第十話 遭遇
その歌声は十四号室から退室した日向沙織とジョニーにも聞こえた。二人はその歌声が愛澤の物とは疑わない。カラオケボックスのドアの中央にはガラスが填めこまれ中の様子が見えるようになっている。
そこを一つずつ覗き込み愛澤がいないのかを探す。だが部屋は五十室以上あるため探すのは骨である。
二人は五分間カラオケボックスを捜索する。その時ジョニーのスマートフォンにメールが着信した。そのメールの差出人は愛澤だった。
『現在僕はカラオケボックスエフで三十分間カラオケをエンジョイ中です。あなたたちもここにいるのでしょか。隣に日向沙織がいるのなら伝えてください。あの暗号が解読できたのなら本当の名前も推理可能なはずだと褒めてください』
そのメールを読みジョニーは確信した。あの暗号の目的は日向沙織の推理力を確かめるためのものだったと。ジョニーは廊下で立ち止まり日向沙織に話しかける。
「日向沙織。愛澤からメールが届いた。この場所のどこかに愛澤がいるらしい」
「それは本当ですか」
日向沙織が聞き返すとジョニーは首を縦に振る。
「そうだ。メールには『あの暗号が解読できたのなら本当の名前も推理可能なはずだ』という伝言も記されていた」
「つまり愛澤さんは私の名前を教えるつもりがないということですね。一応そのメールを見せてください」
日向沙織に促されジョニーはスマホを彼女に渡す。その画面に表示されたメールを読み呟く。
「捜索中止です。ここは十四号室に戻って時間が経つのを待ちます。捜索しても時間の無駄ですし、退室時間さえ分かれば鉢合わせる可能性も高い。だから捜索しなくても大丈夫です。それによく考えたら愛澤さんは変装しているはずだから相手が誰か分からないと探しようもない。それとカラオケボックスの室内には死角があるから全体を探すのも不可能」
「結局不可能ということか」
二人は十四号室に戻るため廊下を歩く。その時愛澤が予想していなかったハプニングが起きる。
もう少しで十四号室に戻るところで十三号室のドアが開き、スキンヘッドの男が部屋を出ていく。その男と日向沙織は一瞬目を合わせる。その瞬間日向沙織を頭痛が襲った。
日向沙織はめまいを起こしジョニーの肩に触れる。突然の出来事にジョニーは戸惑い彼女に声をかける。
「大丈夫か」
「少しめまいがしただけです。でもさっきのスキンヘッドの男とどこかで会ったような気がします」
日向沙織が伝えると彼女は背後を振り返る。その視線の先にある廊下からスキンヘッドの男が消えていた。彼女の一言を聞きジョニーが思い出す。
「お前は記憶喪失だったな。記憶を失う前の知り合いかもしれない」
ジョニーの言葉を聞き日向沙織は考え込む。
その頃高崎一はドリンクバーの前で顎に手を置く。
「まさかな」
高崎の脳裏に過去の一時を過ごした少女の顔が浮かぶ。その少女と先程遭遇した女は似ているのではないかと高崎は疑う。
女の顔は簡易的な変装を施した物だが、あの一重瞼を彼は見逃さない。かつて彼と少年時代を過ごした少女も一重瞼が特徴的だった。
高崎は結論を出せぬままドリンクバーのボタンを押す。




