第八話 潜入
午前八時五十五分。愛澤の自動車がカラオケボックスエフの駐車場に停まる。その停車した車内で彼は少女に変装するマスクを顔に引っ付け、見た目に相応しい白色のタートルネックにオレンジ色の膝の高さまで長いスカートを履く。胸にパッドを仕込み胸が発育しかけている少女に成りすます。外は四月というのに少し肌寒いので、彼はピンク色のパーカーを着る。これで誰がみても中学生の少女に見えるだろう。
その少女は運転席から助手席に移動して、周囲に誰もいないことを確認する。そして助手席側のドアから少女は自動車を降りる。
助手席側のドアから降りたのは違和感を減らすため。見た目女子中学生の少女が運転席から自動車を降りるのは違和感がある。
そこから螺旋階段を昇る。その道中少女のスマートフォンにメールが届く。そのメールの差出人はこれから愛澤が会う相手。そのメールにはカラオケボックスの部屋の番号が記されている。
階段を昇った先にある自動ドアを潜ると白いワイシャツを着た女性がカウンターの前に立っている。
「いらっしゃいませ」
少女は一度咳払いしてスマートフォンを取り出しながら受付の女性に話しかける。
「すみません。十三号室の高崎一さんの連れです」
その声は愛澤の物ではなく女子中学生のようだった。受付は首を縦に振り部屋を案内する。
「十三号室はこの通りを右に曲がったところにあります」
受付の女性が手を伸ばしながら説明すると少女は頭を下げる。
「ありがとうございます」
少女は右に曲がり十三号室に向かう。その直後自動ドアが再び開きジョニーと日向沙織が入店した。
受付の女性は再びカウンターに戻り接客する。
「いらっしゃいませ。お二人ですか」
「そうだ。二人で三十分。ところで部屋はあいているのか」
ジョニーが尋ねると受付の女性が首を縦に振る。
「はい。十四号室が開いています」
「それは良かった」
「会員証を見せるか住所を書いてください」
受付の女性は紙とボールペンをジョニーに渡す。会員証を持っていなかったジョニーは仕方なく適当に住所を書く。
「それでは十四号室はこの通りを右に曲がったところにあります」
受付の女性が案内して二人が通りを歩く。
十三号室のソファーにサングラスにスキンヘッドの男が座っている。この部屋は喫煙席のため煙草を吸うことができる。その男が煙草を吸っているとドアが開く。ドアからは見た目中学生の少女が顔を覗かせる。
男は一瞬少女が部屋を間違えたのかと思った。だが見知らぬ少女は男の名前を呼ぶ。
「高崎一君。久しぶりですね」
少女に似つかない男性の声を聞き高崎は納得する。
「愛澤か。相変わらず変装が得意だな。そういえば郁美ちゃんは元気か」
愛澤は郁美という名前を聞き、脳裏に一人の少女の顔を浮かべる。一部の人間しか知らないことだが、愛澤には郁美という娘がいる。
愛澤郁美は十六歳の少女。彼女が三歳のころに彼女の母親は交通事故に巻き込まれて亡くなった。即ち愛澤郁美の母親と愛澤春樹の間に生まれた娘が愛澤郁美である。
その娘と愛澤春樹はイギリス留学をきっかけに三年前から顔を合わせていない。
その娘のことを思いながら高崎からの質問に少女は十三号室に足を踏み入れる。
「はい。元気ですよ。相変わらずイギリスに国際留学していますが」
「まさかとは思うがその服は郁美ちゃんの服じゃないだろうな」
「そんなことをしたら殺されます」
「冗談だ」
高崎がソファーから立ち上がり少女の頬に手を伸ばすと少女はそれを拒絶する。
「止めてください。変態」
愛澤は声を再び女子中学生の物に戻す。
「胸も触っていないのに何だ。その言い分は」
「アラフォーの男がスカートを履いているのは不気味でしょう」
「確かにそうだ」
長髪の少女が高崎一の隣に座る。机の上にはカラオケの端末が置かれていない。端末は現在も充電中。