シュガー君と図書室
私は今、大学の図書室に居る。一人になりたくて選んだ場所がここだ。
この大学には新と旧の図書室がある。新の方には、自習に励む生徒がチラホラ居るが、旧の方は全く人が寄り付かない。そのため私は新より旧図書室を好む。
本棚に行き、本を選んでいると戸が開く音が聞こえた。チラリと見れば、見違えるはずのないシュガー君居るではないか。
(やばっ……!)
私は慌てて本棚に隠れる。心臓がバクバクと脈打っているのを感じた。シュガー君は何かを探すような足取りで、私が隠れている方へと近づいてくる。私は必死に息を潜めるが、ふと不思議に思った。
なぜ私が隠れる必要があるのだろう、と……。
「あ、みーつけた。」
「―っ!」
聞き慣れた声が聞こえる方へと向けば、やはりそのには穏やかに微笑んでいるシュガー君が佇んでいた。
私はつい声にならない悲鳴を上げる。
「どうしたの?そんなお化けを見るような顔しちゃって。」
クスクスと鈴のように笑うシュガー君。
私の顔は真っ赤になった。
「な、何でもない……。」
もう、今日は帰ろう。これ以上シュガー君と居たらおかしくなりそうだ。
私は手提げをとりに向かおうとした。
「待って。」
「えっ。」
シュガー君は私の頭に触れようとしてきた。
シュガー君はスキンシップをよくとる。いつも私の髪や手に触れてくるが、この時は何故かその手で触られたくはなかった。
「ホコリが付いているよ。」
あの子に触った手で
「さわらないで。」
「え?」
私は後ろに下がり距離をとる。シュガー君は驚いたらしく、目を見開いて私を見る。まぁ、そうなるだろう。こんな態度、シュガー君にとったのは初めてである。私自身、驚いていた。
「唯子ちゃん……?……どうしたの?」
不安そうな表情を浮かべるシュガー君。
その顔を見たら何故か胸が締め付けられ、泣きたくなった。
「……何でもないの。私、もう帰るね。」
シュガー君の顔を見ないよう素早く横をすり抜けようとした。しかし、私の腕はシュガー君に捕らえられる。
「待ってよ。」
「やだっ、はなし、」
「離さない。」
「離してよっ。」
「離さないってば。諦めてよ、唯子ちゃん。」
あぁ、もう……、限界だ。
重力に逆らえない雫がこぼれ落ちる。
「……唯子ちゃん、泣かないで。」
「…泣いてない……。」
私は簡単に泣いたりするような子ではないし、感情だってこんなに不安定になったことがない。
「誰かに何か言われたの?それって誰?言ってよ。」
見当違いなことを言っているが、強いて言うならシュガー君のせいだ。
シュガー君が私をおかしくさせるのだ。
そんなシュガー君なんて……
「嫌い。」
ぼそり、そう呟いていた。
「―っ。」
掴まれた腕から、シュガー君が震えたのを感じ取った。そんなこと、今の私にはどうでもいいが。
そして、言ってしまった言葉は止まらないのだ。
「シュガー君なんて大嫌い……っ!……いたっ。」
「……嫌い?」
私の腕に痛いぐらいに彼の指が食い込んでくる。いきなりの痛みについ小さな悲鳴を上げてしまった。
「い、痛い、離して…っ。」
懸命に訴えるが、私の声など聞こえないかのように真っ青になっている。
「誰が……誰を……?まさか、唯子ちゃんが……俺を?」
驚愕に目を見開き、シュガー君は呆然としていた。いつもなら表情豊かであるはずの顔は無表情だ。長年一緒に居たが、こんなシュガー君は初めて見る。
「シュガー君……?」
様子がおかしい。
もしかして、どこか具合いが悪いのだろうか。私は不安になり、顔をのぞき込もうとした。
―だが、気づきた時には私は本棚に押さえ付けられていた。
「いった……っ。ど、どう……したの?」
両肩にシュガー君の指が食い込み、その痛みに顔を歪めた。
「嫌いはだめ。」
地を這うような低い声でそう呟く。
聞いたことのない声にゾクリと背筋が凍った。
私の頭の中に警報が鳴り続く…。
『 はやく にげないと だめ 』
私はシュガー君を押し退けようと力を入れるがピクリともしない。
「好きしか、許さない。」
酷い。
シュガー君は最低だ。
目を見開く私に、無理やり口を塞いできた――。
本当、最低。
その温かさにまた涙がこぼれるのであった。