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光芒モノリシック  作者: 榎本あきな
Ⅰ.眠る絵本。目覚める物語。
5/7

5.小さな来訪者《居心地の良い視線》

 ガタガタと馬車に揺られ、平民街と貴族街の間にある中壁を素通りし、貴族街と城との間にある城壁の門で、馬車は一旦止まった。

 馬車の中が見えないようにひかれたカーテンから、少しだけ外を覗くと、門番と思われる人と御者さんが、手紙の受け渡しをしていた。

 何をしているのか気になってもう少しだけ……と、カーテンを開けようとしたら、隣にいたステラさんに勢いよくカーテンを閉められた。


 ちらりとステラさんを見ると、ステラさんが物言いたげな顔で、僕をじっと見つめていた。

 ……ごめんなさい。もうしないんで、勘弁してください。


 狭い馬車の中、背筋を伸ばしてやましいことは何もしてないですよアピールをしていると、馬車が再び動き出した。

 どうやら、何の不具合もなく通れたみたいだ。

 ほっと息をつきながら、はねないように傍にある手すりにつかまる。


 手すりにつかまってもなお、はねてしまう自分の軽い体に、なんだか呆れたような感情を抱きながら、この国唯一の城へと向かう。

 城内の広大な敷地内を移動しているであろう馬車の中にいると、城の門についたのか、馬車が停止した。

 それと同時に、ステラさんが扉を開ける。


 服を買った店のときと同じように降りると、馬車は城の右側へと移動していった。

 たぶんその方向に、馬車をとめる場所があるんだろう。

 去っていく馬車を見つめたあと、僕は、城を見上げた。


 純白でできたシミ一つない白亜の城は、僕の家なんか比べ物にならないほど巨大だった。

 左右対称になるように、塔が同じ数、同じ長さ、そして真反対の場所に、それぞれたっていた。

 それらの中央に、まるで塔達を繋げるかのように、ひときわ大きな建物がそびえ立っている。

 あそこが、王様が執務するところだったり、謁見場所があったり、大広間があったりするんだろう。塔には、王子やお姫様の部屋とか、それほど重要じゃなかったり、あんまり場所を取らない部屋がありそうだな。


