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逆説裁判(10)

 作治の不法入国に対する無罪判決を聞いて、法廷内。とくに傍聴席の怪物軍団が騒ぎ始めている。それを裁判長である不死公が止めようとした瞬間だった。


「静粛に!皆さん静」

「ヴエエァアアアアアアアアアアアハハハッーーーハッハッーーー!!!」


 裁判長の声を搔き消すように、生きたまま食人鬼に内臓を引き出されたような泣き声が法廷内に響き渡る。

 それは邸内の誰よりも大きいものだ。

 声の持ち主は


「検察?」


 ラティルスである。貴族の令嬢とした輝かんばかりの顔が床に叩きつけられて潰れたバースデーケーキのように崩している。

 作治も、傍聴席も、陪審員も、裁判長である不死公もあごが外れんばかりに驚いている。

 あ、不死公の顎が外れた。白骨死体なのに口を開きすぎたからだろう。


「わたくじは、このヴにを・・・世の中をっ、がえだあいいぃいいいっ!!!」


 なんというみっともない。

 まるで一年間に295日温泉に日帰り旅行に行って、台風で新幹線も高速道路も使えない日でも言ったと主張し、領収書もなしにそれを政務調査費として請求する地方議員の記者会見のようだ。

 リリスソフトのキャラだってこんな酷い顔にはならないだろう。


「ごうれいざもんだいは、ズズッ!!」


 プラチナを糸にして編み上げたような美しいロングドレスの上に鼻水と涎をだらしなくまき散らしながら、泣く。


「わがくにのみならず、わがくにのみならじゅううっ!!ぜんすぞくの問題じゃないですかあ??!」


「あの、検察?」


「命がけヅウッヘエエエ!!!あなたにはわからないでしょうねぇえええっ!!!!」


 法廷にいる者が呆然とラティルスを見守る中、一人だけ。彼女に冷静な眼差しを送る少女がいた。

 アミーラである。


「たわけが。神聖な法廷において何が高齢者問題だ」


 ブブブブウウウウウーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!


 そのアミーラの声が聞こえたのか聴こえなかったのか。ラティルスが手鼻をかんだ。

 そして鼻水がべっとりとついたシルク(だろう)の長手袋をぽいと床に捨てる。


「えっ?アミーラさん。今何か仰いました?」


 ラティルスはアミーラに向け、右手で聞き耳を立てた。

 多少涙で化粧が崩れているものの、先ほどまで涙腺のダムが決壊していたとは思えないような綺麗な顔立ちである。


「いや我が国は、人種連邦合衆国は高齢者問題少子化問題とは無縁の国家であろう」


「具体的には?」


 ラティルスはさらにアミーラに聞き返す。


「具体的に、だと?そんなもの小学校の義務教育で『みんなのしゃかい』の時間で勉強する内容であろう。我が国の人口は綺麗なピラミッド構造をしておる。特に獣人亜目に分類される種族は繁殖力が旺盛で50年前の戦争で一時的に減少したものの、以降は順調に若年層人口が増加。国家の安定に寄与しておるのだ」


 そのアミーラの説明に何故か満足気な表情を浮かべると、ラティルスは陪審員の方に向きなおった。

 その中の、主に。人間の女性陣に向かって。


「陪審員の皆さま~。聞きまして~?オークをはじめとするこの国の種族は繁殖力がとっても旺盛ですのよ~」


 そして両手を広げ、踊るように法廷の中央に進みながらアミーラに向かって再び詰問した。


「ところでアミーラさん。あなたの御爺様と御婆様。どのような方でしたかしら?」


「お主もあったことがあるであろう。母方は牛亜目の、父方はやたら寒さに弱いディザトリアンだ。そのせいで妾の母は乳牛そのものでな」


 アミーラの言葉を聞くなり、陪審員の人間の女性が叫んだ。


「わ、私そちらの被告人の方を有罪にしますっ!」

「私もっ!!」

「有罪っ!有罪でお願いしますっ!!」


「やられた・・・」


 陪審員の、人間の女性の態度の変貌を見て、パッショリは頭を押さえた。


「どうやら人間の女性三人は戦争捕虜かなにかでしょうね。サクさんを有罪にしたら解放してやる。そんな条件でつれてきたんでしょう」


「じゃ、無罪にしたら?」


「この国で豚みたいな顔の男と結婚して永住生活しろ。入廷前にそう言っておいたんじゃないですかねぇ」


 パッショリはサクに苦い笑いを浮かべながら返答した。


「アミーラさん。サクさんの裁判中に敵に塩を送るようなことは辞めて頂けませんか?」


「妾はなにか不味いこと言ったか?ジジィは凄いぞ。半年間雪山の中で飲まず食わずでいても死なないからな」


「偏見がないというのは違う意味で怖いですね」


 これはかなり不利な裁判になりそうだな。パッショリはそう思いながら法廷中央で踊り続けるラティルスを見る。

 彼女のドレスがキラキラ輝いて見えるのは、先ほどの鼻水がちょっとついてるからだろう。

 ここは既に善悪の心理を決める裁判所なのではない。彼女の為に用意された舞台ステージなのだ。独壇場で、華麗なステップを続ける。

 日焼けのまったくしていない顔の中央にある、麗しい鼻腔から。鼻水を垂れ流しながら。


「・・・服に鼻水ついてますよって教えてあげますか?」


「サクさん。それは裁判に勝ってからにしましょう」


「それでは~♪裁判長~♪被告人サクに対する罪状ですが~♪」


 それにしてもこの検察官ノリノリである。

 鼻水ついてるけど。

 ドリル状の髪の毛の右側に粘液質なやつがついてるから、きっと鏡見てからきづくんだろうな。


「うむ。殺人罪での立件だったな」


「はい。わたくしに対する強姦殺人未遂ですわ~♪」


「えっ?」


 サクもアミーラもパッショリも、驚くしかなかった。

 それは間違いなく、自分達が事前に渡された書類とは、異なる内容の起訴理由だった。

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