を必死で狩って、前の子がどれだけの値段で売ったかを確認して、それより低いようだったら売らない。そうやって色々覚えてきた。同時に必死で文字を覚えたし、話し方も覚えていった。子供用の読み書きの本とか、孤児院でちっさい子供に混じって言葉を習ってな。それでようやく普通の狩りが出来るようになったし、騙されることも少なくなった。でも今度は狩る魔物のレベルも上がっていく。当然少し危険度が増せば高くなる。良い暮らしをしたければそういうのを狩るしか無い。でも、腕がなけりゃ死ぬんだよ割とあっさり」

「…………ごめん」

「で、俺はそういう狩りを仕事にしてる。まだ接客とか出来るくらい分かるわけじゃないからな。簡単な会話くらいだ。何かの事故で俺が死んだらどうするの?」

「よく、分かった。いつまでも頼ってたら本当に死ぬってのはよく分かった。確かにそうだ、騙されてもわからないし、何をしたら良いのかもわからないもんな……ごめん」

「でもおっさんは俺に会った。最初からある程度の知識とか、言葉を覚える機会があるんだわ。ありがたい話だろうが。言葉を習って話せるようになって、狩りが出来るように訓練はしてやる。でもそっからは自分でなんとかしてくれ」

「……分かった……。甘えちゃ駄目だな、よく、分かった」


それから色々言われた。

狩人として生計を立てるとしても、武器が必要。彼は最初罠を作ったりして動けなくなった所を石で殴り殺したりしていたそうだ。

ものすごい人だと思う。俺がこんなに混乱して何もできないでいるのに、確実に生き残るためにどうするかを考えて行動していた。

言葉も通じない世界で。


そして狩りを始めても怪我をしないこと。怪我をすればその分薬などを買うお金がかかる。要するに生活費が無くなる。

防具や武器なんかも大切ではあるけど、下手に買うと食うための金がなくなるからよく考えて使うこと。

そして絶対に人と敵対しないこと。

俺もそれは見ていて覚えている。とにかく強いんだそうだ。読み書きが出来て強くなれればいろいろな仕事が出来るらしい。そしてそれくらいの強さになるということは、俺が見ていたあの二人と同じか更に強いということだそうだ。

そんなのと喧嘩したら確実に首を落とされて殺されると言われた。

でも脅しなんかじゃないのはよくわかってる。あれは本当に殺される。敵対したら絶対に躊躇せずに殺しに来る人達だ。


そして、彼がここに来てから数人の日本人にあっているそうだ。

男だったり女だったり。

よくどっかで行き倒れていたとか、傷だらけになって倒れていたとか言うことで運ばれてきているらしい。大体のやつが『トラックに跳ねられて気づいたら放り出されていた』と言っていたらしい。

……。冷や汗が背中を伝う。

まさか……。


「後は薬草とか香草とか色々生えてるのがあるから、獲物を見つけながらそういうのも探すと良い。まあどうせ今は分からないだろうから良いけど……。さて、じゃあ早速言葉を習いに行ってもらうよ。丁度つい最近こっちに来たばかりの奴が居るんだ」

「え、今から?」

「今からやらなかったらズルズルやらなくなるもんだろ。おっさん一人じゃ絶対やりそうにねぇしな。仲間がいるんだまあ頑張ってくればいい。ちなみに食事と寝るとき以外はずっと勉強だからな」