 “ボク”は見たことないけれど、僕の知識の中にある、絵本そのままのお城を眺めて感嘆の吐息を漏らしていると、今まで少し離れた場所にいたステラさんが、僕の横に立った。

 そろそろ行こうってことなんだろうな。従者は、案内する以外は主人よりも先に行かないっていう規則があるみたいだし。

 近寄ったステラさんの行動の意味を理解した僕は、小さく頷いてから、巨大な城の門へ向かって歩いた。


 周りにも、僕と同じように門に向かう人たちがいるけれど、メイドさんと2人だけで来ている人なんていない。

 特に、ポンチョなんて着ている人はいなくて、僕は目立っている。……別に、馬車の中で脱いじゃっても良かったんじゃないの……?見苦しくないんだし。

 妙に居心地が悪くて、でも、その視線から逃れることのできない僕は、必死で気にしないようにしながら、門前にたどり着いた。


 門の横にたっていた門番がこっちに近づいてきたのを見て、ステラさんも門番の人の方へと近づく。

 ステラさんが、どこからか招待状らしきものを取り出し、門番の人がそれを受け取って、中身を確認する。


 今まで普通だった門番の視線が、一瞬、蔑んだ目に変わった。


 思わず、身をすくませる。

 その目は一瞬だったけれど、何の心構えもしてなかったのに、いきなりその視線で見られて、息が止まるかと思った。

 こんな視線を“ボク”は今まで浴びてきたのだと、頭では理解していたけど、実際には何も理解していなかった。

 親族に関しては、そんなもんだろうと思ってたけど、見知らぬ人にそんな視線を無遠慮にぶつけられることは、あんまりないんじゃないかと、軽視していた。


 今すぐに方向転換をして、逃げ出したい衝動にかられながらも、僕は拳を握り締めて、その場でじっと耐えていた。

 招待状を渡したステラさんが、僕の横に戻ってきて、僕のことを見ているのを感じる。

 心細くて、何かにすがりたくて、思わずステラさんのスカートの裾を握ってしまったけど、ステラさんは、何も言わずにいてくれた。


「正面ゲート、開門!!」


 門番の人が大きな声で言うと、巨大な門がゆっくりと開き、人が2人くらい通れるだけの広さができると、動いていた門が止まった。

 僕は、開いた門の先へと、ゆっくり足を進めた。

 門をくぐると、後ろの方から、最初に開いたときと同じような速さで、門がしまる音が聞こえた。


 僕の家の本邸にひいてあるような、けれど、もっと細かな装飾がある絨毯を踏み、目の前に佇むメイドさんを見る。

 メイドさんの顔は、どこからどう見ても、疑う余地のない輝かしい笑顔。

 けれどその顔が、内心は別のことを思っている御姉様の顔と同じで、なんだか疲れてしまった。


「イリス家の欠落者(ルルア・フィトス)様ですね。こちらへどうぞ」


 なんだか久しぶりに呼ばれたような気がする名称を聞きながら、僕はメイドさんのあとをついていく。


 欠落者(ルルア・フィトス)というのは、僕のような、魔力のない人間をさす言葉だ。

 僕らには生まれた時から名前が与えられず、他の人と同じ人間なのに、まるで動物や魔物などを呼ぶように、種族名みたいなこの名称で呼ばれる。

 僕らは、他の人にとったら、“魔力のない人間”と一括りにされる存在なのだ。


 ……まぁ、普通はこの年まで生きている方が珍しいみたいだけどね。

 欠落者(ルルア・フィトス)に人権は無いにも等しく、彼らを産んだ平民の親は、自分の汚点を消す為に彼らを殺そうとし、殺されなかったとしても、火をつけるのにも魔法を使うから、基本的なことができなくて結局死んでしまう。

 その点で言えば、貴族に生まれた僕は、運が良かったんだろう。欠落者(ルルア・フィトス)だろうと、貴族だから傍に人が基本的にいるし、暗殺以外は直接手を加えようとはしないし。子供殺しは貴族の汚点だからね。


