第十三話 宗教
東京都内にある山の中に地図には掲載されていない小さな村があった。村の中央には大きな教会がある。その教会を覆うようにコンクリートの四角い建物が見える。
この村は異様である。村民たちが全員水色の衣服を着ている。村民たちは教会の方向に歩く。
愛澤はスマートフォンをスーツのポケットから取り出しスイッチを入れる。この村の電波は微弱であることが分かった。
拳銃を突き付けられながら愛澤は教会に向かい歩く。
「新興宗教団体の信者が住む村ですか」
愛澤が聞くとアフロの男は首を縦に振る。
「そうだ。俺たち新興宗教団体『神の右腕』の信者は教会の隣に建設された施設の中で暮らしている。外出は教祖様の許可がなければできない。それを破れば死の制裁が待っている」
男が説明すると愛澤の目に五十人を超える信者が教会の前に集まっている様子が映る。
教会の屋根には白色のロザリオが飾られている。左右対称の建物で見た目はヨーロッパに建設された古城を連想させる。
間もなくして教会のドアが開き水色の修道着を着た女が出てきた。その女の髪型は腰の高さまで伸びた長髪に前髪がアホ毛のよう跳ねている。長身の女の登場に信者たちは共鳴する。
「私たちは同志ではない。私たちは兄弟である。熟成した罪。手は上に重なる」
神の右腕の信者たちは何度もこの言葉を口にする。愛澤にとってその光景は異様としか思えなかった。
同じフレーズが何度も続く中で教祖は教会の前で回り続ける。
一分後教祖の回転が止まり信者たちに静寂が訪れる。教祖の女は手を叩く。
「皆様。本日のお勤めご苦労様です。祈りは神に届きました。これで混沌とした世界は救われるでしょう」
教祖の一言に信者たちは熱狂する。それから教祖が教会の中に戻ると信者たちは解散した。
「あれは何ですか」
愛澤が聞くと男は説明する。
「あれは一日に三回行われる儀式だ。教祖様が信者たちの前に出現して舞を踊る。信者たちは一斉に教祖様の言葉を繰り返す。それで神に祈りを捧げる」
「なるほど。そうですか」
「分かったら信者様のところに行こうか」
男は教会のドアを開け教祖様の元に向かう。
教会の中は至って普通だった。巨大なパイプオルガン。綺麗に横へ並べられた黒色の椅子。ステンドガラスが全ての窓に填めこまれた空間。
そのパイプオルガンの前で一人の女が佇む。アフロの男は女に声をかけた。
「教祖様。愛澤春樹を連れてきました」
アフロの男が敬語で報告すると先程信者たちの元に現れた女は振り返りながら愛澤に素顔を見せる。
「戻って良いですよ。戸川さん」
教祖が不敵な笑みを浮かべると戸川と呼ばれるアフロの男は教会から出ていく。
そして教祖と二人きりになった愛澤は女に尋ねる。
「戸川というんですね。あのアフロの男は」
「あら。自己紹介を済ませていなかったのですか。あれほど無礼がないようにって言ったのに。無礼ではありませんでしたか」
「僕の幼馴染を人質にして籠城事件を起こしたのが無礼になるのかは分かりませんが」
「そうでしたか。すみませんね。幼馴染さんに怪我はありませんでしたか」
「偶然籠城の現場に居合わせていたから怪我はなかったですね。もしもあの現場に居合わせていなかったら怪我をしていたかもしれません」
「強引な方法であなたをこの聖域に連れてきたことを謝ります」
女が頭を下げると愛澤は女に再び訊く。
「あなたの目的は何ですか。新興宗教団体の教祖さん。いいえ。二人きりだからコードネームで呼んでも良いでしょうかね。サンダルフォン」