「……分かった……」


言いたいことはあったが逃げたら死ぬと思えばやらなきゃならねぇからな……。

仕方ない。


□□□□□□


子供たちが地面に座って文字の書き取りなどをしている。

お互いに絵を書いて何の絵かを言い当てたりとゲームのように遊びながら覚えていっているんだろう。


「……で、俺もあの中に入って行けってか!?」

「俺もやったし、実際これが手っ取り早いぞ。ほら、あそこにも居るだろ」

「あれ教師じゃなかったのかよ……」


そして名前を呼ばれて振り返った青年を見て確信する。

……昨日、俺が撥ねたやつだ。

完全に目があったし顔を忘れようとしても忘れられない。

目を見開いて恐怖を貼り付けた顔。

今まで俺が轢いてきた奴が、恐らく全員ここに居る。


「……上田君……」

「ん?どうしたおっさん?」

「君はここに来た理由分からないって言ってたよな?」

「ああ、気がついたら居た」

「俺の、せいだ。多分。いや確実に」

「待って。ちょっとあいつ呼んでくる」


孤児院の一室を借りて、そこで男3人が顔を突き合わせる。

ここでさっきまで勉強をしていたのは清水雅樹君、まだ高校生だった。身長が高くて体つきが良かったから大学生とか何かだと思っていた。


「で、おっさん。さっき言ったこと話してくれる?」

「分かった。まず、君たちに謝らなければならない。ごめん。本当にごめん!」

「いや、なんで大野さんが謝るんです?」

「さっき上田君には話したんだけど、ここに君たちが来た理由の原因が俺なんだ」

「は?え?どういうこと?」


混乱している清水君。

これ言ったら絶対怒られるよな……。いやでも今言わなきゃもっと駄目だろ、人として。


「俺はトラックの運転手をやっていた」

「……ん?」

「清水君、ここに来たのって何日前?」

「四日前だけど」

「……やっぱり……。君自転車乗って脇道から飛び出して跳ねられただろ」

「てめえかこの野郎!ふざけんな死ねや!!!」


清水君が殴りかかってくる。幽霊だと思っていたけど本当に人だった。しかもこんな訳のわからない所に飛ばされた。怒って当然だ。


「ま、まて清水!落ち着け!」

「こいつが!!こいつが俺のこと殺したんだぞ!!」

「分かってる!分かってるけどちょっと落ち着け!自分も悪かったって言ってただろうが!!」

「う……いや……でも……」

「そりゃトラックに轢かれて死んでこんな所に飛ばされてるんだから怒りたくもなるだろうけどさ、清水を含めて他の皆も大体自業自得だったろ。話が本当なら俺もフラフラに酔っ払ってころんだ時に車道にでも出てって轢かれたんだと思う。おっさんだけが悪いわけじゃない」

「……わかった」


まだ睨んでるけどとりあえず矛を収めてくれたようだ。

思いっきり顔面殴られて本気で目が開けられない。いてぇ……。


「で、おっさん、ちょっとそれ詳しく教えてくんない?」

「……ああ、分かった。俺が会社から新しいトラックを割り当てられてからしばらくして、誰かを撥ねたんだ。もちろん寝ても居ないし脇見もしては居ない。それだけは信じて欲しい。……で、確か一番最初は歩道を歩いていた奴がいきなりこっちに倒れてきたんだ。あの時の何かを踏んだ感触は未だに覚えてる。本当に、突然だった。さっきまで普通に歩いていた奴が、すれ違う瞬間に倒れたんだよ……ブレーキも何も絶対に間に合わなかった。多分、それが上田くんだったのかもしれない。突然何かにつまずいたようにしてこっちに向かってきたと思ったら轢いていたから」

「……マジかよ……。あの時のことは殆ど覚えてなかったんだよな……確かに何かに引っかかった感じで転んだ。でもそっから先は何も覚えてない」

「その後、当たり前だが何とかブレーキをかけて停まってから警察呼んだ。もう頭が真っ白になってて運転席でハンドルにしがみついて脂汗流していたんだ。で、警察からなんて言われたと思う?」


無言で先を促す二人。

さっきまで起こっていた清水君も真剣に聞いている。


「『被害者はどこですか?』だ。意味が分からなかった。確かに人を轢いた感触があったのに、後ろを見ても死体どころか血の一滴も残ってなかった。残っていたのは俺の車のブレーキ痕だけだ。色々捜索したものの特に何も出ず、ニュースにも何にもそのことは出なかった。だから俺はあれは以前に同じような死に方をした幽霊か何かだと言い聞かせて来たんだよ……」

「俺が居なくなって、ニュースにならなかったのか?捜索願とかそういうのも……そもそも目撃者とか居なかったのか?」

「それなんだけどな、不思議な事に必ず俺と撥ねられた奴以外は誰も居ないんだ。住宅があってもぞの住人が居なかったり、気づいていなかったり。捜索願とかは家族と話したわけじゃないから分からない。でも、これまでに5人轢いてきて誰一人ニュースにならなかったのは確かだ」