「こちらのお部屋になります」


 メイドさんが扉の横にたって手で示すと、ステラさんが扉を開けてくれる。

 その部屋の中に入ると、僕の今の部屋よりも、広くて清潔で綺麗な空間が広がっていた。

 ただ、装飾とかはほとんどないから、公爵家が待機する部屋としては、おかしいんだろうけれど、僕的にはこれくらいで十分だ。


「開始は12時からとなっておりますので、遅れないようにご用意下さいませ。それでは」


 そういって、メイドさんは部屋を後にした。

 ……普通は主人がいるところじゃなくて、メイドや執事とかを通して伝えるのに、直接本人に伝えるところから、僕が相当舐められているのがわかる。

 もっと大きくなっていったら、これが失礼だとも思わなくなるのかもしれないなー……。


 慣れない場所で、久しぶりに他の人とあって疲れた僕は、ポンチョを脱いでステラさんに渡してから、部屋に備え付けられたソファに座る。

 すると、思ったよりも弾力があって、僅かに体が跳ねる。


 ……え、何入ってるのこの中。

 手で触ると、とってもふかふかしていて気持ちいい。

 僕のベッドよりも気持ちいい。まぁ、僕のベッドは布を重ねただけで作られてるから、底の木に直接体が当たって痛いのは当たり前なんだけど。


 靴を脱いで横になると、更にソファの柔らかい感覚が伝わってくる。

 こっちを見てくるステラさんの視線が、少しだけ居心地悪くて、思わず背中を向けて丸くなると、だんだん眠くなってきた。

 まぶたが落ちてくる。……大丈夫。時間になったらステラさんが起こしてくれるさ。……きっと。


 淡い期待を抱きながら、僕は眠りについた。



「はぁ……見つかったら怒られちゃうから、よかった……」

「ねぇ……この部屋、入ってよかったのかな?」

「いいんじゃないかな?真っ暗だし……誰も使ってないよ」


 誰かの話し声が聞こえて、僕はのんびりとまどろみの中から意識を持ち上げた。

 見えるのは、真っ暗な世界。聞こえてくるのは、ステラさんでも、他の人でもない、小さな女の子達の声。

 部屋が真っ暗だからか、まだ少しぼんやりしていると、何かを落としたような音が聞こえた。


「あれ、なんか、カシャって音が聞こえたけど……もしかして、眼鏡落とした?」

「自動解析除去鏡だよ。でも……どうしよう。この中じゃ探せないよ……」

「最近は慣れてきたから、少しぐらいならマホウジン?だっけ?それが目の前にいっぱいでも、ちょっとは大丈夫って言ってたし、ゆっくり歩けば踏まないだろうから、まずは明りをつけよ?」

「……うん。そうだ……ひっ!!」


 トンっと軽い音が聞こえる。

 何かにびっくりしたらしい女の子の一人は、小さな震える声で、呟く。


「なにこの部屋……部屋いっぱいに、よくわからない怖い魔法陣が沢山……!……あれ……?」

「どうしたの?急に座り込んで」

「部屋の真ん中に……魔法陣が発動してるのに魔法が出てないところがある。もしかして……誰か……いる?」

「えっ!?」


 この部屋が真っ暗なのって、ステラさんが消してったのかな。……僕が眠れるようにっていう、気遣いだったらいいなぁ……たぶん違うだろうけど。

 小さな、何か音が聞こえてきて、その音につられて、開けたまぶたがどんどん落ちてくる。

 眠くて、寝返りをうつ。


「……ねぇ」


 すごく近くで女の子の声がした。

 落ちそうになるまぶたを気合で押し上げると、目の前に、顔立ちがよく似た、緑色と黄緑色の髪の毛の女の子がいた。

 暗闇の中でも見える、元気そうな顔の、二つに縛った髪の毛を三つ編みにした緑色の子。僕を見て目を見開いている、少し弱気そうな顔の髪の毛の長い黄緑色の子。


「……六芒星、七つ星、伽藍文字、青……いや、青緑?不思議な魔法陣……」

「……アイちゃん?」

「はっ!え、あ、えっと、ごめんなさい……」


 食い入るように僕……というか、僕の目を見つめていた黄緑色の髪の毛の子は、緑色の子に呼ばれて、我に返った。

 しょんぼりした顔をするアイという子を見ながら、しょうがないなぁという顔をした緑色の子は、僕に話しかけてきた。


「ごめんなさい。アイちゃん、マホウジンのことになると、色々変になっちゃうの。……ところで、明りってどこにあります?」

「……えっと、僕が来た時にはついてたから、わからないんだ。ごめん」

「そうですか。……アイちゃん。眼鏡、どうしよう?」

「……でも、父様たちになくしたっていったら、怒られるよ?特に、抜け出そうって言ったアンちゃんはもっと」

「うぐっ……。嫌だなぁ……」


 ソファから身を起こした僕は、お互いをアイ、アンと呼ぶ2人を見つめた。

 ……アイちゃんって子が、眼鏡っていうものを失くした子で、魔法陣が見える。

 ……あれ、この部屋の魔法陣が見えるなら、明りの魔法を発動させるために備え付けられてる魔法陣も、見えるんじゃないかな?


「ねぇ。魔法陣が見えるなら、明りをつけるためにある魔法陣も、見えるんじゃない?」

「あっ、確かにそうだね」

「……やってみますね」


「【クライン】」


 小さな声が、真っ暗な部屋に反響すると同時に、アイちゃんの瞳が黄緑色に光る。

 ゆっくりと辺りを見回したアイちゃんは、明りの魔法陣を見つけたのか、声をあげた。


「あった!っいた……」


 声をあげた瞬間、発光がおさまり、アイちゃんが目を抑えて蹲る。

 アイちゃん近づこうとしたアンちゃんは、近づく前に止まり、ぎゅっと両手を握った。


「……どこ?」

「…………あそこ」

「わかった」


 アイちゃんが指さした方へと急ぎ足で近づき、そこに触れると、部屋の中が明るくなる。

 部屋の入り口付近に落ちていた縁が黒い自動解析除去装置……眼鏡を広い、アンちゃんはアイちゃんのところへ駆け寄り、眼鏡を渡す。

 それをかけたアイちゃんは、ほっとしたように床に座り込んだ。


 頭の中で調べてみると、アイちゃんは、解析魔法士という魔法使いらしい。

 普通、貴族の子は5~6歳辺りじゃないと魔法を使えないし教えてもらえないんだけど、解析魔法士は生まれつき、魔法を発動させるために必要な魔法陣が目に見えて、しかも解析魔法という、対象物がなんなのか、何があるのかを調べる魔法が使えるらしい。制御はできないけど。

