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愛澤春樹に平凡な日常は訪れない。  作者: 山本正純
後編 愛澤春樹の激闘
22/22

第二十二話 愛娘

 翌日の午前七時。神奈川県内にある二十階建てのマンションを一人の少女が見上げた。

 その少女の髪型は黒色のボブヘア。後ろ髪はピンク色のヘアゴムで止めてある。低身長な少女は呟く。

「ここが根城」

 少女はマンションの玄関に入る。その途中彼女はマンションの管理人である白髪の老婆に呼び止められる。

「誰に御用かね」

「このマンションに愛澤春樹が住んでいると聞いたのですが」

「愛澤さんの知り合いか。愛澤さんなら十三階の九号室だよ」

「ところで愛澤春樹の職業をご存じですか」

「はて。確か売れないマジシャンと聞いているよ」

「なるほど。そうですか。ありがとうございます」

「そうだった。言い忘れていたよ。エレベーターの点検が十五分前から始まった。だから階段を使ってください」

 少女は管理人に礼を述べると、十三階の九号室にある愛澤春樹が暮らすマンションの一室に向かう。

 さすがに十三階まで階段で昇ることになるとは少女は思わなかった。だが少女は息切れを起こすことなく十三階まで昇り切る。

 愛澤春樹と日向沙織は突然の訪問者が近くまで迫っていることを知らない。


 日向沙織は今愛澤の右頬にカット版を貼ろうとしている。だが愛澤春樹はそれを拒んでいる。

「愛澤さん。カット版くらい貼らせてください」

「それくらい自分でやりますよ」

「だって私は愛澤さんが怪我を負って帰ってきても何もできなかったから手当くらいやりたい」

 愛澤は照れながらテレビを見た。テレビのニュース番組では昨日発生した事件について報道されている。

『昨日午後九時頃東京都のアユカワビル近くの路上で警察車両を巻き込んだ銃乱射事件が発生しました。事件に巻き込まれた警察官の話によれば、怪盗リアス式海岸の仲間と思われる白ずくめの男たちがパトカーのタイヤを撃ち抜き停車させ、マシンガンで銃を乱射したとのことです。この事件は都内四か所でも発生しています。また同様に怪盗を追っている警察官数十人が怪盗の仲間と思われる人物による傷害事件や東都コンビナートに停車していたパトカーが爆破される事件なども同様に発生しており警視庁は怪盗リアス式海岸の正体が警察を狙ったテロリストである可能性も考慮して調べを進めています』


 このニュースが愛澤たちの耳に届いた頃、一人の少女が愛澤春樹の部屋まで辿り着き、インターフォンを鳴らす。

 すると愛澤春樹が玄関のドアを開ける。その突然の来客に愛澤は驚く。

「郁美。何の用でしょう」

 その訪問者は愛澤の娘。愛澤郁美だった。愛澤郁美は頬を膨らませる。

「三年ぶりの再会ですよ。他に言うことがありますよね。お帰りなさいとか。そんなことも言えないからお母さんが死んだのかもしれないよ」

「それは関係ないでしょう。ただ顔を見に来ただけなら帰ってくれませんか」

「あなたは本当に私の父親ですか。娘なら温かく出迎えてもいいのではありませんか。愛が足りていない」

「温かく出迎えるほどの余裕がないのですよ。仕事で忙しくなりそうなので」

「売れないマジシャンの仕事が忙しくなると」

「それは嘘ですよ。本当はカジノのディーラーをやっています。管理人さんの勘違いでしょう」

「忙しいなら単刀直入に言うね。お父さん。同居させて」


 愛澤郁美の言葉を聞き愛澤春樹は目を点にする。

「同居ですか」

「別におかしい話ではないでしょう。娘と父親が同居することは。それとブライアン・ウィルスさんに頼んで神奈川県立東仁高校に編入させてもらったから。四月十二日から高校一年生として通う」

「ブライアン。僕に相談もせずに神奈川県立東仁高校の入学試験を受けさせるとは。後で叱りますよ。厄介ですね」

 愛澤郁美は矢継ぎ早に父親に質問をぶつける。

「もしかしてその高校教師の中に浮気相手でもいるのかな」

「浮気にはなりませんよ。妻は亡くなっているから」

 その父親の態度に郁美は激怒する。

「浮気だよ。お母さん以外の女と交際していたら」

「再婚をさせるつもりはないようですね」

「再婚なんてさせたら草葉の陰からお母さんが泣いちゃうから」


 愛澤郁美は強引に玄関のドアを開け、愛澤春樹が暮らす部屋に突撃する。彼女がリビングに入ると、そこでは見覚えがない女が紅茶を注いでいた。

 愛澤春樹は慌ててリビングに戻る。遅かったと愛澤春樹は手を額に当てる。

「お父さん。この人は誰よ。まさか再婚相手ではないでしょうね」

「日向沙織。住み込みの家政婦と考えてほしいですね」

「事実上の再婚ですよね。私は認めないから。決めた。絶対にお父さんと同居して日向さんとの再婚生活を邪魔する」

 愛澤郁美は父親の顔を見る。右の頬に残る傷跡を見て彼女は父親の耳元で囁く。

「ありがとう。守ってくれて」

 娘の一言を不思議に思った愛澤春樹は首を傾げた。

 


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