「5人……俺、明子、準、彩花、雅樹……確かに5人だな」

「ちなみに上田君は4年前の出来事だよ。確かここに来て4年って、言ってたよね」


完全に確定だな。俺……というかあのトラック?になんかあるんだろう。

轢かれた人は向こうでの存在がなかったことになってこっちで復活する。そんな感じか。

みんな生きていたから俺としては気が楽になった感じはあるが……それでも、とても申し訳なく感じる。


「二人目は女の子だったな。突然脇道から走って出てきたんだ。やっぱり確実にぶつかる瞬間に。撥ね飛ばした時に長い髪の毛とスカートが見えたから女の子だと思ったんだけど、さっき上田くんが言っていた中にこんな死に方したって言ってた子居なかった?」

「居た。俺がこっちにきて少ししてから来たやつで明子って言ってた。短大生で夜遅くまでバイトしてて帰りに突然トラックかなんかに撥ねられたって言ってたから間違いないと思う。黒髪でスカートは確か青で膝くらいの丈」

「ああ……確かにそんな感じだった。やっぱりあのトラックで殺された人は皆こっちに来てるのか」


で、今は俺もこっちに居ると。アホくさい理由で……。


「まあ……さっきはカッとなって殴っちまったけど……なんか話聞いてると確かに避けようがないみたいだな。大野さんすみませんでした!」

「いや、謝るのは俺の方で……」

「違います。多分、謝らなきゃならないのは俺達の方なんです。飛び出したりとかして大野さんを苦しめたんだし。まあ、生きてますけど。って、じゃあなんで大野さんこっちに居るんです?」

「……携帯落っことして拾おうと思って体を車の下に滑り込ませてたらいきなり動き出してゆっくりと轢かれた。死ぬほど痛かったぞ……」

「実際死んだからこっち来てるんだけどな……。まあ、なんだ。おっさんも結局被害者みたいなもんかね……。恨んでも仕方ないと思うぜ?トラックが未だあるなら誰かまたここに来そうな気はするけど」

「あー。居ないことになってるなら、別な人がドライバーになって運転してるだろうしねー。トラックに原因があるならありそうですね」


確かにその可能性は充分あると思う。

これから段々増えていくんだろうか。日本人。トラックが用済みになってどっかに売られたら別な所の奴が来たりして。


「そういえば、清水君の前に来ていたって言う3人はどうしたんだ?この村にいるのか?」

「……居ない。準っていう確かあいつも高校生だったな。そいつは色々めんどくさがって俺の家から剣を盗んで狩りに行ったらしくて……襲われて半分食われて死んでいる所をベテランの奴に見つけてもらった」

「死ん……だ……」

「明子はこっちに来てからずっとわめきっぱなしで大変だったな。さっき話しをしたところまで聞いてから寝てさ。起きた時にいきなりパニックになって発狂した。そのまま飛び出していって、村を出て行ってしまったんだ。で、後で盗賊団のアジトが発見された時に明子も一緒に見つかったらしい。慰みものにされておかしくなったんだろうって話だった。そのまま奴隷として売られていったよ」

「そんな……!」

「言っとくが、俺はやれることはやったんだぞ。落ち着かせて話を聞いて、どういう状況なのかをはっきり伝えた。言うことを聞かずに飛び出した挙句捕まって輪姦された事に関しては何も出来ねぇよ。奴隷っていうのに反応したと思うけど、ここじゃ金ももたずにうろうろしてりゃ奴隷として強制的に働かせられるんだぜ。それが可哀想だと思ったからお前らのことも拾ったんだ。それを忘れるなよ」