 けど、魔法を日常生活でも使うこの国は、魔法陣が沢山あって、その全てが見えるアイちゃんにしてみれば、物が沢山あってわけがわからない状態。

 しかも、この目、魔法陣に限らずなんでも解析してしまうらしくて、他人の身長体重その他もろもろ、感情なんかも解析してしまう。


 情報量が多すぎて日々の生活もままならない解析魔法士の為にあるのが、自動解析除去装置……通称、眼鏡。

 すごい高いけど、これをかければ勝手に解析することもないし、魔法陣も見えない優れもの。

 そういえば、呪文は人によって違うらしいけど、さっきアイちゃんが唱えた【クライン】ってのは、たぶん、自分の意思で解析する魔法なのかな。情報量が多すぎて、集中力が切れた途端に魔法が切れちゃったけど。


 解析魔法は始めて見たから、すごい驚いた。

 勝手に色々な物が見えるのは厄介だろうけど、それでも、あんな綺麗な魔法が使えるのは、羨ましい。

 僕には、絶対に使えないから。


「あの……お騒がせしました」

「ごめんなさい。突然入ってきて」

「別にいいよ。解析魔法も見せてもらったし」

「!!……どうしてそれを」


 あれ、これって、普通の子は知らないことだったのかな……?

 ……適当にごまかそうか。


「僕の家にある本に、載ってたんだ。こんなに綺麗な魔法だとは思わなかったけど。……自分が知りたくないことも勝手に見えちゃうのは大変だろうけど、うまく使えば、それは、君を守る盾になるよ。頑張ってね」

「……ありがとう、ございます」


 ちょっと取り繕って言うと、アイちゃんは嬉しそうに微笑んだ。

 ……ごめんね。適当なこと言ってごまかしてごめんね。……罪悪感が……。

 ……さて。僕が魔力のない人間だって知られて、軽蔑の視線を向けられる前に、彼女たちを返そう。


「そういえば、君たちはどうしてここに?」

「えーっと、イ……イグニール?」

「イリスだよ」

「そう!イリスこうしゃくけって人の……とうしゅ?」

「当主任命式。……イリス公爵家の当主任命式があるので、そのことをお披露目するために呼ばれたんです」

「時間は大丈夫?」

「時間……?……あっ!アイちゃん!!」

「ちょ、ちょっと待ってて」


 アイちゃんが目を閉じて、そのまま動かなくなった。

 数秒後、目を開いたアイちゃんは、焦った表情を浮かべた。


「11時25分!30分までに部屋に戻ってないと、叔母様に怒られるよ……!」

「うわぁぁああ!早く帰ろう!」

「うんっ」


 そういって2人は、僕に頭を下げてから扉の方へ向かった。

 アンちゃんが扉を開けて外に出ると、アイちゃんも外に出よう……として、少し止まって、僕の方へと振り向いた。


「あの……目の中にある魔法陣、綺麗でした。……またご縁があったら、見せていただきたいです」

「アイちゃん!早く早く!!」

「今行くよ!えっと……ありがとうございました」


 そうして2人は、部屋から出ていった。

 ……目の中にある魔法陣って、何?


 よくわからないまま、ソファに座って、ぼーっとしていた。








 このあと帰ってきたステラさんに、僕は魔力がなくて明りがつけられないのに明りがついているところから、誰かを入れたと推理され、遠まわしに怒られた。あれは不可抗力だ。


今回出てきた女の子のうち、緑色の髪の毛の子は、リメイク前の「置き物さんの魔法」でも出てきた子です。

性格が全然違いますが、この子の地獄はこのあとからです。

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