第十二話 籠城
東京都にある駅前の二階建ての建物が高崎探偵事務所である。一階が事務所になっていて二階は高崎一の住居となっている。
現在の時刻は午前十時。一階にある探偵事務所のドアを開け高崎一と女子中学生に変装した愛澤春樹が入る。愛澤はスーツが入っているアタッシュケースを手に持ち探偵事務所に足を運ぶ。
一歩を踏み出した愛澤は高崎の顔を見つめ彼に尋ねる。
「別に二階の自宅で着替えてもよかったのではありませんか」
「残念ながら二階は散らかっている。だから事務所のトイレで着替えてもらおうと思った」
「なるほど。ところで中は覗かないでくださいよ」
「別にいいだろう。その胸はパッドが仕込んでいるだけだしお前の性別は男。同姓だから変態行為にはならない」
高崎が真顔で答えると愛澤は呆れた。
「覗くつもりなのは分かりました。もちろんトイレを施錠して着替えます」
「冗談に決まっているだろう。何もそこまでしなくても」
高崎が愛澤の顔を見て笑顔を見せると探偵事務所のインターフォンが鳴る。その音を聞き愛澤は足を止め、高崎の耳元で囁く。
「依頼人が来る予定は」
「ない。というか今のところは誰からの依頼を受けていない」
「やっぱり暇だったんですね」
「お前からの調査依頼に集中したかったから」
再びインターフォンの音が鳴り、二人は顔を見合わせる。そして高崎が探偵事務所のドアを開ける。そこには丸い眼鏡をかけたアフロ頭の長身の男が立っていた。
「ようこそ。高崎探偵事務所へ」
高崎が手を差し伸べると男は水色のジャンバーのポケットから拳銃を取り出す。
「中に入れろ。要求を叶えなければお前を射殺する」
男は高崎の頭に銃口を近づける。高崎は突然の出来事に目を見開く。
「分かった。事務所の中に入れる」
「妙なことをすれば殺す」
男が淡々とした言葉を高崎に伝える。高崎は犯人を刺激しないように要求に従うしかできなかった。
高崎は冷や汗を流しながら事務所内に男を招き入れる。事務所の中には女子中学生に変装した愛澤が立っている。男は周囲を見渡し再び銃口を高崎に見せた。
「高崎一。お前と愛澤春樹が幼馴染だということは調べがついている。だから俺はお前の探偵事務所で籠城事件を起こすことにした。俺の要求はこの探偵事務所に愛澤春樹を連れてくること。その要求が叶えられれば俺はお前らに危害を加えない」
緊迫した空気の中でアフロの男の要求が伝えられる。その要求を聞き愛澤は頭を悩ませる。一瞬考え込むと彼女は男に歩み寄る。
「まったく。僕の用があるのならカジノに行けばよかったのに。強引ですよ。誰かさん」
「うるさい。お前に何が分かる」
男は女子中学生に銃口を向ける。だが少女は怯むことなく男に歩み寄る。
「何も分かっていませんね。愛澤春樹は変装の達人だということをご存じではありませんか」
少女は自分の頬を引っ張りマスクを剥がす。剥がされたマスクから愛澤春樹の素顔が現れる。その光景に男は唇を噛む。
「愛澤春樹本人か」
男が尋ねると愛澤は首を縦に振る。
「そうですよ。本当は人前ではあまり変装を解除したくなかったのですが、大切な幼馴染がピンチになりそうですからね。仕方なく解除しました。愛澤春樹を探しているということですが僕に何の用ですか」
「教祖様がお前を探している。今すぐ俺と来てもらおうか」
「その前に着替えてもよろしいですか。トイレでスーツに着替えます。その教祖様という方に会うのに女装姿というのは失礼でしょう」
「分かった。その代わりトイレから逃走なんて考えたらお前の幼馴染を殺す」
「覗かないでください。覗いたら変態として訴えますから」
少女はウインクをしてトイレの中に身を隠した。
男は五分間愛澤を待った。だが彼はトイレから姿を現さない。男は苛立ちながら高崎の頭に銃口を近づける。
「遅い。まさか逃げたんじゃないだろうな」
男はトイレのドアノブを回す。それより先に灰色のスーツ姿の愛澤が内側からトイレのドアを開け姿を覗かせた。
「もういいですよ。さあ行きましょうか。教祖様のところへ」
愛澤の言葉を聞き男は頬を緩ませる。
「それでいい。教祖様のところへは俺の自動車に乗って移動する。異論は認めない」
「いいですよ」
愛澤は籠城犯の男と共に探偵事務所から立ち去る。