「えっと……俺も初めて聞いたんだけど……上田さん、その明子さんて人は……」

「物好きが買って慰み者がいい所だろ。俺も奴隷を買える位の金は持ってねぇんだ。買い戻してやればっていうのは聞かないぞ。やりたきゃ自分が稼いでから文句を言えよ?」


……想像以上に怖いところだったなここは……。

じゃあ俺もあのまま上田君に見つけてもらえずにうろうろしてたら……奴隷に?炭鉱とかで働かせられたり?あっぶねぇ……。


「いや、そこまで言う気はないよ。むしろ、助けてくれてありがとう。お金がなけりゃ何も出来ないのはよく分かってるつもりだ……」

「俺も、ありがとうございます上田さん。上田さんが居なかったら俺きっと死んでた。ナイフあれば雑魚とか簡単にやれるだろって思ってたし……」

「スライムとかもいるけど手を出すなよ。あれ雑魚じゃないからな。ヘタしたら国が滅ぶほどの危険な魔物だからなあれ」

「マジっすか……」

「考えてみろよ、お前水切れる?しかもその液体が強酸だったら?それがスライムなんだぜ。無色透明で膜を広げたようにして獲物がかかるのを待っている。かかったら最期、全て溶かされて死ぬってよ。魔法使いの魔法でも無ければいつまでたっても倒せないそうだ」


弱いモンスター筆頭のスライムか……いや、確かに普通に考えればそうだよな。

水のように不定形のやつをどうやったら棍棒やら剣やらで倒せるのかって話だ。

防具で強酸なんか防げるわけもない。

顔にかかったらアウトだろうそんなもん。


「あれ、じゃあもう一人は?」

「彩花っていうやつだ。俺も顔は分からない」

「え、なんで……」

「……ある日俺が狩りに出た時に、狼どもがやたら集まっていたんだ。狼は一人で相手にするには危険過ぎるんだけどな、木に登って安全なところから弓で殺していった。無事に狼を排除できたところで何に群がってるかを確かめてみたら……顔と腹を食い破られて半裸で死んでたんだよ。そいつが。制服っぽかったけどボロボロだし血で元の色がわからないくらいになってたからなんとも言えなかったんだけど、ブレザーの裏側に遠藤彩花って名前が刺繍されてたんだ。多分、変な所に飛ばされて迷った挙句に狼に食い殺されたんだと思う。皆、一歩間違えればそうなっていたんだよね。村に来れた人は基本幸運だと思うよ」


想像してしまった。俺もそれに近い状況になりかけていたことを思い出して、その立場が自分だったらと。生きながら食われるなんて絶対にゴメンだ。

となると……生き残っているのは俺を含めて上田君、清水君の3人だけか。


「……二人共。俺が最初に厳しく言った理由分かったでしょ?」

「よく分かった……」

「って事で、ちゃんと言葉を覚えてきなさい。死にたくなければね。おっさんは初めてだから言うけど、ここは無料でやってくれるわけじゃない。ちゃんと教えてもらったのならきちんとそれに見合った労働をして返すこと。以上。ある程度読み書きと喋ることが出来るようになったら今度は狩りの練習させるからね」

「はい。こうなったら生き延びたいですからね」

「俺もだ。野垂れ死んだり食われたり奴隷になるのは勘弁だ。流石にそれは辛い」

「あ、おっさんの場合買い手も大して付かないんじゃないかな。鉱山行って使い潰しで死ぬか、肉の盾として貴族に買われて貴族の代わりに魔物に殺されるかしか無いよ。そうなりたくなければしっかりね」

「マジかよ……」


年取ってるからってそんな……!ああでも反論できねぇ!言葉も通じねぇ何も知らねぇとか言う奴普通仕事で使わねぇもんな!糞が!


「ちなみに俺だとどうなるんです?」

「清水君だと…………意外と整った顔してるし日本人特有の童顔ってこともあるし……背は高いけどもしかしたら男娼とかに行く可能性が……」

「絶対嫌だ!!俺は女の子しか好きじゃねぇから!男のものとか触りたくもねぇよ!うわぁぁぁあ!絶対言葉話せるようになってちゃんと狩りに出れるようになってやるちくしょう!!!」


それはそれでご愁傷様な結末がありそうで何ともいえない。

ともかく、こうして俺は今まで幽霊だと思っていた被害者と一緒に、この異世界で暮らしていくことになった。

必死で勉強して、必死で狩りの練習をして。

初めて仕留めた猪を捌いた時には死ぬほど吐いた。

それでも何とか頑張って慣れていく。


死なないために。このファンタジーで野蛮な世界で生きていくために。

そして、もしかしたらいつかここに迷い込んでくるかもしれない仲間を受け入れるために。

トラックに轢かれて異世界転生っていうのが結構あるので、そのトラックの運転手目線でちょっと書いてみようかということでやってみました。


本当にこんな運転手居たら正気を疑いますけどね普通……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