プロローグ
あなたは、空から降ってくるもの、と言われたら何を想像するだろう?
雨、と答えた人は心が沈んでるのだろう。桜の花びら、と言った人は新学期に始まるかもしれない青春物語に期待を膨らませているのかもしれない。林檎を真っ先に思い浮かべた人は理系だね。タライ?うん、お笑いは今は置いておいて。
そもそも、なぜこんなことを聞いたのかというと、先日空からあるものが降ってきたからだ。
物じゃない。物じゃなくて者だ。
端的に言えば、空から女の子が降ってきたのだ。
もちろん、空からやって来たその子は、飛び降り自殺なんていう物騒な天国へのバンジージャンプを決行したわけじゃない。
彼女は飛行石を首に下げた三つ編み少女や体重を蟹に取られた毒舌ヒロイン、2丁拳銃を水平撃ちするピンクツインテールの鬼武偵みたいに登場したわけでもない。
あんな風にふわっと穏やかに降りてきてくれたならどんなに良かったことか。
例えるなら隕石。
そう、隕石みたいな登場シーンだった。轟音と衝撃を連れて彼女はやって来た。
信用出来ない、そんな馬鹿な話があるものか、と言う人もいるだろう。
だが、実際に落ちてきた本人がすぐ隣にいるんだから嘘だと言われても困る。現在進行形で星一手を添えてるキーボードと凝視してるパソコンに向けて鋭い視線を向けて………
「……もう限界。てい」
「ちょっと!あ、だめ!あとちょっで書き終わるから!」
隣に座っていた少女がしびれを切らして星一の右腕に抱きついてきた。抱きつくと同時にぐいぐい引っ張るので、非常に腕が動かしにくい。
「もう30分もこれに構ってる……ずるい」
「なぜパソコンとキーボードを羨む」
「機械風情が私のセーイチに色目を使って……」
「ええ……」
蒼い瞳を不満そうに細めながら、星一が操作しているパソコンを鋭く睨みつける少女。
「こいつらは無機物だからそういう感情は皆無です」
「今こいつら、って言った。やっぱりセーイチはこの2人に……」
「言葉の綾だよ!『こいつら』っていう擬人法を使ったのに他意はないし、そもそもこれは無機物でただの機械。2人っていう表現はおかしいよ」
「むう……」
まだ不満気な少女に星一は魔法の言葉を告げる。
「今日の晩御飯はコロッケだよ?」
「なら許すわ」
コロッケと聞き、光の速さで機嫌を直す少女。
「本当にコロッケが好きだね」
星一は少し呆れたような視線を向ける。
「美味しいし、セーイチとの大切な思い出だから……」
腕に抱きついたまま頬を染めてうつむく少女に星一の心拍数が上がる。
少女は潤んだ目を星一に向けた。やがて二人の距離がゆっくりと近づいていき……
「あ、そろそろアニメの始まる時間」
急に立ち上がった少女のそのひと言によって甘い空気は霧散した。
ドキドキしながら顔を近づけていた星一は完全に不意打ちで顎に少女の頭突きをもらい、床に伸びた。
「リモコンリモコン……」
少女は自分のやったことに気づかずリモコンを探し、軽快な足取りでリビングのソファに腰掛けた。
「セーイチ……始まるよ?」
今日も平和であった。
これは未知と遭遇したとある高校生のお話。